第4話 人と魔の学校生活

 桜咲く満開の道。四月の今日より迎える新学期。

 周りでは朝の挨拶を交わす学生たちで溢れていた。

 飛び交う言葉は『今日から新学期だね』『同じクラスならいいね』『帰りにカラオケしようぜ』などの他愛もない学生たちの和気藹々とする会話。

 彼らが向かっている先には、東京の中にはあるとは思えない広大な敷地を柵で囲まれた学園。

 今日は新学期。春休みを終えて久々に高校へ通う者、久しぶりに友人と会った者、さらには新しい出会いが待っている新入生たちが同じ方向へ歩んでいた。

 だが、その中に唯一の異質が存在した。

 その者が通るたびに誰もが話を中断し、コソコソと見たり、道を避けたりしていた。


「あ、あの、おはようございます!」


 異質の者が礼儀正しく挨拶する。


「あっ……お、おはようございます」

「ご、ごめんなさい。ちょっと私達急いでいまして……」

「あぅ……そ、そうなんだね。う、うん。どうそ、先に行って」


 その者に話しかけられた生徒たちは、軽く会釈だけして足早に学校へと向かった。

 その後ろ姿を寂しそうに見つめながら溜息をつく者。

 それはこの学園で唯一、頭から『角』を生やした一人の女生徒だった。


「はあ……やっぱりまだ難しいよ~……友達って簡単につくれないな~」


 腰元まで伸びた紫色の髪で角が生えている少女。体は細身なのに、大山脈のような二つの双丘が胸元にそびえ立っている。そんなものはどこに居たって注目される。彼女の周りには目を合わせないようにしながらも、何人もの学生たちがコソコソとしている。そのいたたまれない空気に肩を小さくさせる少女。

 だが次の瞬間、その少女の肩に優しく手が添えられた。


「慣れないかい?」


 その時、落ち込んでいたはずの少女は花が咲いたような満面の笑みを浮かべた。


「あっ、勇者!」

「こら姫。僕は勇者ではなくて、学園の中ではただの天壌破邪(てんじょうはじゃ)だよ」

「だったら私も姫じゃないよー。ここではただの高校二年生、オウダ・センフィだよ!」


 寂しかったはずの少女の空間がとても温かくなった。


「センフィ、今日から新学期だけどどうだい? 一年生の頃は、留学したてで忙しかったけど」


 勇者と呼ばれた水色の髪した美形の人間。その物腰はどこか大人びて落ち着いている。


「うん。まだ友達できないけど……あっ、でもでも、ハジャたちが居るから寂しくないよ」

「そうかい? ホントはもっと皆が君を知ってくれるとうれしいんだけどね」

「仕方ないよ。まだみんな魔族を簡単に受けいれられないというか……怖いと思うし……ハジャが気にすることは無いよ」

「センフィ……」

「それに――」


 センフィは、ギュッと両手でハジャの手を包み込んで微笑む。


「私、ハジャと一緒にこうしていられるの、すっごく幸せだもん。だから今はいーの!」


 ほほ笑むセンフィに、少し照れ臭そうにしながらハジャもほほ笑み返す。

 ウソ偽りなく告げるセンフィの言葉にハジャもうれしかった。


「でも、今日から私も人間界の高校二年生か~。不思議な気持ち」

「うん。人間界と魔界の『人魔界大戦』が終わって一年。ようやくここまで来た」

「ハジャがお父様と交わした和睦によって生み出された、『異世界友好条約』。これからはきっと、人間界へ来る魔族も増える。そしたら、もっと人間と魔族が仲良くなれるね」

「ああ。そのために僕たちは小さい頃から戦ってきたんだ」

「でも流石に世界中が驚いたよね。十年も続いた人魔界大戦を終わらせたのが、人間界の若き勇者。そしてその勇者は魔界を制圧しないで、魔王に握手を求めて両世界の友好を打ち出して、二つの世界の手を繋がせたんだから!」

「セ、センフィ、興奮しすぎだよ。それに僕だけじゃない。みんなが居たからだよ」

「ううん。それでもハジャが居たからだよ」

 

 照れくさそうに笑うハジャ。その時だった。


「兄さん、センフィさん。幸せそうね、このリア充野郎ども……バッカみたい」

「ちょっとー、朝から通学路でラブコメしちゃってさ。抜け駆けじゃないの?」

「ふっ、ハジャ殿にかかれば魔界の姫様も子猫のように可愛くなるな」


 見ているだけで初々しい二人の空間に、ズカズカと三人の美少女達が飛び込んできた。


「あっ、みんなおはよう♪ 光華(こうか)ちゃんも今日から入学だね! 高等部の制服すっごい似合ってるよ」


 現れた彼女たちにも笑顔で挨拶するセンフィ。その挨拶に彼女たちも笑顔で答える。


「ありがとうございます。どこぞの巨乳姫様と違って、胸元が寂しくてイヤですけども」

「センフィ~? 抜け駆けなしって同盟はどうなったの~?」

「おはようございます、姫様」


 ハジャという名の勇者を囲んで朝の通学路で盛り上がる彼ら。


「アスラ、そんなに怒らなくてもいいではないか」

「だってさー、戦争が終わってからハジャはセンフィにばっか構ってるしさー、そりゃーセンフィはすっごい可愛いけどさー、……ブツブツ……」

「おやおや、ヤキモチは醜いというものだよ。なあ、光華」

「この空気感染型ジゴロ兄を見てると、アスラさんにもう少し構って上げたらと思うけどね」


 一見、一人の男を中心として和気藹々な彼女たちだが、彼女たちこそこの学園で知らぬものなしの勇者の一味でもあった。

 そんな彼らの空間は何者にも侵すことのできない聖域のようにも見えた。

 そのような聖域で、微笑ましそうにしながら輝いている彼らの中、勇者の妹は一人だけ複雑そうな顔をして……


「……ってか兄さん……戦争終わったんだし……実は女の子だったっていうことをそろそろ皆に教えないと……戦争から解放された恋する乙女たちがとんでもないことになるわよ? 騙されたって~って恨まれたり刺されても知らないわよ?」


 その世界を揺るがす重大な情報を呟いた声はあまりにも小さく、誰も聞いていなかった

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