第27話 第九章2

 なるみが休日を取れるのは、世の中が正常に動き始める頃だ。しかし、身体が限界を超えていて、筋肉痛に加えて、熱が出ているようだった。当初の計画では、数日遅れの初詣に行き、その足で実家に寄ろうと思っていたのだが、断念せざるを得ないみたいだ。

 なるみは母親に電話を入れ、事情を説明すると、彼女はひどく残念そうな落ち込んだ声で『それなら仕方がないわね』と言った。続けて『変わりはないの?』と聞かれ、なるみは一瞬、言葉を失った。

————娘が不倫をしているって知ったら、母はどういう反応をするのだろう?

「別に何もないわよ。相変わらずって感じ」

なるみは、あえて素っ気なく答える。

『そうなのね? なんか、安心したわ』

母は安堵感と心配が混ざった声で言った。

————お母さん、ごめんなさい。でも、お母さんでも吉田先生の事はやっぱり言えない。

なるみは「それじゃ、もう寝るから。また連絡するね」と言うと、電話を切った。

 熱が下がり、なるみは翌日からスーパーマーケットに出勤した。年に数回訪れる怱怱たる時期を耐え忍んだ職場には、慣れ親しんだ普段通りの空気感が漂っていて、妙にホッとする。更衣室で高倉と新年になり、初めて顔を合わせた。なるみを認めると彼女は笑顔で「明けましておめでとう。今年もよろしくね」と言ってきて、なるみも「お願いします」と頭を軽く下げた。

 高倉が不意になるみの顔を覗き込んできた。「あら、いやだわ。あなた、顔色がちょっと悪いんじゃない?」

なるみが「はぁ。実は昨日、熱が出まして…………」と答えると、彼女は「それで大丈夫なの?」と聞いてくる。

————まるで、母親のようだなぁ。

「はい。なんとか、大丈夫です」

————まだ、だるさは残っているけど…………。

なるみは微笑んでみせた。

高倉は「なら、いいけど」と両肩の力を抜き、なるみの右腕を軽く触りながら「きついなら言ってね。正月、休ませてもらったお礼に、私がシフトを代わってあげるから」と発すると店内に向かった。

 高倉の気持ちはありがたかったが、吉田先生と会わなくなり、約三週間が経っていて、なるみは一人でじっとして過ごすよりも仕事で身体を動かしている方が、彼の事を考える時間もなく、気持ちも紛れて良かった。

————さぁ、仕事だ。

なるみは着替えを始めた。

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