第7話 暴力


「ッ、誰だ!」

「あなたは!」


 対峙する二人の間に割って入るように現れた謎の男。

 制服に一切の乱れなく、無個性な黒髪の真ん中分け。体格も大きいわけでも小さいわけでもなくどちらかといえば細身。

 特徴といえば、整った少し大人っぽい顔立ちとメガネぐらいのものだ。

 そしてもう一つ、その腕には『白皇守備隊』と書かれた腕章をしていた。


「あっ……越前屋先輩! 先輩、来てくれたの?」

「越前屋くん」

「あの腕章。あれが戦時中に、大人たちが戦場へ駆り出される中で、生徒たちで結成された学園と街を守るために選ばれた戦士たち。『白皇守備隊』の人?」


 場に安堵の空気が流れる。現れた男は落ち着いた物腰で、勇者一味に微笑みかけた。


「やあ、アスラくん。アンシアさん。それと、天壌くんの妹さんだね。ここは、私が処理しますのでご安心を」


 眩しい笑顔と優しさと頼もしさの混じった言葉に、周りに居た一般生徒たちも甘い吐息が漏れる。


「あれがエリート部隊、白皇守備隊!」

「かっこい~。それに、手の届かない雲の上の存在のハジャくんたちより、よっぽど身近ってところがいいよね~」

「三年生でも成績トップクラスで、魔道キックボクシング学生チャンピオン! もう、パーフェクト!」


 ハルトはとりあえず、野次馬に会釈。口元で「解説ありがとよ」と皮肉った。

 そして、イラついた表情で越前屋に言う。


「おい、人気者なのは分かったが、二秒以内に消えろ」

「そうはいきません。君のような、平和な世界と、天壌くんたちの大いなる夢を汚す者を見過ごすわけにはいかないのですよ」

「もう一度言うぜ、何屋さんかは知らねえが、テメェから何も買う気はねえよ。俺の邪魔をするんじゃねえ」

「君こそ、天壌くんたちの、そして僕たちの夢の邪魔をしないでもらえませんかね」


 正直、ハルトはこの男にはまるで用事は無いし興味もない。目的は、この男の後ろで煮え切らない男だけだ。


「すいません、越前屋さん」

「いいえ、分かっていますよ、天壌くん。センフィ姫が留学して一年。この学園でもまだ魔族に対するわだかまりが解消していないものの、確実に何かが変わろうとしています。そんな中で、君は自分の身を守ることよりも、夢を守ることを考えて一切手を出さなかったことを、私は感動せずにはいられません」

「そんな、大げさですよ。僕はただ、センフィのように、もっと大勢の魔族とも笑い合えるように」

「はい。ですが、中にはこのような愚か者も居ます。それは仕方のないことかもしれません。ですが、天壌くんたちが頭を悩ませる必要はありません。戦争を終わらせて世界を救ってくれた君に少しでも感謝を伝えられるなら、この程度のトラブルは私の手で解決しますよ」


 そう、こんな男には用はない。だが、勇者は既に身を引いて、現れた越前屋に託す気満々である。

 完全に相手にされていない。ハルトの額の血管が、いい加減爆発しそうになる。


「ああ、そうかよ! そこまで相手にされねーなら、仕方がねえ! そこの何とか屋を店じまいさせて、すぐにテメエを殴ってやるよ!」


 大声で怒鳴るハルト。すると、ようやく越前屋も振り向いた。その目は、ゴミでも見るかのようにハルトを嫌悪した目をしている。


「名も無き魔族よ。勇者ハジャには指一本触れさせません。彼らは世界の希望であり、私たちの夢でもあるのです」

「うるせえな。そんな夢、希望と一緒に悪夢に変えてやるよ」


 ハルトも既に怒りを抑えられない状態である。

 本来の目的とズレてしまっているが、関係ない。秒殺してすぐにハジャの下へ駆けようと、正面から何の小細工もなしに向かっていく。


「うおりゃあ! 握魔力拳(あくまりょくけん)!」

「ほう。踏み込みが早いですね! ……ッ、コレは! ガードの上から……なんという衝撃……」

「くはははは、俺の握力は特別性でな。カルシウムの足りねえ骨なら簡単に砕くぜ」

「ほう」

「不良界じゃ、俺の握力を恐れて不良たちはこう呼ぶ。握魔力(あくまりょく)ってな!」


 轟音がした。爆発が起こったのかと思わせるほどの衝撃に、空気が揺れた。


「ス、スゴイパンチ! レオンくん、あんなにすごいの?」

 

 思わぬ打撃音にギョッとするセンフィ。かつてクラスメートとしてハルトがよく喧嘩していたのは知っているが、実際に喧嘩しているところは初めて見た。

 予想以上の攻撃力に目を見張った。


「へ~、訓練も受けていないチンピラ魔族にしては上出来ね。喧嘩喧嘩と口にしてるだけあって、殴り慣れてるし、打撃のセンスもあるんじゃない? それに加えて、それを支える強靭な握力」

「確かに。真面目に訓練を受けさせれば、攻撃的な良い戦士になれるかもしれん」

「でも、真面目に訓練できないから不良なんでしょ?」


 勇者一味のアスラ、アンシア、光華も冷静な目でハルトの力を賞賛する。

 だが、それ以上はなかった。目の前では同じ学校の生徒が押されているというのに、まるで慌てていない。


「一分。まあ、これぐらいだろうね」


 ハジャが静かに呟いた。

 すると、途端にハルトの動きが鈍くなりだした。


「うら、らあ、グラァ!」

「やれやれ、子供の喧嘩ですね」

「ああ? うるせえ、チョコマカ逃げてんじゃねえ! 男らしく殴りあえ!」


 ハルトの大振りのパンチ。一発当たれば大打撃だ。だが、当たらない。

 越前屋は、実に冷静にハルトのパンチを見切って、最小限の動きで回避してハルトを空振りさせる。

 全力のパンチをことごとく空振りさせて一分。ハルトが肩で息をしだしたのを見計らって、越前屋がついに動く。


「君みたいなクズが、男を語らないでもらおうかな」

「ああ?」

「せや!」

「うごっ」


 ハルトの右足に鋭いローキック。ムチで叩いたように乾いた音が響き、ハルトの体が大きく揺れた。

 急な反撃を受けて睨み返すハルトだが、今度は左足にも鋭いローキックが放たれた。


「く、あ、足が……」

「ふふ、痺れて動けませんか? まあ、こんなものでしょう」


 越前屋が汗一つ、息一つ乱さず、静かにメガネを直して微笑む。


「これが私の必殺技。打ち込んだ打撃が、毒のように相手の体を蝕み、自由を奪う」

「っつう」

「毒蛇烈脚」


 そのクールな動作に黄色い歓声が上がる。

 二枚目の優等生が華麗に野蛮な不良を撃退する。世間には堪らないシチュエーションだった。


「とーぜんよね。ロクに鍛えてないヤンキーに一分間全力で空振りさせれば、すぐにスタミナが尽きるし、格闘家のローキックは素人に耐えられるもんじゃないからね」

「さらに、『気』で強化された越前屋くんの蹴りは、強靭な魔族の肉体すら軽く砕く」


 そう、アスラたちが最初から安心して見ていられたのはこれが理由だった。

 いかに、喧嘩の数を誇ろうと、素人のガキの喧嘩と鍛え抜かれた格闘家では、質がまるで違うと分かりきっていたからだ。


「にゃろ。カッコつけて登場したワリには、地味な喧嘩しやがって。たいそうな技名だけど、蛇に足なんてねーよ」

「おやおや、くだらない負け惜しみですね。君は喧嘩をたくさんしてきたと言う割りには実戦というものが何も分かっていない。派手な大技で相手を倒そうなど、二流三流の素人のやることです。クレバーにそして的確に相手にダメージを与えて確実に仕留める。それが、実戦ですよ!」

「ちい」


 思わず舌打ちをするハルト。戦いづらそうにするが、足をやられて距離を取ることができないのか、足を抑えたままその場に立ち尽くした。

 

「まさか、魔族がただの殴り合いしかできないとはね。魔法の一つも使えないのですか?」

「ああ? うるせーな、学校は中退しってから、んなもんやったこともねーよ」

「はあ……おまけに、勉学に勤しむ気もゼロ。異種族とはいえ、同じ十代として恥ずかしい限りですよ」

「……ッ……」

「さあ、終幕です! 最後は、この……」


 定石通りの戦いと展開に、結末など誰もが見えていた。

 だが、だからこそ、最後まで冷静でなければならない狩人に油断が生まれたのだ。

 ハルトが手負いで素早い動きができないと判断したのがまずかった。


「せい!」

「ッ! って、くくく、バーカ」

「なっ!」


 ローキックを両足ジャンプで回避するハルト。既に足が動かないと思っていたものを、まさかジャンプで避けるなど考えてもいなかった。

 さらに、反撃すら予期していなかったために、ガードが甘い。ハルトはジャンプしながら越前屋の顔面を両手で掴み、そのまま落下する勢いで額を思いっきり打ち込んだ。


「らァァ!」

「ぶはっ!」

「ワリ。イテーけど、実はあんま効いてねーんだよ」


 頭突き。眉間にねじ込むように頭突きを叩き込み、越前屋の美顔が潰れ、鼻が曲がり、激しい鮮血が飛び散った。


「ちょっ、うあ」

「なっ、頭突き! あ、あいつまだ動けたの?」

「ッ」

「キャアア!」


 歓声が一瞬で悲鳴へと変わる。勇者一味の目の色が変わった。


「くははははは、不良を見下した格闘家かぶれは、どいつもこいつもアッサリ騙されやがる。不良にスタミナがない? ローキック一発で終わり? そんな甘いもんじゃ無かったぜ。俺たち『不良界』も『人魔不良界大戦』もな!」

「ぐっ、がっ、はっ、く、うう」

「もういっちょ!」

「げぶっ!」


 グチャッと、肉と骨の潰れる音が聞こえた。越前屋の顔は見る影もなく、そしてハルトの顔も返り血で真っ赤に染まっていた。

 

「くはは、少し顔の形が変わったが、ようやくイケメンになったじゃねえか」


 血に染まった相手の返り血を浴びながら悪魔のような笑みを浮かべるハルト。

 その笑みに、一般生徒たちは恐怖を覚え、百戦錬磨の勇者たちは背筋が凍りついた。


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