第34話 非常識
「顔がどうした。俺と初めて喧嘩したときのカララは、もっとブサイクになったぜ?」
「へへ、だったらあんたはイケメンにしてやるわよ!」
しかし、どんなに強がっていても、体そのものは限界だ。蹴りにキレがない。パワーもない。
そして、もはやただ、子供のように振り回しているだけだ。
それで、ハルトに勝てるわけがなかった。
「さーて、テメェのミントパンツも見飽きたことだし、終いにするぜ!」
「ッ!」
「暴威・暴力!」
それは一瞬だった。
ハルトの肉体が一瞬ふた回りは巨大となり、その巨躯のパワーを単純に振り下ろした。
カイはまるで交通事故のように勢い良く跳ね飛ばされる。
最後は人ごみを突き抜け、目の前のコンビニのドアを突き破って商品棚に突っ込んだ。
どう見ても勝敗は決した。これ以上もない。そして歓声もない。
ただ、暴力の限りを尽くした魔族の暴虐さに、その場に居た人類は皆、口を閉ざした。
「く、……そ、なんでよ……なんで、勝てないのよ……」
商品棚から体を起こすカイ。しかし、その表情は既に心の折られた、弱々しいものであった。
ただ、涙を流しながら、立ち上がりもせず、その場で唇を噛み締めていた。
「よう。戦争に参加しなくて、むしろ良かったんじゃねえか?」
「ッ」
「死んでたぜ、マジで。親のコネに感謝したらどうだ?」
敗者に対して慰めも労いもない。その言葉に、カイはただ荒れ狂った。
「うるせえ! あんたなんかに、私の何が分かるってんだ!」
「ああ?」
「私は、生まれた時から、戦争で戦い抜くために日々を過ごしてきたんだ! ダチも作らず、ただ勉強と修行で……でも、いつかは世界を変えてやるって思って……それが、親の都合でいきなり戦線から外されたのよ! 生きがいが、人生の目標が、夢が、今まで積み上げてきたもの全ても、全部メチャクチャにされちゃったのよ!」
「ふーん、そうかい。だが、それもあのチンピラ共の人生と同じで、俺には関係ねえ」
「くっ、ましてや、あんたなんかに、毎日ただ無駄に生き、小さいことで暴れて、誇りも夢もなく未来もない、あんたみたいなゴミクズなんかに、負けるわにいかないんだよ!」
その脚は、振り上げてみても、もはや動きはスローモーションだ。
だが、その蹴りをハルトは避けなかった。軽く頬をカスった程度だが、避けずに受けた。
避けるまでもないから? 違う、ただ受け止めたのだ。
「んで? 昔は知らねえけど、今のテメェと俺の何が違うってんだ?」
「なッ……」
「だからテメエは哀れなんだよ。俺たちみたいにならなくて良かったのにな」
カイは反論できなかった。今、自分がハルトに言った言葉は、全て今の自分に当てはまっていたからだ。
毎日ただ無駄に生き、小さいことで暴れて、誇りも夢もなく未来もない。
それが、自分の今の生き方だと思い知らされて、ただカイは俯いて涙を流すだけだった。
「じゃあ、……私はどうすれば……」
それも人違いだ。ハルトに悩みや弱音を言ったところで、心が救われるわけでも、道が見えるわけでもないのだ。
「私は……正義の味方になりたかったんだよ」
「あん?」
「力だって才能だってあいつらには負けちゃいなかった。でも、あの過保護のバカ親が私を無理やり勇者の一味に入れないように小細工してやがった。自分が生まれてきたのは、世界を救うためだとか思った時もあった。だが、その生きがいを……」
「うるせえ! そういう身の上話は勇者にでもしてるんだな。不良に泣き言ヌカしても、誰も同情なんかしてくれねえよ」
「ッ……あんた、ほんとに……男の風上にもおけないやつだね……」
「あのなあ、結果はどうあれテメエは不良に身を落としたんだ。俺たち不良は好き放題して生きてきてんだ。それを今さら本当はこうなりたかったなんて言ったって、誰も何とも思わねえよ」
思ったとおりだった。
「そもそも、親がどうした。本当に自分をつらぬきとおしたけりゃ、親に逆らってでも押し通すもんだろうが」
「ッ……うるせ……」
「結局、お前は自分をつっぱり通せなかったことにはかわりねーんだよ」
ハルトは関係ねえと言って、弱みを見せた相手を叩きのめすだけだ。
誰もがそうだと思っていた。
しかし、
「そこに居るカララは、魔界で最も古くから存在する宝石竜の生き残りだ」
「……?」
「魔界に存在する様々な国から重宝された存在だったが、欲望丸出しのハンターたちの乱獲にあって滅んだ」
「……ッ……知ってるよ、そんぐらい……それがどうしたってんだよ!」
「オルガは、ダークエルフの国の姫だったんだよ。だが、ダークエルフの国がどんな末路を歩んだか、テメェも知ってるだろ」
「あ、ああ。……魔界でも異形の種とされて……呪われた部族と恐れられ……最後は魔王軍に……」
「カララは何の前触れもなく色んなものを奪われ、オルガに至っては生まれてきたことすらも否定された」
カイは二人と直接話したことはないが、それでも教室で見た二人の印象は、今のハルトの言葉からは想像もできないほど、イキイキとしていた。
「カララも初めて会ったときは、殺意の塊で荒れてたし、オルガは追っ手に怯えて引きこもってた……けど、あいつらは見つけられたんだろ」
「……? ……何を?」
「他の生きがいだよ」
「……あっ……」
「喧嘩なのか、ダチなのか、男なのか、それが一般的に良い事か悪いことかなんてのは関係ねえ。だからまあ、それが人から見たら無駄な毎日だろうと、小さなことで暴れてようと、誇りとか夢とか未来とかゴチャゴチャ考えてなかろうと、どうでもいいんだろ?」
生きがいを見つけられた。
過去を消したり水に流したりできなくとも、それでも日々を笑って過ごすことができるものを見つけた。
「確かに、俺たちはお前のように夢とか希望なんて立派なもんはねーけど、今の自分は誇らしく思ってるよ」
それが新しい生きがい。
だが、簡単なようで難しい。
新たな生きがいを簡単に見つけられるほど、カイの人生も軽くはなかった。
「なあ、あんたの生きがいはなんなんだよ。いや、あんたは何で不良になった?」
お前の生きがいは何だ? その問いかけに、ハルトは笑って答えた。
「最高にイカしたボーイに出会えたからさ。いつの日か、あの男が不良界の頂点に立つ姿を見てみてえ。それが昔の俺の生きがいだったな」
「昔? 昔ってどういうことだ?」
「そいつは死んだんだよ。戦争に出て、武勇伝も残さず、ただ新聞の片隅の戦死者の欄に名前だけ残して逝きやがった」
カイはようやく気づいた。ハルトと自分は何が違うのか。
違うどころではない。同じだったのだ。
ハルトもまた、自分以外の都合で生きがいを奪われた男だったのだ。
「あいつ以上に強い奴を知らなかった。あいつ以上のボーイを知らなかった。あいつが頂点に立って、いつか超えてやろうって、いつも思っていた。そして、いつも……最高に楽しかった」
「……そうかい……」
「テメェはよう、昔のあいつと出会う前の俺に似ている気がするよ。生きがいもなく、誇りもなく荒れてて。だからどうだってわけじゃねえけど、哀れではあるが、なんかチンピラ魔族より感じるもんがあったのかもな」
ハルトも少し不思議な気持ちだった。別に説教する気も更生させる気も微塵もない。
だが、それでも自然と口が動いていた。
全力でぶつかり合い、カイの本音を聞いたからこそ、なんとなく自分も語ってしまった。
「なあ、今は違うのか? 死んだんだろ、そいつは」
「ん? ああ、全然ちげえ。とりあえず戦争に勝った勇者をぶっ倒そうと思ったら、あいつが頭下げて自分にできねえことを俺に頼んできやがってよ。正直何をすりゃいいのか、全然わかんねーけど、俺があの学校に居て何かが変わることが、おっさんや勇者を超える証だってなら、これ以上のことはねえからよ」
「何かって……魔族と人間の友好だろ? いいのか? お前、私をボコボコにして……」
「はっ? 知らん。いいんじゃねえの? 俺は不良でお前も立派な不良なんだ。クズの不良同士がどんだけ喧嘩したって、それは大した影響になんねーだろ?」
カイは少しだけ考えた。ハルトの言葉を最も的確に表す言葉は何か?
答えは、『暴論』だ。
「くっ……くは……アハハハハハハハ、なんだよそれは! スゲー、メチャクチャ!」
「くはははは、いいのさ! 非常識が不良の証明だろうが!」
「ったく、ハジャの奴はゼッテー人選間違えてるよ。あははははははは!」
カイは不思議だった。心の底から笑った。
本当にメチャクチャな暴論過ぎて、自分がバカらしくなった。
(つーか、こんなに笑ったの……何年ぶりだよ……)
そして、そんなことを考えることすらバカらしくなり、また笑っていた。
荒れた駅前の通り道で、道路も店も電柱も破壊尽くして、血だらけの女子高生と、それを見下ろす魔族は、大勢の衆人観衆の中で、人目を気にせずいつまでも笑っていたのだった。
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