第26話 第九章1
クスリスマも年末年始もこんなにも惨めな気持ちで過ごすのは、生まれて初めてだった。去年までは何も変哲もない、ごく普通に過ぎ去っていく一日だったはずなのに、自分の中に想い人がいるだけで、景色は一変してしまう。もしも、それが煌びやかな世界ならば、この胸も躍ったに違いない。けれども、なるみが今抱いていたその淡い願いは叶わない。いや、初めから叶うはずはなかったのだ。
十二月になって、二週目のある夜、いつものように身体を重ねた後、吉田先生は、なるみを見ず「年末年始に会うのは出来そうもない。仕事も月末まであるし、子どもたちの学童保育所も定員オーバーで、俺が家で面倒を見ないといけないらしくて…………」と、まるで独り言を呟くかのように言った後、彼はやっと、なるみの方に振り返り、「だから、すまないが、しばらくの間、君とは会えそうもないんだ」と苦笑交じりで謝罪をしてきたのだった。なるみは、ざわつく気持ちを無理矢理飲み込み、笑顔を浮かべ「そうですか…………」と答えただけだった。
不倫を材題にしたドラマや映画・小説などで、よく描かれているような陰の出来事をなるみは身をもって実感する事になった。申し訳なさそうに断りを入れた吉田先生からの連絡は、翌日から一切来なくなり、なるみ自身もその生活の邪魔をしてはいけないという思いから、彼のスマートフォンを鳴らす事はしなかった。
気を緩めれば一瞬で崩壊しそうな精神状態を辛うじて繋ぎ止めていられたのは、スーパーマーケットでの仕事に他ならなかった。年の瀬が近づいてくると何故か町に人が溢れる。それに伴い、スーパーマーケットに来店する客も倍増する。なるみは客でごった返す店内を走りまわり、レジ打ちをはじめ、商品を探す客の対応に追われ、一日が瞬く間に過ぎていく。世間で賑わうようなイベントなどがある日は高倉を含む、家庭をもっている同僚たちに代わって、なるみのように独身である職員でシフトを回す。大晦日の閉店時間は普段より数時間早いが、そのまま帰れるわけではなく、おせち料理やオードブルといった商品を担当者と共に作らなければならず、今年も例年通り、職場で年越しを迎えてしまった。近年では三が日でもスーパーマーケットは開いている事が多く、またその期間は日常以上の労務であり、なるみの中ではお祝いムードとは違った意味での特別な日々が続いた。
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