第5話 魔界のDQN


「見て見てー、ハジャ様たちだよ」

「ほんとだー、世界の英雄、勇者の一味じゃない!」

「きゃー、本物だー。私はあの人たちに憧れてこの高校に入学したんだから!」

「ハジャ先輩だけじゃないわ! 銀髪の長身お姉様がパラディンのアンシア先輩。オレンジの髪のポニーテールの人がハジャ先輩の幼馴染でバトルマスターのアスラ先輩。そしてピンクの髪をしたツリ目の子が、ハジャ先輩の妹で私たちと同じで今年入学の魔法銃士の光華ちゃん」

「うー、カッコいい!」

「そう、正に世界を変えた勇者一味!」


 ハジャたちを囲んでいきなり『キャー、キャー』と騒ぎ出す生徒たち。主に女性だが、携帯電話のカメラで遠くから撮ったり、顔を赤くしたりと騒いでいた。


「ま、まいったな……」


 野次馬気味の生徒たちに、ハジャは困ったように頬を掻く。


「諦めなさいよ、ハジャ。私達すっかり世界中から注目浴びちゃったからね」

「うむ、そうであろうな」

「だよねー。特にハジャは魔界でも有名人だよ」

「兄さん、だからって百合……じゃなくて、ハーレム要員増やさないようにね。イラつくから」


 照れ臭そうにするハジャに対して笑い合う女生徒たち。まるで平和そのものであった。


(ああ……楽しいな……本当に戦いは終わったんだな)


 ハジャは彼女たちの笑顔を見ながら、心が温かくなった。

 だが、すぐに真剣な眼差しになる。


「でも、問題はこれからだ。今はまだ人間と魔族の交流は簡単に出来ない」

「うん、当たり前だよね。私も今、それを毎日感じてるよ」

「ああ。でもいつかきっと……」

「うん!」


 ハジャの手をセンフィがギュッと握り、ハジャの気持を見透かしたかのように頷いた。


「いつか……もっと大勢の人と……大勢の人と魔族で、笑い合えたらいいよね」


 その言葉に、ハジャもうれしそうに微笑み返したのだった。


「そうだ、僕たちの戦いはむしろこれからだ。僕たちとセンフィが目指す世界。僕たちの夢。その夢の達成こそが本当のゴールだ」


 微笑みの裏でハジャは真っすぐ、そして強く心に誓う。途方もなく何年かかるか分からぬ夢。

 未だに肌の違いや宗教でいがみ合う人類が、異なる種族の魔族と調和を目指すのだ。

 それは不可能かもしれない。反対する者だって絶対に居るだろう。

 だが、ハジャたちは手を取り合う。


「行こう。チャイムが鳴るよ」

「うん!」


 こうして自分たちは異なる種族でも笑い合えるのだ。

 だからこそ、ハジャたちは夢を抱くのであった。

 だが、そんな夢を抱いて前へと仲間たちと進もうとする中、一人の少女は一歩下がった。


「ん? 光華、どしたの?」

「いーえ、このまま私まで兄さん達と登校したら、兄さんの争奪戦に参加してると思われるから、他人のフリ」

「ちょっ、争奪戦って何よ!」

「自覚ないならいいわ。それじゃあ、このまま私の姉さんはお姫様になるわけね……ソレが認められる海外にでも行って……」


 からかいながら、前方を指差す。そこには、ハジャの腕に抱きつきながらも満面の笑顔を浮かべるセンフィ。


「ちょっ、ま、待ちなさいよ! ふ、不純異性交遊は人間界のルールで禁止されてんのよ!」


 顔を真っ赤にして、高速で二人の間に割って入るアスラ。

 三人のやりとりに微笑ましそうにしながらも、光華は少しため息ついた。


「やれやれ、ただのバカーレムね」


 兄や仲間たちの恋愛模様に呆れて呟いた。

 そして、兄の耳元に口を寄せ……


「っていうか、兄さん……いつまで黙ってるの?」

「え?」

「だから……その……家の事情で昔から『男のフリ』をしてるけど、兄さんが本当は……」

「うん、そうだね。もう戦争終わったんだし……これ以上の隠し事を仲間にしない方がいいよね。僕も……ふふ、センフィやアスラたちと一緒にかわいい服を着たり、買い物したりとか、そういうのもしてみたいしね……」

「いや、もうそういうレベルじゃなくて……っていうか、もう手遅れかもだけど……ま、もういいけど……」


 その二人のコソコソ話を誰も聞こえなかった。

 それは、世界のほとんど、そして仲間も知らない勇者の秘密だった。

 そしてそのことを誰も気づかず、勇者に黄色い声援を送っている。


「見て見てー、アスラ先輩とハジャ先輩ったら、またやってるよ」

「もう、いい加減に結婚しちゃえばいいのにね。中学の頃から変わってないよね」

「ってか、もう夫婦同然じゃん? 幼馴染で、一緒に世界の果てまでだもんね」


 ハジャたちを遠目で見ながら、冷やかす生徒たち。

 だが、一方で、センフィに対しては少し冷めた眼差しだった。


「でも、何であの人がハジャ先輩のそばに居るの? 『裏切りの姫』が」

「そうそう。戦争で魔界と魔王を裏切って人間界についたっていう、お姫様でしょ?」


 ハジャに黄色い声を上げる一方で、魔族のセンフィにはあまり面白くない感情を抱く彼女たち。だが、その発言を光華が制した。


「やめなさい。姫様の協力があったから、魔王との和睦にも成功したんだし」

「光華ちゃん!」

「まあ、それにしても、兄さんも姫様も、公衆の面前でイチャイチャと。友好だとか留学とか以前に、異種族間同性愛ごほんごほん……の結婚でもするつもりかしら?」

「えー、何言ってんのよ! 光華ちゃんのお姉ちゃんになるのは、アスラ先輩でしょ!」


 呆れの混じった嘲笑を、ピンク色の髪をした生徒が浮かべていた。


「なんか、不機嫌そうだね? お兄さん取られて怒ってるの?」

「そんなことないわ。ただ、つまらないって思ってるだけよ」

「つまらないって?」

「あのねえ、私たちはほんの一年前まで世界を巻き込む大戦争をやってたのよ? いつ死ぬかも分からない戦を終えたかと思えば、普通の日常に帰って来て、目の前で勇者と魔界のお姫様がイチャイチャ。調子が狂うのよね」

「アハハ、カッコいいなあ。勇者一味にして勇者の妹、天壌光華様は! よっ、英雄様!」

「からかうのはヤメなさい」


 天壌光華は、手にした平和が退屈だった。


「あーあ、つまんない。今日はサボろうかしら」

「ダメだよ! 学校中のみんなが光華ちゃんたちの登校を待ってたんだから」

「そんな期待をされてもねー」

「先輩と一緒に全校生徒の前でスピーチとかあるんでしょ? ちゃんと考えてる?」

「くだらない。本当に行くのやめるわ」

「あー、待ってってば!」

「まったく。兄さんは戦争が終わっても、器用に生きれて羨ましいわね」


 多くの犠牲と戦いを経て手にした平和は、尊いものかもしれないが刺激がなかった。

 こんなこと、兄である勇者には口が裂けても言えないが、少なくとも光華という女にとっては物足りないものであった。


「小さい頃から、私も兄さんも戦争のための道具にしか過ぎなかった。そのためだけに生きていたし、それ以外の生き方なんて知らないわ」


 今は生きている感覚がない。それが正直な気持ちだった。


「生きる目的を失ったっていうほど大げさではないけど、やりたいことも思い浮かばない。何か面白いことでもないかしらっていう気分よ」


 戦争の中で命を燃やして戦ったものにしか分からぬ喪失感。同年代の友人たちには決して共有できない、英雄ゆえの悩み。

 だが、その悩みはすぐに吹き飛ぶことになる。


「あれ、誰かしら? 道の真ん中で突っ立って」

「黒いコートに赤みがかった髪……あまり堅気には見えんな」

「あれは……角!」


 ハジャたちの行く手を阻むかのように顔を俯かせて仁王立ちする謎の人物。


「ま、魔族?」


 戦争が終わったとはいえ、未だに人間界では魔族は珍しい存在だ。

 だからこそ、自分たちの知らない魔族が突如目の前に現れたのだから、当然警戒する。

 アスラたちは戦士の顔つきと厳しい瞳で魔族に構える。


「あ、あれ? あの人……もしかして、魔界の中学に居た……あっ!」


 センフィが目を凝らして魔族を見る。

 センフィの知り合いなのかと、ハジャたちが魔族から視線を外した次の瞬間だった


「テメェが、勇者ハジャか?」

「えっ……?」

「強いんだってなァ!」


 魔族がその拳で思いっきりハジャを殴りつけた。

 まさか急に正面から殴り掛かられるとは思わなかった。

 ハジャはしっかりとガードはしたものの、目を丸くした。


「兄さん!」

「ハジャに何すんのよ!」

「そなた、何者だ! もう魔族と人類の戦争は終わった! 魔族が人間界で人を、ましてやハジャ殿に襲い掛かるなど、何を意味するのか分かっているのか!」


 襲い掛かられて、怯えるのではなく、怒りをあらわにするアスラとアンシア。

 だが、そんな言葉を掛けられても魔族は言う。


「俺はレオン・ハルト! 不良界最強のニトロクルセイダーズ二代目総長! 勇者ハジャ。テメェに喧嘩ァ売りに来たァ! よろしくなァ、青瓢箪!」」 


 臆せず、堂々と、そして猛る。


「最強は不良だ! 勇者? 魔王? 生温いウスラ馬鹿どもは粉砕する!」

「えっ、え、え?」

「さあ、魔界のDQNが現れたぜ! ガンガンヤろうじゃねえか!」

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