第2話 序章2


「ぐわははは、予定より早くにバビロンズのバカタレ共が仕掛けて来たらしいが、派手に返り討ちにしたらしいな。よくやったァ! 今日は無礼講だ! 老若男女問わずに、俺の熱い接吻で抱いてやる! 全員並べえ!」


 多くの魔族で溢れているクラブも、男が歩くだけで道が自然と開く。

 前後左右、更には二階のフロアからも黄色い歓声と野太い歓声が男を迎えた。

 男の名はマグダ。ニトロクルセイダーズの総長であった。


「おい、トップが俺らをほったらかしにして何やってやがった」


 だが、誰もが歓声で迎えたマグダを一人だけ鋭い瞳で睨みつけ、いきなり胸ぐらを掴んだ者が現れた。

 それは、ハルトだ。


「お? よう。相変わらず元気にヤッてるか?」

「るせ」


 ついさっきまで、二人の女とイチャついて、いやらしい笑みを浮かべていたハルトの表情が鋭く変わった。

 不良界のトップクラス同士のいがみ合い。

 ハルトが絡んだことによって、歓声が収まり、不穏な空気が漂い始める。


「ハルト、やっぱテメエは最高だったぜ。よくぞやってくれた」

「あ、ああ?」


 だが、マグダはハルトに対して満面の笑みを浮かべて、労いの言葉を送る。


「ちょいと魔王軍のゴタゴタで手間取ってな、その隙にバビロンズが総攻撃してくるとは予想外だった。だが、それを補ってお前はメンバーを率いて、奴らを殲滅した。もはや、お前は幹部とか俺の右腕とかそんなんじゃねえ。後継者と言ってもいいんだよ」


 ハルトはどう反応していいのか戸惑った。

 殴ってやろうとした拳の振り下ろしをどうすればいいのか分からず、ただ溜息を吐いて、マグダの胸ぐらから手を離した。


「ふん、もともと俺に任せてくれりゃあ、秒で潰してた。俺をどこのボーイだと思ってやがる」

「結構結構。俺が居なくても、お前を中心にみんな大暴れして、カララとオルガも居る。完全に土台の出来上がった俺たちのチームの、不良界制覇も見えてきた」


 ベタ褒めに気分も悪くなく、あまりにも堂々と労われてはハルトも争う気が萎えた。

 しかし、そのマグダの言葉に不審に思った者が居た。


「軍でのゴタゴタだと? また、人間界との戦争のための徴兵か?」


 それはカララだった。

 乱れた衣服を整え、発情した表情から一変して、どこか不審そうな表情を浮かべていた。


「カララちゃ~ん、どうした?」

「隠さなくてもいい。総長が声を上げて徴兵拒否していることで、魔界の不良が何百人も徴兵に応じていないのは有名だ。役人共も頭を悩ませているのだろう?」

「まっ、俺も成人してるからな。お前らが羨ましいぜ」


 戦争と徴兵。その言葉に不良たちの顔つきが変わった。


「人間界と魔界のゲートが繋がって数十年。何年も続いた『人魔界大戦(じんまかいたいせん)』も、人間の『勇者』の活躍で、佳境を迎えてやがる。ぶっちゃけ、魔王軍がピンチだ」


 マグダの口から語られる世界の現実。


「今じゃ、軍の士気を上げるために、昔ハルトのクラスメートだったっつう元カノ。魔界の姫様を軍の最前線に立たせて、勇者と戦わせようとしてるぐれぇだ」


 この世の全てを巻き込む戦争は、決して他人事ではない。


「ヒメ? ああ、あの夢見がちでおめでたい頭の天然ぶった巨乳エロバカ女か。つーか、元カノじゃなくて、元エロ勉強仲間な」


 だが、それでも大半の不良たちは他人事として現実から目を背けていた。


「くだらねぇな。人間の猿共も、追い詰められてる魔王軍もカス同然だ。軟弱な羊共の戯れなんざ、どーだっていいだろ?」

「おめーなー、仮にも俺たちの世界がピンチなんだぞ?」

「世の中に反発して不良やってんだ。滅ぼしてくれるんならセイセーするぜ! 平和も戦国も関係ねえ。俺たちはテメェの思うがままに生きて、不良界最強の座を手にする! 任せとけ、おっさん。俺たちがアンタを不良の王にしてやるよ。最高で最強にイカしたボーイにな」


 猛るハルトの瞳にも言葉にも、一切の迷いは無かった。むしろ誇らしげだった。


「……チュッ」

「って、何しやがる、カララ!」

「急にカッコ良くなったお前が悪い。ちゅーしたくなった」

「今いいところだっただろうが!」

「黙れ。殺すぞ? もっとちゅーするぞ」

「ぶっ殺すのは余の方だ! さっきからチュッチュ、チュッチュと余の彼氏に!」

「おい、いつからこいつが貴様の男になった? その胸の山脈を削ぎ落とすぞ?」

「ほほう、やってみるがよい、大平原のカワイソパイめ」


 クラブに笑いが沸き起こった。戦争という単語にしんみりとした空気も和やかになる。


「ひゅー、ラブラブだねー、これが不良界の『皇帝ハルト』と『殲滅のカララ』、『闇ギャルフのオルガ』か」

「マグダー、ちゃんと若い奴らが育ってると、頼もしいじゃねえか」


 一度盛り上がれば、再び乱痴気騒ぎだ。次々と空のボトルが転がり始め、それでもまだ不良たちは疲れを見せずに騒ごうとする。

 だが、そんな光景を温かい眼差しで見つめながら、マグダは再び口を開く。


「でだ。俺の入隊と初陣が決まった」


 その一言に、誰もが絶句し、場の空気が凍りついた。


「人間界のシンバシのゲートを潜り、ニホンに攻め込む。勇者はニホン人だからな。ダメージはでけえだろうな」


 持っていたグラスを誰かが落とした。


「俺は……街を卒業する」


 マグダが言った言葉が幻聴なのか、耳が詰まっただけなのか、誰もが理解できなかった。


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