第14話 複雑な気分
保健室から出るハルト。その傍らにはトロンとした表情の光華。
二人の肌は非常にツヤツヤであった。
「で、どうするの?」
ピタッとハルトの傍らに立って尋ねる光華。明らかに距離が近すぎるが、むしろ当たり前のようにそこに立っている。
「とりあえず、勇者を探す。でも、結構広いなココは。時間を取られちまったし……つか授業中か?」
「な、なによ……わ、私の所為だとでも言いたいの?」
「いいや。天国のような時間だった」
「ッ、んもう……ふ、ふん。まぁ、当然よね。あなたは今日世界最高の幸運の持ち主なのだからね」
今が授業中であるのが幸いして、特に目立つことも騒ぎになることも無かった。
そしてようやく少し落ち着いて辺りを見渡して、ハルトは気づく。
「そーいや、ここって人間界なんだよな。魔界と変わんねーな。やっぱアメリカに行きてえな」
初めて見るものばかりかと思った人間界も、それほど驚くようなものではなかった。
「随分と人間界通ね。それも、『人間のお友達』のおかげかしら?」
「だから人間じゃなくて不良。つーか、何でオメーがついてきてんだよ」
「あなたが問題を起こしたらまずいでしょ」
「あー、うるせえ」
「それに、兄さんは授業中だしね」
「何の授業だよ?」
「さあ、そこまでは」
「ったく、妹のくせに役に立たねえ」
「どうして私が怒られているのよ!」
「そ、それよりもあなたどうする気?」
「あ? 勿論勇者を見つけて――――」
「そっちじゃなくて、私のことよ!」
「は?」
「は? じゃないわよ! だ、だって……あなた恋人が二人いるって……えっと、それで」
「ああ、三人目な」
「それはもう確定なの? い、いえ、私もそれは……でも、どうなのかしら? 魔界では許されるの? でも、私人間だし……」
「あ~……ん」
「あ、ん……」
「ごちゃごちゃ言うな。お前は俺の女だ。誰にも覆させねえよ」
「も、もう、いきなりまたキス……はぁ……もういいわ……」
光華が後ろをついて騒がしいが、キス一つでシュンと静かになった。
ハルトは心の中で「キスはしばらく効果的」と考えた。
すると、次の瞬間、ハルトはの耳に、興味をひかれる言葉が入った。
「あーあ。まるでハジャの奴がヒーローじゃねえ? まあ、実際そうなんだけどね」
「たまんねーっすよ。あれから親も教師もクラスの女子も、ハジャハジャハジャ。何かやろうもんなら、ハジャ君ならと言われるッす」
「まあ、一度くらいへこましたいとか思うねー」
それは人目のつかない校舎裏から聞こえた。
三人の生徒たちが、輪になって座っていた。
「ほほーう。その話、詳しく聞かせろ」
ハルトは何の遠慮も無く口を挟んだ。驚いた三人の生徒たちはビクッとなって見上げる。
髪型や着崩した制服などから少しガラの悪い印象を受けるが、ハルトもお互い様だった。
「なんだテメエは!」
「あっ、こいつは今朝校門の前でハジャたちとモメてた……」
「魔族じゃねえか!」
いかに素行の悪い生徒でも、目の前にいきなり魔族が現れれば当然驚く。
それが勇者にケンカを売るようなとんでもない魔族なら尚更だ。
ハルトはそんな反応気にせず、普通に生徒たちの輪の中に入ってヤンキー座りをした。
「ほれ、さっきのクソ勇者の話を聞かせろよ」
「レオン・ハルトくん、あまり人の兄さんの悪口はやめてくれない?」
彼らも一応は不良。引きつった笑みを浮かべながら、ハルトに言う。
「あーあ、ウゼー。何で学園に魔族がもう一匹増えてんのさ。魔界に帰れってんだよね」
「あん?」
「おっ、どうしたその目は! 俺らになんかあると、勇者の一味が黙ってないぜ」
ハルトの眉がピクリと動いた。
「へへ、魔族が人間界で問題起こせば、当然お前は――」
次の瞬間、生徒の顔面を片手で掴んでいた。
「問題? 問題だらけの俺の人生は、これぐらい何の問題にもならねえよ」
「だめよ、レオン・ハルトくん!」
「ダメじゃない」
ニタリと浮かべるハルトの笑みに、強がっていた生徒たちの顔が青ざめる。
そして二秒後にはガラの悪い生徒たちの悲鳴が校舎裏に響き渡った。
「ご、ごめんなさい……調子に乗り過ぎました」
「悪かったわね。私が一秒止めるのが早ければ」
「い、いえ、回復させてもらってどうもっす、妹さん」
死なない程度、気を失わない程度に痛めつけられた生徒たちが土下座をする。
一番先頭に居る男の頭をカカトでゴリゴリしながら、ハルトはグチグチと言う。
「おい、テメエらの謝罪なんざどうでもいいんだよ。さっさと勇者の情報を話せ」
「えっと、ハジャのことっすか? それまた何で?」
「あっ? ぶっ飛ばすからだよ。お前らも嫌いみたいだし、都合良いだろ」
「ちょちょちょちょちょ!」
「あんたアホっすか! ハジャって魔王を倒した奴なんしょ!」
「あんたんとこの世界で一番強い奴を倒した英雄っすよ?」
どうやら勇者が強いのは周知の事実らしい。自然とハルトの口元に笑みが浮かんだ。
「ほう、ムカつかれているようだが、実力は認められてんだな」
「だから無理っしょ!」
「うるせえな。俺の辞書に不可能の文字はねえ。とりあえず勇者の教室に連れて行け」
「そんなことしたら俺たちはこの街どころか、日本に居場所がなくなるじゃないか!」
「不良が居場所なんか求めんなよ。どうせ、誰も気に留めねえよ。居場所が欲しけりゃ、ゲロの中にでも飛び込みな。誰も邪魔しねーから」
「その言葉は全部あんたにも返ってると思うんだが……」
「レオン・ハルトくん。それ以上の暴力と身勝手はやめなさい。人を呼ばれて強制送還よ?」
「うるっさい!」
「あいたっ! 何でぶつのよ! しかも、女の子の頭を!」
光華もギャーギャーとうるさいので、とりあえずハルトは殴っておいた。
「えっと、ハジャだよな。ハジャはえーっと、確か隣の組だから……」
「ああ、体育だよ! 丁度体育館でバスケやって……」
「おうそうそう、ほれ、俺たちが寄りかかってるこれが体育館で……」
どうやらここは校舎裏と言うよりも、体育館裏だったようだ。
「「って体育! そうだ!」」
その瞬間、生徒たちは慌てだした。どうしたのかとハルトは首を傾げる。
「そうだよ! 俺らがサボってた理由はそれじゃねえかよ!」
「体育だよ体育! 俺らはそれを覗きに来たんじゃねえかよ!」
「早く覗きのスポットに行くぞ!」
急に立ち上がって移動し出す三人。体育館の外壁に、鉄格子のついた小さな窓があった。
三人はそこから中をコソコソと覗き込み、ニンマリと笑みを浮かべた。
少し気になったのでハルトも覗いてみた。
中には男女混合でボールをついて籠の中に入れるスポーツが繰り広げられていた。
「いーい! ハジャのマークは私が付くわ! 皆は中を固めて!」
「分かったわ! アスラちゃんとハジャ君の夫婦対決は邪魔しないからね!」
「ちょちょっと! 夫婦って……このバカとはそんなんじゃないんだから!」
「アスラちゃん余所見余所見!」
顔を赤くしてチームメイトに怒るアスラの真横を、ハジャが高速で抜く。
軽くボールをついて、まだ距離が相当あるのにハジャは籠に向かってボールを放る。
そのボールは綺麗な放物線を描き、籠の中に落ちた。
「キャーすごいすごい! ハジャの三点シュート! カッコいいよ!」
「でも、センフィも球技は苦手なのに、いいフォローだったよ。このゴールは僕と君の力だ」
「えっ、えへへへへ、そっ、そう? うん! なら私もっとがんばるから!」
「ああ。頼もしいよ」
ハジャが点を取ったことにより、キャーキャー飛び跳ねるセンフィ。その時、彼女に備わるたわわな胸元が激しく上下し、覗き見している生徒たちがガッツポーズをしていた。
そしてハジャはセンフィとハイタッチをして、相手側の攻撃に備えて自陣に戻る。
ハジャは指を一本天井に向けて伸ばし、コートに居る同じチームメイトに言う。
「さあ、ディフェンスだ。アスラのマークは僕が! ここを止めて勝利を手にしよう!」
「「おう!」」
息をピッタリと合せて応える生徒たち。
それに対して攻撃の番となったアスラは、悔しそうに歯噛みする。
「うー、センフィってば試合中にハジャとイチャイチャして! 大体何で私とハジャは体育で同じチームに一回もなれないのよォ」
「仕方ないよー。ハジャ君とアスラちゃんが同じチームになったら世界最強だもん」
「こんな時ぐらい夫婦別のチームになってもいいじゃん?」
「ちょっ、だからそんなんじゃないんだってばァ!」
盛り上がる試合。周りのギャラリーも大声出して応援している。
ほとんどがハジャとアスラに対する声援だ。
体育館の中では、そんなありきたりな学生生活の一部が繰り広げられていた。
「お、おお! やっぱアスラちゃんって可愛い! 体育を全力でやるなんて……うお、汗で体操着が……み、見える? 透けてブラが見えないか?」
「畜生、魔族のクセにセンフィも可愛いな。胸をぶるんぶるんさせながら走りやがって」
「あ、おおお! アスラちゃんがオフェンスチャージングとられた……って、何でハジャの上に覆いかぶさってんだよ!」
「くそ、あいつばっか、モテておいしい思いしやがって。やっぱムカつくぜ」
覗き見している彼らを細い目で眺めながら、ハルトはとりあえず言う。
「なんだ、このクソみてえな茶番は?」
「確かに」
光華もそれだけは同意した。
自分の兄は、公衆の面前で何を堂々とラブコメしているのかと。
「ハジャ、大丈夫っ、きゃっ」
「センフィ、危ない! まったく慌てて転ぶなんて、ドジだな」
「あ、あはは、受け止めてくれて、ありが……」
「ん? あっ……」
「あのー、ハジャ? う、受け止めてくれたのは嬉しいけど……その、手が、私の胸に」
「ご、ごめん。わざとじゃないんだ。咄嗟に……」
「……へへ、いーよ、許してあげる。ハジャがそういう人じゃないって分かってるから。……まあ、そういう人じゃないって分かってるから、私もアスラも大変なんだけど……」
「ほんとうにごめんよ」
「むー、そんなに謝られるとそれはそれで……私って魅力ないのかな?」
うん、茶番だ。光華は改めてそう思った。
だが、呆れている自分に対し、隣にいるハルトの様子は少しだけ違った。
「茶番……」
「……ねえ、何かムキになってるけど、どうしたの?」
「いや、別にあいつは俺の女ってわけじゃねぇけど……俺、彼女居るし! 女に困ってねーけど!」
「ねえって……ねえ!」
「だが、何か釈然としねぇ。オウダのやつ……どう見ても勇者に惚れてるじゃねえか……」
「ふふふ、まぁ……そうね……あら? ヤキモチかしら? 案外可愛い所があるのね」
「いや、そんなんじゃ……ただ……」
ハルトは必死に自分自身に言葉をかけているように見える。
まさか、ここに居る男子生徒たちのように、ハジャに対して嫉妬しているのか?
いや、どこかショックを受けているようにも見えた。
「俺な、あいつと中学同じクラスだったんだ」
「みたいね。あなたは相当ひねくれて評判悪かったみたいだけど」
「ああ。当時の俺は仲間とか友情とか、そんなもんはまったく信じてなかった。回りが全て敵だと思っていたから、回りには誰も居なかったよ」
何故、急にそんな話しを? 光華がそう思ったとき、ハルトが少し寂しそうな表情で体育館で駆けるセンフィを眺めていた。
「あいつだけは、なんか絡んできたんだよ」
「あいつって、センフィ姫?」
「ああ。関わる必要なんてまるで無いのに、俺が問題を起こすたびに関わってきては、心配したり、笑ったり泣いたり、口喧嘩したりの繰り返しだった。回りへの点数稼ぎや偽善でもなくな」
「そう。姫様らしいわね。どこまでもお人好しで、他人の不幸を自分のことのように悲しむ。優しい方よ」
「あん時、俺は思ったよ、ひょっとしてこの女は俺のこと好きなんじゃねえかってな」
「ふーん、ってはあ?」
「だからさ、あいつがエロ分野に興味津々だった時、身分差も忘れて猥談で盛り上がった時は、それなりに楽しかった……」
「……え? わ、猥談? え? あ、あのセンフィ姫と!?」
光華は心底思った。うわー、こいつ何言っちゃってんの? と。
だが、そのことはハルトも分かっていた。それは自分の勘違いなのだと。
センフィは、誰に対してもそうなのだと。
「俺だけが特別だったわけじゃねーんだな」
「まあ、そうね。姫様は誰に対しても分け隔てなく優しい方。そんな方だったからこそ、私たちもあの方を信じた……って、ちょっと待って、やっぱりスルーは無理。猥談ってなに?」
「猥談は猥談さ。ある意味、エロトークで俺らは盛り上がったし、仲良くなれたと思ったけど……でも俺は……あいつのことは結構分かってるつもりだったのに……分かってなかったんだなって……。まさかあいつが……」
ハルトが知らなかった。センフィが実は……
「同性愛者だったなんてな」
「……ッ!?」
「「「……?」」」
その言葉の意味が分からない三人は首を傾げるも、光華は驚愕し、すぐにハルトの腕を引っ張って隅へ。
「ちょ、こっち来て!」
「あん? なんだよ……」
「いいから! ね、ねえ……同性愛者って……な、何を? だって、姫様は兄さんを……」
何かの間違いかもしれないと光華は今一度確認の意味も込めてハルトに聞くが、ハルトは平然としていた。
「は? どー見ても女だろ? 服の下で胸にベルトでも巻いて乳を抑えつけてんだろうけど……」
「なっ!? ……あ……」
「まっ、お前は兄さんって言ってるし、アレか? 勇者ってことだから男のフリしてんのか? それとも心は男っていうアレか? 美形でボーイッシュだから分からねえ奴には分からねえだろうけど……数多くの女とイチャイチャした俺に見抜けねえはずがねえ」
それは、ハルトは当たり前のように見抜いたが、実は世界のほとんどが知らない重要機密事項でもあった。
勇者ハジャが性別を偽っていることは、妹の光華は知っているが、センフィも他の仲間も実は知らない事実。
それをアッサリ見抜いたハルトの女を嗅ぎ分ける眼力に、光華は戦慄した。
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