第3話 序章3

 レオン・ハルトはいつまでもこの日を忘れない。

 気づいたら殴っていた。それをマグダは黙って受け入れた。


「聞こえなかったな、おっさん。テメェは今、なんつった?」


 ハルトの言葉は願いもこもっていた。今の言葉をもう一度言ってみろ。でも、頼むから言わないでくれ。そんな複雑な感情が絡みつく中、それでもマグダは言った。


「俺はチームを卒業して戦争に出る。今日で街から去る」

「言うな……」

「ハルト、このチームの後を継ぐのは……」

「言うんじゃねえ、コラァ!」


 もう一度殴った。血が飛び散る。だが、それはマグダの血ではない。血が出るほど力強く握り締めたハルトの拳から溢れる血だった。


「テメェほどのボーイが、くだらねえ大人にでも諭されたのかよ!」

「そうじゃねえ」

「じゃあ、どういうことだ! 今更チームを抜けて、戦争に参加するだ? 伝説の不良魔族が軍の犬になるか? ふざけんな! 俺たちはガキだ! ガキのままでいい! 今も、これから先も思うがまま自由に生きる! くだらねえ大人になんかならねえ!」


 殴って怒鳴る以外の選択肢が無かった。カララやオルガ、他の幹部やチームの仲間も同じだ。

 チームから去ろうというこの男は、彼らにとってはそれほどの者だったからだ。


「なあ、考え直せよ。つーか、学歴も家柄も最底辺以下のテメエが、今更戦争に行ってどうすんだよ。喧嘩も出来ねえ頭でっかちのエリートや、自分じゃ何もできねえのに偉ぶってる貴族共に好きなように顎で使われて、最後は盾にされるか特攻させられるかだろうが」

「……ガハハハハ」

「何がおかしいんだよ!」

「いや、オメエも意外と常識分かってんだなって感心しちまった」

「分かってんなら、下らねえこと言ってんじゃねえよ! 愛国の欠片もねえくせに、何のために戦争するんだっつうの」


 そう、不良は反発する生き物だ。だからこそ、世界のために戦うなどもっての他だ。

 だからこそ、戦争も大義も馬鹿らしい。

 ならば、マグダは何のために戦うのか?


「逃げたと思われるのがムカついたからな」


 マグダが一言呟いた。その言葉に続けるように、マグダは己の思いを語った。


「ハルトよ。今は、魔界でも人間界でも、戦争に参加しねえ不良はみんな腰抜けだとレッテルを貼られてる」

「だ……だから、それがどうした! 腰抜け呼ばわりされたから戦争に参加するってのかよ!」

「ああ、そうだ」

「ああそうかよっ……って、はっ?」

「戦争には参加する。チームは抜ける。街は卒業する。だが、不良をやめる気はサラサラねえ」


 マグダの目つきが変わった。


「ハルト、今の不良界最強は誰だ?」

「いや……そりゃあ、現時点ではテメェとか……」

「とか?」

「……ケリつけてねえってんなら、人間界の『爆走十字軍』の『海堂』とか、池袋の奴らとか……魔界だったら、あとは一人ぐらい居る程度だろ?」

「そうさ。不良は常に自分が最強だと思っていても、認めざるをえない奴はどんな野郎でも認めちまう。そこに、人間も魔族も関係ねえ。奴らは紛れもねえぶっ殺すべき敵。だが、同時に全力でぶつかりあえる、悪友でもあるんだよ」


 マグダはどこか誇らしげに敵であり、悪友でもある者たちを語った。


「だから……何が言いてえんだよ!」

「そんな奴らも含めて、魔族も人間も不良を腰抜けDQN呼ばわりしやがるんだよ」

「でも、んなもん俺たちには関係ねえ!」

「関係ねえだ? ふざけんな! 俺たちをナメた奴らは全員ただじゃおかねえ。腰抜け呼ばわりされて引き下がれるか! それが不良だ! 俺はな、人間界に喧嘩を売るんじゃねえ! この世の不良以外の種族に、不良の力を見せつけに行くんだよ!」


 街を卒業する。不良がそう言えば、誰もが不良をやめてカタギになるとイメージを持つ。

 だが、マグダは逆だった。それどころか、更に猛っていた。


「いいか、ハルト。俺は誰だ?」


 椅子の上に上り、マグダは叫ぶ。


「俺は、魔界史上最強の不良魔族にして、最強チーム・ニトロクルセイダーズの総長だ!」


 街の外まで響く叫びは、間近で見上げる不良たちの腹の底を熱くさせた。


「人間だろうと、勇者だろうと、神が相手だろうと関係ねえ! 魔界も人間界も含めた『不良界』で駆け上がってきた誇りと喧嘩で、俺は天下を取ってやる! 天下に名を馳せるのは、勇者でも魔王でもねえ! 不良だ! 不良が世界を変えてやる!」


 不良が世界を変える。何をどう変えるのかが分からない。だが、何かを変える。この男は何かとてつもないことをやりとげるだろう。その場に居た誰もがそう思った。


「……くそ……」


 それ以上、ハルトは何も言えなかった。悔しくて、でもとても胸が高鳴った。


(……やっぱこのおっさん最強だ……最高にイカしてやがる! いつか必ず超えてやる!)


 決して本人には言えない。言ったら調子に乗るのは目に見えるからだ。だが、ハルトを始め、多くの不良たちがこの日の光景を目に焼き付けた。

 すると、その時だった。


「大変だァ! 人間界の不良がゲートを通って現れやがった!」


 その悲鳴に、街全体に緊張が走った。


「ありゃあ、確か東京の暴走族って奴らだ! あの旗、東日本最強の『暴走鬼兵隊』だ!」

「マジかよ! 『海堂』の野郎が乗り込んで来たのかよ!」

「ナメやがって!」

「ってか、ゲートの守備兵は何してんだよ。戦争中とはいえ、密入界したら警告無しで殺されんだろ?」

「バーカ、『不良ゲート』と使ったに決まってんだろ。オメエ、新入りだな?」

「不良ゲート?」

「ああ。世界にいくつかあるゲートの中で、どっかの不良が偶然見つけて政府や軍に報告してねえ、不良たちが暗黙の了解で隠してるゲートだ」

「それ使って俺たちは人間界のブツを持ち込んだり、喧嘩の移動手段に使ってんのさ。だが、今みたいに戦争が佳境の中で使うのは正気の沙汰じゃねえけどな」

「ああ、魔王軍に見つかったら、奴らも問答無用で皆殺しだってのによ。流石に、海堂は怖いもの知らずだぜ」


 持っていた酒瓶を投げ捨て、不良たちがいきり立つ。

 だが、そんな不良たちをマグダが制す。


「騒ぐな、ウスラ馬鹿共。不良はビビッた時点で負けなんだ。よく覚えておけ」


 それだけで、騒ぎが一瞬で収まった。


「ガハハハ、にしても、海堂か。スゲーいいタイミングで来やがる。まるで、今日を逃したら取り返しがつかねえと分かってたみてえにな。あいつとも、随分とナゲー付き合いだったな」


 マグダがゆっくりと動き出す。関節を鳴らし、軽く柔軟をして、今すぐにでも大暴れをしたくてウズウズしているワルガキの笑みを浮かべている。


「カララちゃん! 俺が許す。奴らを引き裂いて踏みつぶせ!」

「……ん!」

「オルガ。頭が高い奴らを這い蹲らせろ」

「ふっ。総長の最後の指令、心得た!」

「ハルト」

「あっ?」

「派手に暴れるぞ。いつもみてえにな」

 

 体と心は正直なものだ。もう、この男と一緒に喧嘩をすることはできなくなる。

 だが、それでもずっと変わらないこの男の姿を見ていると、誰もが悲しみよりも、呆れて自然と笑みが零れた。


「引退喧嘩ってか?」

「ああ、目に焼き付けとけよ。俺の背中を見失うなよな、ハルト!」

 

 落ち着きのなかった不良達は、その背中を有無も言わず追いかける。


「全員俺についてこい。俺たちの辞書に不可能の文字はねえ!」


 マグダを筆頭に、号令を受けてクラブの外へ出る不良魔族たち。


「ああ、どこまでもついてってやるぜ!」


 この時の不良たちは本当に無敵だった。不可能なんて何もなかった。


「さあ、遠い世界から危険を犯してまでお越しくださったお友達を丁重にぶっ殺せ!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」 


 この背中を追いかければどこまでも行けると、本気でそう思っていた。

 


 半年後に、マグダが戦場で死んだと聞くまでは。

 

 

 そして、マグダが死んだその半年後に人間の勝利で戦争は終わった。


 軍事力では魔王軍の方が有利だったが、魔王の娘でもある姫が戦争の終結を求めてクーデターを起して勇者と手を組んだことが大きかった。


 魔王軍の強力な将軍たちとの対決を回避し、勇者一味と姫が一気に魔王の喉元へとたどり着き、撃破した。


 ついに魔王を追い詰めた勇者だが、魔王にトドメを差さずに、和睦を求め、魔王もそれに応じた。


 永きに渡る戦争の終わりと、新たなる世界の幕開けに世界が歓声を上げた。


 だが、その歓声の渦の中に不良は誰も居なかった。 


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