第15話 宣戦布告
「パスパス、こっち空いてるよー」
必死にパスをもらおうとする、センフィ。
誰もマークが居ない、フリーの状況だ。だが、それでもボールは回ってこない。
別に冷静に考えれば、それもアリだ。フリーとはいえ、球技の苦手なセンフィにボールを回しても、何もできない確率の方が高そうだ。だから、相手チームも別にセンフィをマークせずに、他の動きに集中できると。
だが、まったく別の見方ができなくもなかった。
「ふ~、大人しく魔界で平和に暮らすエロ姫のままで居りゃよかったのに……だからテメェはバカだって言ったんだ。くだらねえ理想を追いかけて、そのために、あのおっさんの命をも無駄にしたんだからな」
ハルトは立ち上がる。そして次の瞬間、
「邪魔するぜ」
「「えっ?」」
ハルトは堂々と体育館の中に入っていったのだった。
「ちょっ、あんたは何やってんだよ!」
「何であんなことが許されるんだ!」
「って、レオン・ハルトくん、あなたいつの間に!」
当然先程までバスケットボールの音が響いていた体育館も静かになった。
誰もが突如体育館に乱入してきた魔族に目が奪われていた。
「君は……」
「あんた、朝の!」
「レオンくん!」
ハジャ、アスラ、センフィの三人も驚いた。
ハルトは転がっているボールを踏みつけながら、歪んだ笑みを浮かべた。
「よう、喧嘩しにきたぜ。朝の続きだ。借りをすぐに返さねえ奴は不良じゃねえ」
「レオンくん、何を!」
「よう、オウダ、見てたぜ、今のバスケット。随分とハブられてるじゃねえか」
「え……」
「マークもされず、パスも回してもらえず、仲がいいのはそこの勇者たちだけじゃねえか。大した人間と魔族の友好条約だぜ」
センフィは顔を真っ赤にして、即座に否定する。
「ち、違うよ! 私が下手だからマークをしても意味ないし、パスを回してもボール取られるだけだから、これは作戦だよ! そう、作戦なの!」
「こんな茶番な光景を生み出すための戦争で、マグダのおっさんは死んだのか」
「あっ……マグダ……それって……あの、マグダ先輩……」
センフィがハッとして押し黙った。今のハルトの一言で、何かを察した。
体育館に居た生徒たちは、突然のことに訳が分からない様子。
「だから、何であなたはそこまで悪びれないのよ?」
「何で光華まで」
「兄さん達、授業中悪いわね。レオン・ハルトくんも、ここは一旦下がって!」
「なんだ、随分仲いいじゃないか。光華にもとうとう春かい?」
「…………兄さん、冗談のつもりで言ってると思うけど……冗談ではなくなっているの……」
ハルトは、ハジャと光華のやりとりに口を挟む。
「仲睦まじい家族愛は後にしな。今は俺に夢中になってくれよ。せっかく俺が口説いてんだからよ」
「……え?」
「おっと……内緒なのか? ま、どっちでもいいけどな……お前がどっちの性別だろうと、それを気遣う必要がねえほど強いってことは分かるしな」
「ッ!?」
指関節を鳴らす。ハルトの好戦的な気持ちに笑みが零れる。
「なるほどね……で……引く気はないのかい?」
「ああ。嫌だって言っても、力づくでやってもらうぜ」
ハジャも顔つきが変わった。
「そんなに僕が憎いかい?」
だが、ハジャの口から出たのは、ハルトからすれば意外なものだった。
「何言ってやがる。別にフクシューとかそんなんじゃなくて、俺は最強を証明……」
「そんな嘘をつかなくてもいい。君があの戦争で大切な人を亡くしたと、もう知っている」
何故そんなことを知っている?
そう思ったとき、ハルトの横で、センフィが複雑そうな顔をして一歩前へ出た。
「やっぱり、そうだったんだね、レオンくん。私もさっき、調べて驚いたの。君がこんなことするには何か理由があったんじゃないかって思って」
「オウダ、テメエ」
「私たち、魔界王都中学校の卒業生で、伝説の番長さんって呼ばれてた、マグダ先輩」
「やめろ……テメエがおっさんの名前を口にするな」
「君が、マグダ先輩と仲良かったのは知ってる。でも、知らなかったの。マグダ先輩が出兵していて……もう、亡くなっていたなんて」
マグダの名前が出た。ハルトの肩が無意識に動いた。
「ねえ、あんた。やっぱり復讐のつもりなの?」
最初は敵意丸出しだったアスラも複雑そうな顔をしている。
「レオン・ハルト君。僕は、その人物を知らない。でも、僕たちが殺めた方かもしれないのは事実だ。そのことで君が僕たちに恨みを抱くのは間違っていない。ただ、僕はそのことで君に謝ることは出来ない」
ハジャは強く断言した。自分は謝れないと。
「そう、謝れないんだ。君に謝れないことを、謝らせて欲しい」
「テ……テメェ……」
それは意外な光景だった。
「なんのつもりだ、そりゃあ!」
世界と歴史を変えた英雄である勇者が、たかが不良魔族相手に頭を下げたのだ。
神妙な面持ちで、マグダの死を謝れないことをハルトに謝った。
「そして、僕は君の復讐を受けるわけにはいかない」
それは、言い逃れでも言い訳でもない。
「マグダという方も含め、魔界の多くの戦士や将軍たちと命懸けの戦いを経て、僕たちは戦争を終結させた。それは僕たちにとっては誇りでもある。それを台無しにするようなことはさせない。何よりも命懸けで戦い、道を託してくれた方たちに申し訳が立たない」
命懸けでぶつかり、そして勝ったからこそ、それを台無しにさせるわけにはいかない。
それは戦った相手に対しても失礼極まりないことでもある。
そう言っているように聞こえた。
「それが、戦場の習いで、犠牲となった者への礼儀だ!」
「そうね。その人も含めて、勝った私たちは背負っていくつもりよ。これから先の人生でも。それは、あの戦で死んだ私たちの仲間の分もよ」
ハジャに同意するかのように、アスラも語りだした。
その瞳と言葉の重さは、先程まで普通に体育をしていた学生のモノではなく、世界を懸けて戦った英雄の一人としてのモノだった。
「私もハジャと同じ。ようやく手に入れた道。それを簡単に壊させたりはしないわ!」
それが勇者一味の答え。例え、ハルトがどれほど憎んでいたとしても、それで全てを台無しにするようなことはさせないと。
「レオン君。君は私のことも恨んでいると思う」
最後にセンフィも一歩前へ出た。
それは、同級生へ語りかける姿ではない。
魔界と魔族を背負って立つ王族という姿が、今のセンフィから発せられていた。
「でも、私はハジャたちに賭けるって決めた。この終わらぬ種族同士の憎しみの連鎖を、この人たちはきっと断ち切ってくれると。だから私はここに居る。彼らと一緒に戦うって決めた!」
この学園の生徒たちも驚いていた。
センフィの揺るぎなき思いを。
おっとりとした同級生ではなく、そこには強い瞳と信念を秘めた王女が居た。
(つっても……まあ……)
そして、そんな世界を代表するその三人の言葉を受けた、ハルトの答えは?
「はあ、……長々と真面目な話をしているとこワリーが、お前らの話は、見当違いもいいところだ」
「えっ……?」
その答えに、ハジャたちはポカンとした。
「俺が心の底から憧れ、超えてやると誓ったボーイは……うるせえわ、酒癖悪いわ、女にだらしがねえし喧嘩ッ早い、……そして自分の首を狙うワルガキすら豪快に笑って手元に置いちまう大バカ野郎さ……、俺たちと同じで魔界から白い目で見られるような、そんなどうしようもねえ『不良魔族』。俺たちゲキワルファンタジー初代総長のマグダだ」
憎しみなんかじゃない
「そんな奴と俺は同じ看板背負って仲間のために血を流し、共にバカをやってバカ笑いを共有した。俺たちは紛れもない仲間だった」
ハルトは上着を脱ぎ捨て、拳の関節を鳴らす。
「死んだ仲間のために、残った俺は何が出来るか? カタキ? フクシュー? くだらねえ。俺は証明しに来ただけだ。不良が最強と疑わなかったあのおっさんに、間違っていなかったと証明してやるために来た」
考えは変わらない。想いは、最強の証明ただ一つ。
ただし、自分の最強を証明じゃない。『不良』の最強を証明すること。
「おっさんが死んだ戦争に勝ち残ったお前をぶっ倒し、不良として生き、不良が最強と信じ、不良が世界を変えられるとバカを抜かした、おっさんの墓に花を添えてやるために、ただテメェらをぶっとばしてやりてェんだよ!」
ハルトは己の胸を強く叩き、そして誇らしげに告げる。
「そうやって人も魔族も関係なく、俺たち不良たちの身勝手な世界は続いてきたんだ」
身勝手極まりないこと間違いない。迷惑など通り越しているかもしれない。
だというのに、その言葉をハルトに言うものはこの場には一人もいなかった。
「なあ、応えろよ。いや、言い方を変える。応えてくれ。俺は下がる気は微塵もねえ」
それどころか、どこか見とれてしまっていた。
(初めて会った時は、ただの憤怒に駆られていた……だが、こうして見ると彼もまた……)
種類は違えど、自分たちと同じ譲れぬ思い。それをハルトから感じた。
(身勝手で褒められた人柄ではない。だが、歪んでいるようで、どこか真っ直ぐだ)
(兄さん……どうやら気づいたようね)
(光華……お前も彼に『何か』を感じたのかい)
(ええ。そこに興味を持って……で……まぁ、なんやかんや……)
(……そうか……)
興味が惹かれた。ハジャが一歩前へ出ようとした。
「待って、私が代わりにやるわ」
すると、ハジャの行く手を制して、アスラが代わりに出た。
「勇者のあんたが、魔族と直々に喧嘩したらまずいわ。ここは私が取り押さえるわ」
「しかし、アスラ、彼は……」
「分かってる。ちょっと私も何かを感じたわ。だから、それを見極めてやるわ」
急にストレッチを始めるアスラ。
了承したのか、ハジャも前へ出ようとした足を止めて、再び後ろへ下がる。
だが、ハルトにとっては屈辱でしかない。
「おいおい、テメェら何を勝手にしてやがる。俺が倒してえのは勇者だよ」
「勇者一味の一人じゃ不服ってわけ? まあ、ハジャと戦いたければ私を倒すことね」
完全にナメている。
そう、判断したハルトは、血管を額に浮き上がらせながら、関節を鳴らす。
「俺は女だからって、手は抜かないぜ?」
「抜いたら死ぬわよ?」
既に授業どころではない。一般の生徒たちも、何がどうなってこのような展開になっているのか理解できず、置いてきぼりだった。
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