第6話 魔界の同級生

 この世界で勇者たちに襲い掛かる者たちなど無に等しい。

 魔王軍の脅威を退け、魔王すら打破した勇者たちの力は紛れもなく世界最強であろう。

 その存在を世界は称える。だが、彼は違った。


「なんのことだ? 僕たちに何の理由があって襲い掛かる!」


一切の遠慮も無く、その暴力的な本能のままに戦いを仕掛ける。


「最強を証明するためだ」

「なに?」

「不良こそが最強の種族だと証明するためだ!」


 これが不良魔族レオン・ハルトと勇者の一味のファーストコンタクトであった。

 戸惑うハジャの顔面に向かって、ハルトは全力で拳を振り下ろそうとする。

 しかしその前に、ハルトの横腹に誰かが飛びついた。


「やめてよ! なんでこんなヒドイ事をいきなりするの!」


 ハルトに飛びついて止めたのは、センフィ。


「危ない、センフィ! その男から離れなさい!」


 センフィはハルトの事を知っていた。


「きみ、レオンくんでしょ?」


 涙ながらに止めようとするセンフィ。


「ああ? ……あっ……お前……オウダか?」


 その時、ハルトの振り上げた拳が止まった。

 狂犬のように騒ぎちらしていたハルトの声が僅かに穏やかになった。


「レオンくん……」

「ッ、……お前……俺のこと覚えてたんだな」

「あ、当たり前じゃない! 忘れるわけないでしょ!」

「そうか、魔界の姫様に覚えられてコウエイだね」

「……うん……」

「元気だったか?」

「うん」

「まだ、紐パンを履いてんのか?」

「うん……はい? えっ? ちょおおおおおおおおおおおお!」

「まっ、お前は紐かノーパンばかりのへんた―――」

「なななな、何の話かな! って、違うよ、違う違う! って、みんなも誤解なんだから、って、何でそんな目で見るの!」

「俺がお前にくれてやった、人間界から入手した百本のエロDVDは全部見たか?」

「み、見てないよ! 戦争忙しくて半分しか……じゃなくて! ふびゃあああああ、皆、なんでもないなんでもないから! 彼のうそっこだから!」


 いきなり話題が変なことになって慌てるセンフィ。後ろを振り返ると引きつった表情の勇者一味が居た。


「セ、センフィの知り合い?」

「う、うん、魔界中学で同じクラスだったの」

「な、なんで、そいつ、あんたの履いてるパンツが分かるのよ」

「アスラちゃん、違うんだよ! 見せたわけじゃないんだよ? ちょっと、中学の頃に口論になっちゃって、私が思わず魔法使ったら風が吹いてスカートがめくれて見られちゃったんだよ? その日は、たまたまいつも履いているのがなくて! ほ、ほんとそれだけなの!」

「ちなみに、黒の紐パンでガーターベルトだった。当時の中坊には刺激的すぎた」

「レオンくん!」

「つーか、お前は何やってんだ?」

「それはこっちのセリフでしょ! 私は人間界と魔界の友好のために、人間界の高校に留学生として通ってるの!」


 顔を真っ赤にして怒るセンフィ。その様子を見ていると、とても広大な魔界の頂点に位置する王族には決して見えない。

 そして、その姫を相手に魔族でありながら、怖いものなしでからかうこの魔族は何者だ? 勇者一味だけでなく、通学路に居た生徒たちの視線が一斉に集まった。

 そんな状況下で、センフィの現状を聞いたハルトは、小さく笑みを浮かべた。


「くはは、人間との友好ね。そーいうのは昔と何も変わってねーんだな。ご苦労なこった」

「バカにしないでよ、昔からそうやって君は、くだらないとか、無理に決まってるとか」

「おいおい、別にバカにはしてねえだろ。お前のやってることは無理かもしれねえが、間違っちゃいねーんだからよ」

「えっ? なに? そ、そうやって褒めたフリして、実は心の中で笑ってるんでしょ! 君はイジワルだから!」

「あのなー、何で俺がお前にそんな高等な嫌がらせをするんだよ。俺はバカにするときは、完膚なきまでバカにするんだからよ。それに、どんな形だろうと喧嘩は終わったんだ。喧嘩が終わりゃ、仲直りすんのはフツーのことさ。それを推し進めようとしているお前は正しいことをしてるんだよ」


 ハルトの意外な言葉にセンフィの目が点になる。だが、ハルトは構わず続ける。


「ど、どうしちゃったの? 君、何だか君じゃないみたい。昔の君だったら、誰かと馴れ合うのを嫌ったり、仲間なんか必要ないとか、回りは全員敵だとか言ってたのに」

「別に。今の俺もまだガキだけど、昔の俺は幼かったってだけだ。中学やめて街のチームに入り、暴れて、出会って、また喧嘩して、気づけばそいつらとバカ笑いして、また出会って喧嘩して、その繰り返しさ。その繰り返しの中で気づいただけだ」

「なに……に?」

「世間は敵も多いが、気の合う奴も多いってよ。今じゃ、そんな奴らの頭ハッて、それなりに生きがいを感じながら楽しくやってるよ」

「レオンくん……」

「下らねえ大人になる気はねえが、俺も少しは成長したのかもな」


 どこか誇らしげに語るハルトに、昔のハルトを知っているセンフィは信じられないといった表情だった。

 だが、話を聞いていてどこか嬉しい気持ちにもなり、戸惑いながらもセンフィは苦笑した。

 で、


「で」

「あん」

「結局、君は何者で、何しに来たんだい?」

 

 すっかり置いてきぼりになった、ハジャが敵意の無い笑顔でハルトに話しかける。

 ハルトはハジャの顔を見ながら一瞬の間を置いて、


「って、和んでる場合じゃねえ! オラァ、死ねえッ!」

「うわっ!」

「ハジャッ!」

「兄さん!」

「ハジャ殿!」


 拳を振り回すハルト。ハジャも咄嗟に避けるが、その表情は驚いている。

 何故、今の流れでまた問答無用の暴力を開始するのか理解不能。

 驚きとともに、一般生徒たちの悲鳴が響き渡り、校門前はパニック状態だった。

 

「レ、レオンくんのバカァ! だから、何でそんなことをするの! 私のしていることは間違っていない、正しいって言ってくれたのに!」

「だああ、うるせえ! 正しいことができねえから、俺は不良なんだよ! つか、今はお前に何の用もねーんだよ。すっこんでろ!」

「君、根本は全然変わってないじゃない! だから何があったかは知らないけどやめてって!」


 止まってやめるはずがない。やめられるはずがない。ハルトは静止を振り切って、ハジャに追撃の右ストレートを放つ。

 だが、その拳は優しく包み込まれるように受け止められた。


「だから、結局のところ、君は一体何者なんだい?」

「おっ」

「魔族でも人間でも、無闇な暴力は感心しないよ?」


 殴った衝撃すらなかった。それどころか、先程の不意打ちのような一撃を顔面に入れたのに、傷一つついていない。まるで、何事もなかったかのように、ハジャはハルトをなだめようとしていた。


「ほーう、スカしてるが、流石に勇者と呼ばれるだけあって、ただもんじゃねえみたいだな」

「暴力的で生気あふれる目だ。だけど、場所をわきまえよう。今はか弱い女性たちも居るんだから」

「はあ? か弱いっつうのは、テメエに媚へつらってる、ハーレム要員か? 戦争でどれだけの魔族を殺してんだよ」

「痛いところを言うじゃないか。当然、僕も彼女たちも背負っていくつもりだよ」


 平和的に応じようとするハジャに対し、ハルトはあくまで反発しようとする。

 しかし、軽やかに躱されるだけで、ハジャは応戦する意志が見られない。

 平和主義者なのか。それともただ単純に、取るに足らない相手だと思われているのか。

 どう考えても、後者である。


「なるほど、そもそも俺は敵と認識されてねーわけね。ナメられたもんだぜ」

「いや、別にそういうわけではないよ。あくまで話し合いを」

「これだけ過激なアプローチを俺からするのは滅多にねーのによ。カララとオルガが居たら嫉妬しちまうくらいだぜ。不良でもねえカタギとやるのは気が引けるが、勇者、意地でもテメエを振り向かせて不良の存在を証明したくなったぜ」

「困ったね……僕は君とは戦いたくないのだけど」


 敵と見なされないのなら、意地でも振り向かせてやろうと、ハルトは笑った。

 そのために今、ハルトはここに居るのだから。

 しかし、ハジャはそれでも戦わない。いや、戦えない理由があったのだ。


「ダメだって、レオンくん!」

「オウダ、テメェもいい加減にウゼーんだよ。久々に胸を握りつぶすぞ!」

「ひいっ! て、そうじゃなくって、ハジャは異世界友好条約を推し進める立場なんだから、正当防衛だからって魔族と戦えるわけないじゃない! 反対派はちょっとしたことで追求してくるんだから!」

「くははは。じゃあ、意地でも俺を止めてみな。友好条約を推し進めたいなら、俺みたいな邪魔者は消し去るに限るんだからよ」

「~~、バカーッ! 君ってほんっとに最低!」


 そう、政治だ。ハルトが不良としての意地があるように、ハジャには途方もなく大きいものを抱えているのである。

 それは、一介の不良ごときのイザコザで壊せるようなものではないのである。

 だが、そんな理由で引き下がるハルトではない。あまりにも身勝手で自己中心的な横暴に、ハジャもどうやって乗り切るか頭を悩ませた。

 すると、その時だった。


「天壌くん。君が、そんなクズに頭を悩ませる必要はありませんよ」


 それは、流星のような飛び蹴りを放ち、空から舞い降りた。

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