第29話 第十章1

 産婦人科の医師から「妊娠していますね。九週目です」と告げられた。

————やっぱり、妊娠していたんだ…………。

なるみは赤いフレームの眼鏡を掛けた中年の女性医師が説明する言葉をぼんやりと聞いている。

「もしも、人工妊娠中絶を望む場合は————」

淡々と発すると、医師はなるみを正面から見つめた。

 産婦人科からの帰り道も自宅に着いた後も、なるみの頭は錯乱していた。

————赤ちゃんが、ここにいる。吉田先生との赤ちゃんが。

見た目には今までと変化がない下腹部を触りながら、なるみの胸は幸せに満ちた。

————けれども、事実を告げた時、先生はきっと困るだろう。

そう考えただけで、言いようがない気持ちが、先ほどまでの幸福感に一気に上から覆いかぶさる。

 なるみは迷いに迷った末に、江無田に相談をする事にした。自分の問題である事には間違いないのだが、余りにも重要な事柄で、誰か、第三者の意見を聞き、参考にしたいと思ったからだ。しかし、由香里や恵に話すと、話の矛先があらぬ方向に行きそうな事は安易に予測が出来、また、それが原因で彼女たちと険悪な関係になりそうで躊躇した。

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