第30話 第十章2
夜が深い闇に落ちてゆく手前の時間帯、なるみはファミリーレストランで江無田と会った。江無田と会うのは、由香里と恵も含めて、四人で過ごしたバーベキュー以来で、心なしか、彼の輪郭が以前よりも一回り大きくなっているように見えた。ミドルグレーのインナーの上に軽そうなブラックの防寒スタッフブルゾンを羽織っている江無田は仕事帰りに寄ったに違いなかった。
話の始まりを探していたなるみに対して、ブラックコーヒーを一口飲み込み、カップをテーブルに置いた江無田が「それで、相談って、何?」と聞いてくる。
「あっ、うん」
————やっぱり言いにくいなぁ。
「俺を呼び出したっていう事は、佐藤や木下には話せないって事なんだろう?」
なるみは苦笑交じりで「なんか、今日の江無田君、鋭いね」と言うと、彼は腕組をし、「考えりゃ、誰だって、そのくらい分かるだろう?」と、呟いた。
江無田が上半身を乗り出し、「で、なんか、困った事でもあったのか?」と再度、聞く。
————話すしかない。
なるみは俯き、両手に力を込めると、小声で「実は、私…………。妊娠、しているの」と言った。
そのまま江無田の返事を待っていたが反応がなく、なるみは顔をゆっくりと上げると、彼は口を半開きにしたままで微動もしなかった。
なるみが「江無田君?」と呼ぶと、彼は瞬きを繰り返しながら「ごめん。予想を超えた話で、頭の中が混乱している」と言い、かぶりを振る。
————こちらこそ、困らせて、ごめんなさい。
互いに無言のままで、時間は音もたてず過ぎていく。江無田が不意に「ちょっと、聞いてもいいか?」と断りを入れてきて、なるみも「うん」と答えた。
「もしも、気に障ったなら、悪いんだけれども」
「うん」
「その子の父親って、いったい、誰なのかい?」
「それは…………」
「即答が出来ないっていう事は、その相手とはフラットの関係じゃないって事なのか?」
————どう答えるべきなのだろう。
江無田が苦笑交じりで「おい! 何も言わないっていう事は認めている事と変わらないぞ」と、ため息を漏らした。「そもそも、何も問題がない奴なら、俺なんか呼びつける事もしねぇだろうし…………。つまり、相手は訳ありの人っていう事だろう?」
なるみは何も言わず、頷いた。
「やっぱり、そうか」
江無田が上半身をソファに勢いをつけて、預けた。
なるみは上目遣いで「驚いた?」と聞くと、江無田が「そりゃ、ね」と言いながら下を向く。「こういう事を言うべきではないかもしれないけど…………」
「うん」
「川島は、そういう奴と付き会わないタイプだと思っていたからさ」
「そうだね」
「今はただただ、ビックリしているんだ」
なるみは「驚かせてしまって、本当にごめんなさい」と言いながら、頭を軽く下げた。
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