第11話 第四章 1
南にある島の梅雨入りが発表された。なるみが住んでいる地域でも、もう部屋のエアコンを入れないと快適に過ごせないほど、室内の気温は上がる一方だ。昔のこの時期って、こんなに暑かったっけ? と思うぐらい、年々夏日が来るのが早い。
なるみの日常にさほど変わりはない。朝起きて、職場まで行き、働き、帰宅し寝る、というルーティンを送っている。それでも、あえて変化があったというならば、由香里や恵と頻繫に連絡を取るようになった事だ。それぞれの仕事の愚痴や悩みなどを気兼ねなく言い合える存在がいるというだけで気持ちの不の部分の負担は軽くなるものだ。
吉田先生の事は極力、考えないようにしている。先生が結婚をしていて、家庭を築いている…………。本来ならば、先生も一人の人間、一人の男性として、限りなくその可能性は大いにあったはずなのに、何故、自分はそんな彼の姿を想像出来なかったのだろう。いや、自分の中にある輝かしい思い出を壊したくない一心で、吉田先生の現在を考えたくなかったのかもしれない。
しかし、現実はやはりそんなに甘くなかった。あの日…………、同窓会で吉田先生の口から事実を聞かされた後の記憶はほとんどない。冷静さを保とうと試みたけれども、帰り道、どの道をタクシーで通ったのか、まるで記憶にない。
翌日から、空っぽの身体のままの状態で職場であるスーパーマーケットで身を粉にして働いた。客同士の他愛のない会話を聞きながら、店内を走り回っている間は、吉田先生の事など頭にはなく、普段通りの自分を取り戻せる。そういう時ほど、良い意味で仕事をしていて良かったと思う。
同窓会から二週間が過ぎようとしていた。その頃には、なるみの気持ちも落ち着きを取り戻しつつあった。
日勤だったなるみはレジに立っていた。店内に掛けられている時計をチラリと見ると針は午後十二時四十分を指している。やや俯き加減で淡々と昼食を買いに来た客の列を接客していた彼女の耳に「川島か?」と自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。なるみが顔を上げると、吉田先生がおにぎりと総菜を手にした状態で立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます