第7話 第二章 3
なるみに恋人と呼べる特定の人物がいなくなり、約六年が経とうとしている。彼女が最後に付き合っていた相手は、
中山は、なるみがスーパーマーケットに入社した時には既に社内唯一の若手社員で、彼女の指導者として紹介されたのだった。中村は目が離れていて、鼻が低く、正直なところ、なるみの好みの男性のタイプではなかったが、――――仕事には自分の感情は無用だ、と気持ちを切り替え、彼の下で仕事を覚えていった。
高校を卒業した直後で、社会のルールも厳しさも十分に分かっていなかった彼女に中山は根気強く接してくれた。数カ月間、共に働く中、機嫌が悪くても決して顔には出さず、職員も客も関係なく人を思いやり、皆平等に接する性格や内面を知っていく内、なるみは次第に中山に惹かれていった。
やがて、なるみが仕事を一人でもこなせるようになり、中山との研修期間が終了しようとしていた頃、彼から食事に誘われた。職場以外の場所で食事を取るのは、これが初めての事だった。その時、なるみは内心、――――ひょっとしたら、とその後の展開を期待した。そして、彼女の思惑通り、その帰り際、中山から交際を申し込まれた。
指導者と研修生の関係から発展した恋は他の社員には一切口外しなかった。それでも彼と過ごす時間は、なるみにとって互いに愛し合うという意味を学び、何よりも躰的な快楽がある事を知った。交際は順調だった。仕事帰りに食事に行ったり、休日が合えば、二人で遠出をしたりして、絆を深めていった。
だが、突然、事件は起こった。その日、なるみは夜勤で、中山は休日だった。彼女は驚かせようと思い、何も告げず仕事終わりに彼の自宅に寄ったのだが、そこで中山と見知らぬ女が裸でベッドに寝ている姿を目撃したのだった。なるみに気づいた中山はその場で謝罪を繰り返したが、裏切られていた事実で頭に血が上っていた彼女にはそれを受け入れる事は出来なかった。
なるみとの関係が破綻した数ヶ月後、中山はスーパーマーケットを退職した。今、彼がどこで何をしているのか、彼女は知らない。
――――何故、あの時、事前に中山に連絡をしなかったのだろう。
――――彼に確認を取って会いに行ったなら、あれほどの辛い想いも経験せずに済んだかもしれない。
数年経った今だからこそ、そんな風に思えるのだ。
中山との恋が終わりを告げてからというもの、なるみに新たな春はまだ訪れていない。いや、彼女自身が傷つきたくないと恐れて自ら拒んでいるのかもしれない。
乾ききった現実の中で、過ぎ去った過去が輝きを増す。なるみの中で高校時代、無垢だった自分と吉田先生という青春の人の存在が大きくなっていくのだった。
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