第28話 第九章3
年が変わっても、まるで走っていくように日々は流れていく。気がつくと、月も中旬に差し掛かっていて、なるみはその夜、およそ一ヵ月ぶりに吉田先生と会う事が出来た。彼の口調は荒いものの、年末年始を楽しく過ごしたような感じが伝わってきて、頭の中でそんな彼を想像するだけで、なるみの胸には嫉妬という赤いマグマが流れ込み、全てを焼き尽すようだった。
吉田先生から屈託もない笑顔で「なるみは、どう過ごしたの? 年末年始」と聞かれ、なるみは苦笑交じりで「私はずっと仕事でした」と答えた。彼は、なるみの言葉を聞き、表情を固くした。「すまない…………」
————まただ。どうして、先生が謝るのだろう?
なるみは努めて明るく「いえ、大丈夫です」と言った。
吉田先生が背後に回り、なるみを抱きしめる。なるみは彼の体温を感じ、思わず身を固くした。彼の唇が首筋をなぞっていき、なるみの意識は一瞬、遠くなる。その両手が彼女の躰を無防備にしていく。
————このまま、先生に身を任せたい。だけど…………。
なるみは彼の手の動きを停止させ「ごめんなさい。今日は無理です」と、か細く言った。吉田先生が「どうして?」と怪訝そうな顔を見せる。
「年明けから、ずっと体調が思わしくないんです」
「大丈夫なの?」
なるみは小さく「はい」と頷くと、彼の腕を解き、背中を向けた。「だから、今日はもう帰ってくれませんか?」
吉田先生は、しばらくの間、何も言わず、なるみを見ていたが、「分かった。じゃ、今日はもう帰るよ」と鞄を手に取り、出て行ってしまった。
————違うの。本当は先生と過ごしたかったのに。
なるみは、その場に座り込み、声を殺しながら泣いた。
身体のだるさは月末になっても取れず、それに加え、順調にきていた月の物が予定日を遥かに過ぎてもこなかった。
————何かがおかしい。
なるみは意を決し、仕事帰りにドラックストアに寄り、妊娠検査薬を購入した。自宅で説明書通りに作業をして、検査薬を平行な場所に置き、その時を待つ。
————どうか、思い違いでありますように。
時間が経って、なるみはおそるおそる検査薬に手を伸ばした。覗き込むと、陽性の方に反応が出ていた。
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