第23話 第八章1

 江無田から、ややボリュームを上げた声で「おい! 聞いているのか?」と言われ、なるみは我に返った。「ごめん。ちょっと、考え事をしていて」

炭コンロのそばにいた由香里と恵が同時に、なるみを見る。

「どうしたの? やっぱり、今日のなるみ、様子がおかしくない?」

恵が不思議そうに首を傾けながら聞いてくる。

「そうそう。今日一日、ずっと心ここにあらずって感じがしているしね」

由香里も口を尖らせる。

なるみは、横目でミッドチェアーに座っている江無田を見ながら「そんな事ないってば! ちゃんと楽しんでいるよ!」と言って、微笑んでみせた。

 快晴の空の下、程よく紅色や黄色に熟した木々に囲まれて、なるみは同級生たちと身一つで楽しめるというキャンプ場に来ている。確かに自然しかないようなこの場所の空気は、町中と比べれば、断然、澄んでいて気持ちが良い。由香里と恵から「オプションで江無田も付いてくるけど、行かない?」と誘われた時、なるみは迷わず、了承したのだった。

 吉田先生と結ばれたあの夜から、二か月余りが過ぎていて、二人の関係は“一晩だけの過ち”では終わらなかった。十日から二週間の期間に一度、なるみの部屋に吉田先生が訪ねて来て、会話もあまり交わさぬまま、ベッドに移動し、互いを激しく求め合っては、奪い合う。事が終わると、彼は風呂場に向かい、シャワーで汗をさらっと流し、足早に帰っていく。吉田先生が決して素っ気ない態度や傲慢な事をしたわけではないが、彼の全てで満たされたはずの躰と心が一人になったとたん、その熱が一気に引き、流れ切ってしまう。だが、一方では、良心だけで、あんなに拒んでいたはずの“人の道から外れる行為”を自ら犯してしまったという罪悪感と吉田先生への募る気持ちが混ざり合い、なるみの中を荒々しく駆け巡っていく。それはまるで空っぽの器に一滴ずつ落ちては時間をゆっくりとかけて溜まっていく水のように、止まらずに波紋を投げる。そんな日々の中、彼女たちから誘われたバーベキューは、なるみにとってひと時の気分転換になるはずだったのだが、思惑とは裏腹に吉田先生の事を頭から追い出す事が出来なかった。

 恵から「ほら、また、ボーとして!」と叫ばれて、なるみは再び、現実に引き戻され「ごめん。ごめん」と言いながら、顔の前で両手を合わせる。

————先生の事は、ひとまず、忘れて、今日はみんなと楽しもう。

なるみは彼女たちの方に駆け出して行った。

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