第21話 決着


「オラァ、握魔力・暴乱!」


 拳の連打。荒れ狂う拳の嵐は、短調で単純で隙も多い。

 しかしそれでも、重く、力強く、拳の数が増えれば増えるほど威力を増していく。


「いい加減、くたばれ! 握魔力・暴挙(ぼうきょ)!」


 渾身の一撃。ハジャの立っている床がめり込んだ。

 暴れるほどハルトの身から溢れる瘴気は量を増す。その威力はとどまることはなかった。

 しかし、ハジャは避けない。雷化したハジャの速度なら容易なはずだが、今のハジャは両腕のガードのみで受け、ハルトの拳から何かを感じ取ろうとしていた。


(なるほど……これが、威……そして不良か……不良は半端な人たちの象徴……だから、拳も軽いはずだと思っていたけど……そうじゃない……彼らは、己の道を貫こうとしている。そこに、善悪は関係ないんだ)


 不良とは、良いか悪いかで言えば、限りなく悪い。

 しかし、それでも不良は不良を貫く。周りが何と言おうと、自分の思うがままに生きる。


「そうか。だからなのか……彼らは、半端ではなくハンパない」


 だから、ハジャもようやく分かった。何故、不良たちが人間と魔族という種に囚われないか。


(相手が誰でも常に自分の本性と本音をさらけ出している。だからこそ、最初は敵意を抱いていた相手でも、最後には互の全てを知ることができるのか……) 


 喧嘩が終われば仲直り。

 身勝手だが己の全てをさらけ出してぶつかり合う不良の喧嘩ならでは。

 例え、相手を嫌いでも、お互いを良く知ることができる。


「僕も、そんな風に自分をさらけ出して戦いたかったよ……」


 政治や駆け引き。疑心暗鬼。全てをさらけ出していない人間と魔族では無理な話。

 国や人類や、自分以外の全てまで背負い続けて戦争に身を投じたハジャたちでは、そんな風に自分の感情のままに戦うことはできなかった。

 気づけばハジャはハルトに嫉妬していた。


「潰れやがれェ!」


 ハルトはハジャの顔面を掴み、握り潰そうとする。

 暴力的で尋常ならざるアイアンクローだ。


「……もう……十分だ……君は良くやった。強かったよ」


 だが、その時。額から夥しい血を流しながら、ハジャは冷静に息を吐いた。


「見事だった。戦場でもないのに、僕の魂が揺れた」


 ハルトはそこから先はよく覚えていない。

 ただ、目を覆うような強烈な閃光と、意識を一瞬でふきとばす衝撃を感じた。


「勇雷烈天昇(ゆうらいれってんしょう)!」


ハジャは天高らかと打ち上げられていた。


「「ハルトォ!」」


 ハルトは天井にぶつかった。力ない人形のようにアッサリと。


「か、勝った……ハジャが……と、当然よ。あんな奴にハジャが負けるわけないもの!」

「ええ。兄さんの勝ち……なのよね。……でも、私はそうは思えないわ」

「……これは本当に勝ったのか?」


 不良たちだけではない。この場にいた全員が言葉を失い戸惑っていた。


「レオン・ハルト君……君は……戦う相手を間違えているよ……」


 ほんの僅かな出来事。紛れもなく、世界を制した勇者の一撃でもあった。

 雷の名残で空気が弾ける音だけが響き、体育館に静寂が流れ、喧嘩の音も鳴りやんだ。

 しかし、


「まちがっちゃ……いねえ……」


 ハルトはすぐに立ち上がった。


「ッ、勇雷烈天昇を受けて、まだ意識が……なんという執念だ」


 ハルトは立った。しかし、両膝が激しく揺れ、頭からは激しく血を流している。

 誰が見てもこれ以上戦える状況ではない。

 だが、誰も止めない。立ち上がったハルトの眼光が一切弱みを見せていなかったからだ。


「不良は世界をも変えられる……最強の種族だ……実際に世界を変えたテメェをぶっ倒すことで……俺は不良を証明してやる! だから、来い! まだ終わってねえ!」


 負けられない。その意思で立ち上がったハルトに、ハジャはゆっくりと近づいていく。

 思わず誰もが、「とどめをさすのか?」と思った。

 しかし、ハジャはとどめをささず、ただハルトを殴った。


「ッ……」


 ただ、グーで殴った。

 頬が痛いと思うまで、殴られた事に気付かなかった。

 ハルトは、思わず呆然としてしまった。


「だからそれが間違っている。世界を変えた僕を倒す? 買い被らないでくれ」

「ッ……なに……」

「ハルト。世界は未だ何も変わっていないよ」


 ハルトは、ハジャが何を言っているのか一瞬分からなかった。


「ふざッ……荒くれた時代から皆でお手々繋いでの世界に変えたのはテメェらだろうが! 俺は世界を変えたお前を倒すために来た。それが、今更何を言ってやがる!」

「違う、そんなことない!」


 ハジャこそが、世界を変えた勇者。人間界も魔界も口を揃えて言うだろう。

 しかし、ハジャは否定する。それは決して謙遜などではない。

 その言葉が本心であると、ハジャの言葉と瞳で、ハルトは感じ取ることができた。


「戦争はあくまで過程に過ぎない。僕たちの本当の戦いは、これから始まるんだ」

「何が過程だ、ざけんな! 戦に命懸けで乗り込んで死んだ奴だって居るんだろうが!」

「そう。だから僕たちは彼らの分まで背負って、この道を進まなくてはならない」

「な……なに?」

「啀み合いと憎しみの連鎖を断ち切り、交わらぬ人と魔の世界の調和を目指す。戦争の終結は、ようやくその第一歩を踏み出したに過ぎないんだよ」

「……たった、一歩だと……」

「世界を変えるというのは、戦争が終わったその先にあるものだ。僕たちが掴むのはソレだ」


 ハルトはこの時、マグダを思い出していた。

 マグダの言った、「不良が世界を変える」という言葉。

 その言葉に感化されて、とりあえず不良が最強なんだと、良くも分からず吠えていた。

 今になって『世界を変える』ということの意味が少しだけ分かって来た気がした。


「ハルトくん、むしろ、僕たちの目指した人と魔の友好関係を、既に無意識で手にしてしまっている君の方が、僕にはよっぽど輝いて見える」


 ハルトでも、一目でわかった。

 ハジャの言葉が、決して適当に相手を諭すために言った言葉ではないことを。

 そして、その夢を語る瞳は、確かな信念を宿していることを。


「お前は……世界を変えようとしているのか?」

「ああ、変えてみせるさ」

「そういうことか……」


 ハルトはようやく気がついた。思わず頬が少しだけ緩んだ。


「そうか……俺はさっきから……世界を変えようとしている奴と喧嘩してたのか……」


 ハルトは思った。自分はどうだろうかと。


(マグダ、俺はまだあんたがこの世をどんな世界に変えたかったかまでは分からねえ。……俺の器はまだそんなもんてことかよ……そんな状態であんたや勇者を超えようとか……)


 不良が世界を変えるとだけ叫んではいたが、実際に何かを変えようとしていたわけではない。

 ただ、思うがままに暴れていただけだ。

 ハジャはマグダと同じように、変えようとしているのだ。その命と人生を賭けて。


「すまねえ……ウスラバカ共……おっさん……この喧嘩……完全に俺の……ま……」


 どつきあいの喧嘩の勝ち負けではない。

 ただ、ハジャに対して完全に負けを認めてしまった。 

 その瞬間、ハルトの意識が完全に途絶えた。

 しかし、その表情は少しだけスッキリとしていた


「レオン・ハルトくん。君が、僕を超え、不良が世界を変えられる最強の種族だと証明する道が、一つだけある」


 満足そうに倒れたハルトを見下ろしながら、ハジャは高揚した気持ちが抑えられないような笑みを浮かべながら語りかける。


「僕たちだけでは成し遂げられないことを、君が成し遂げることができれば、世界も歴史も間違いなく君たちを認めるだろう」

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