第24話 第八章2

 炭網の上では、牛肉・鶏肉・豚肉の定番食材の他に、フランクフルト・ウインナー・ベーコンといった加工食品、牡蠣・イカ・エビなどの魚介類、ピーマン・人参・玉ねぎの野菜が適度な距離を保たれつつも配列されていた。由香里が「これ、めっちゃ、熱いんだけど」と愚痴を言いながらも肉トングを動かし、焼き加減を見ては、時に木炭の調節までしている。由香里が必死になって焼き上げた食材を恵は間髪を容れず、自分の口に放り込んでいく。

「ちょっと、恵! 食べてばかりじゃなくて、少しは手伝ってよ」

由香里が大声で言う。

「えっ! 無理、無理。私は食べる専門だから」

恵はおどけた口調で答える。

「はぁ? 食べる専門って何? じゃ、私は、いつ、食べられるっていうのよ!」

「それは…………。いつ、かな?」

「まったく。恵って、いつもそう。食べる事になると他の事が見えなくなっちゃう

んだから」

由香里の怒りは最高潮に達しているようだ。

 恵も恐らく彼女の機嫌を察したようで、ふざける事をすぐに止め、穏やかな口調で「分かったよ。今度は私が焼くから、ゆっくり食べなよ」と言って、由香里から肉トングを奪った。由香里は「分かれば、よろしい」と発すると笑顔になり、紙皿と割り箸を手に取った。

————この二人は、なんだかんだ言っていても仲が良いんだから。

なるみはウインナーを齧りながら、彼女たちを微笑ましく見ていた。

 背後から、江無田が「俺にも何が恵んでくれ! 腹減った」と言いながら近づいて来て、四人で炭コンロを囲むような形になった。恵が江無田の紙皿に適当な食材を置くと彼は「おお! サンキュー」と笑顔で礼を言った後、箸をつけた。

 腹が満たされて、やや上機嫌になっていた由香里が缶ビールを片手に持ち「皆、最近、どうなのと?」と聞いてきた。

「どう? って、聞かれても。ね?」

恵が炭コンロに視線を落としたまま、言う。

「特に、これと言って、変わりはないしなぁ」

江無田は口をもぐもぐしながら答える。

由香里も「そう言う私も仕事ばかりで、毎日があっという間に過ぎっていくって感じかな」と言うと、缶ビールを口に運んだ。「なるみは、なんか、あった?」

なるみは動揺を隠し切れず、思わず「えっ?」と発した。

恵が、すかさず「何、慌てているの? 怪しい」とツッコミを入れてくる。

「別に…………、何もないよ…………」

なるみは必死に笑顔を作った。

————吉田先生の事は口が裂けても言えない。

 一瞬、ピーンと張りつめた空気を和ませるように、由香里が明るく「まぁ、いいじゃん! はら、楽しもうよ!」と言って、恵を見た。

「そうだね」

恵も表情を明るくさせ、自らも牛肉を皿に移していく。

江無田は無言で缶ビールのブルタブを開けていた。

なるみは、しばらく、そんな三人を眺めている。

————自分のせいで、場の雰囲気を壊してしまった。

三人に対しての申し訳ないという気持ちで胸がいっぱいになった。

 その後、由香里がさりげなさを装って、なるみを皆の輪に入れてくれたおかげで、最後まで楽しむ事が出来た。

————例え、特別な出来事がなくても、誰かと何かを分かち合う事が出来る。本来ならば、人はそんな日を大切にしないといけないのかもしれない。

そう思うと、なるみは鼻の奥が痛くなった。

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