第35話 理由がない

 ハルトたちを受け入れた転校二日目にして、勇者一味は学園の教職員と軍の幹部を交えて緊急会議を開いていた。

 学生から強面で胸にいくつもの勲章をぶら下げている大人まで幅広いが、誰もが厳しい表情で、中央に立つハジャを取り囲むように座っていた。


「では、天壌破邪。単刀直入に昨日の報告は既に聞いておるな」

「はい、転校初日にレオン・ハルトが崎川駅の柳銀街で桐生カイと暴力沙汰を起こしたこと。アーケードの商店がいくつか被害が出たこと。さらに事前に周辺で屯していた三十代無職の者たちを暴行したと」

「その通りだ。ちなみに、柳銀街で被害の出た商店に対する賠償や補償の手は打ってある。さらに、暴行を受けたとされる連中は全て前科持ちでな。街の防犯カメラや聞き込みからも、連中は君と同じ学校の生徒たちに因縁をつけており、桐生カイがそれから守ったとのことだ」

「はい。僕たちも、後をつけていたので見ていました」

「君たちが近くに居ながら、もっと早く止めることはできなかったのかね?」

「また二人の邪魔をしてしまえば、何も変わらない……そう思ったから止めませんでした」


 一通りの確認事項が終わり、いよいよ本題に入る。


「今一番の問題は、桐生家の娘が魔族に暴行を受けて重症だということだ。話ではアバラを二本、更に鼻の骨を骨折、右足の捻挫と骨折。その他に打撲や火傷の後まであるようだ」

 

 軍服姿の軍幹部と思われる男が厳しい口調で現実を告げる。ハジャたちはその現実にただ頷くだけしかできなかった。


「喧嘩両成敗、とするには厳しい状況だ。現に聞き込みでは、あの魔族は必要以上に桐生カイに暴行を加えていたようで、既に銀秋街では魔族に対する恐怖が現れている」

「はい……そのようですね」

「……ふう……転校初日でまさかこれだけのことをやらかすとはな。天壌破邪よ。君の功績や名声を考慮したとしても、今回の君の考えは、浅はかすぎたと思わないか?」


 ハジャはただ黙って頭を下げた。アスラやアンシアは悔しそうに拳を握り締め、そしてセンフィはただ魔族の代表として謝罪をするしかなかった。


「異世界友好条約。君の掲げたものが君自身の手で壊すところであった。センフィ姫の留学の時以上に、今回は厳しく罰則しなければならない」

「お待ちください。確かに今回のレオン・ハルトの暴力事件は度を越しています。しかし、あの時ふたりは確かに互を理解し合えたと思っています」

「いや、今回ばかりは看過できん。レオン・ハルトを即刻退学にし、魔界へ強制送還するのだ」


 全てが無に返ろうとしていた。こんな簡単に壊れてしまうなど、誰も思わなかった。

 そして、淡い期待も裏切られてしまった。

 アスラも、アンシアも光華もセンフィもどこかで期待していた。

 あの、体育館での乱入事件を見て、レオン・ハルトなら何かを変えられるかもしれないという期待をしていた。

 だが、それはただの幻だった。今回の事件は彼女たちに、ハルトは所詮ただの不良ということを決定づけさせるには十分な出来事であった。


「それと、桐生家にはどう弁解するか。桐生会長が、娘が暴行を受けた事実を知れば、事は我々の責任問題程度ではすまんかもしれん。過保護だからな、会長は」


 ハルトの退学と強制送還は既に決定だ。問題は今回の落としどころをどのようにするかである。大人たちは己の保身も含めて頭を抱えていた。

 だが、次の瞬間、その悩みも問題もすぐに吹き飛ぶ事態が起こった。


「た、大変です! 桐生カイが本日も登校しています!」

「なに?」


 突如会議室に入った、スーツ姿の若い男が息を切らせて報告する。


「バカな、入院するほどの怪我だったはず……いや、待て、レオン・ハルトは!」

「何食わぬ顔で既に登校しています! このままでは、すぐに二人が教室で再会します!」

「いかんぞ、それは!」


 このままでは、昨日と同じ悲劇が繰り返されるかもしれない。大人たちは己の役職も忘れて慌ただしく、立ち上がった。


「そ、そうだ、カメラを映せ、教室の!」

「カメラ? どういうことです?」

「いや、実はセンフィ姫が転校する際に、万が一の時のために君たちの教室には監視カメラを仕掛けておったのだ!」

「なっ、いつの間に……」


 何が起こるか分からない。姫を守ろうとする魔王軍の残党や、異世界交流を反対する世論やテロリスト。正直、監視カメラを仕掛けるなど、防犯的な意味では当たり前であった。

 しかし、このカメラの存在が事態を大きく変えることになった。

 映像に映し出された教室では、机の上に両足を乗せて雑誌を読むハルト。

 隣の席で漫画を真剣に読んでいるカララ。

 反対側の席では、ハルトと椅子と机をピッタリとくっつけて寄り添うオルガ。

 三人の周りには案の定、誰も近寄らずに、ただチラチラと様子を伺っていた。

 そして、教室の扉が開く。そこには、カイが立っていた。

 その姿にクラスメートたちは息を飲んだ。


「なんだよ、あんたら。人をお化けでも見たような目で見るんじゃないよ」


 いつも通りなのは制服だけ。

 松葉杖で足にはギブス。腫れた顔面には、ガーゼとバンソーコーがいくつも貼られていた。

 この光景をカメラで見ていたハジャたちも、ここまで酷いのかと息を飲んだ。

 そして、カイの足は自然と教室の隅に居るハルトたちの元へと向かう。

 誰もが思った。まずい、と。

だが、カイがハルトの目の前で止まったとき、開口一番で予想もしない一言が出た。


「よう、ハルト。おはよ」

「おう。どこの美人かと思えば、カイか」

「ああ、朝起きたらスゲー腫れてやんの」

「くはははは、この一週間はそんな感じだぜ。ザマーミロ」

「へっ、よく言うよ。大変だったんだぞ? 昨日はオヤジとも喧嘩になるしよ」


 ハルトは雑誌を机の上に置き、カイはそのままハルトの机の上に腰掛けて、二人は普通に会話を始めた。


「で、過保護なお前のオヤジは何て?」

「なんかいきなり落ち着いて見合いでもして婿を取れとか言ってきやがるからよ、余った左足で見合い写真蹴り飛ばしてきたよ。つーか、オヤジに反抗したのは初めてだよ」


 何か憑き物が落ちたように、サッパリとした笑顔のカイ。

 昨日までは触れるもの近寄るものを蹴り飛ばす勢いの鋭さが、今では柔らかさがにじみ出ていた。

 そんなカイの笑顔を、ハルトも皮肉を交えて笑った。


「あーあ、これでもお前も親不孝もんのクズ野郎ってわけか」

「まっ、戦争の時は大人しく従ったけど、今度からは違う。私は家とか親とかそんなもん関係なく、自分で自分の生き方を決めてやりたいことを見つけるって決めたからよ」

「ほー、認められたのか?」

「勘当された。出てけーってよ。まあ、売り言葉に買い言葉みたいなもんだから、そんな重くはねえけどな。つーわけで、喧嘩中は家に帰れねえからよ、ハルトー、部屋に泊めてくれよ」

「無理だな。……部屋にはこわーいお姉さんが居るから」


 苦笑しながら告げるハルトは顎で隣を向く。そこには、大魔神のようなオーラを出しているオルガがいた。


「うぬら……何を余の前でイチャついておる」

「おお、待て待て安心しろ。私はこんな奴は男として見てないから。性的興味は皆無だ」

「ほざけ! ハルトに性的興味を示さぬなど、余の夫に魅力がないと言うか!」

「えっ、そっちかよ! ハルト~、あんたも変な女に付きまとわれてんだな。つーか、本当にこいつは元姫か?」


 一触即発はハルトではなく、オルガだった。親しげな二人に鼻息荒くしている。


「むう、それよりも……昨日から気になっておったが、カイよ。うぬのスカート……短すぎではないか?」

「はっ? こんぐらいフツーだろ? あんただって似たようなもんだし。今更ハルトにこんぐらい見られてもどーってこと……」


 あっけらかんと、自分のスカートをまくり上げるカイ。黒と白の縞々だった。


「お……おお」

「見るな、ハルトッ!」

「へぶっ!」

「あっはっはっは、やっぱおもしれーな、あんたら」

「笑うな。この淫乱女め!」

「い、淫乱じゃねーし。てか、これはあれだ……ちょっと、こいつだけにサービスみてーなもんだよ。見慣れてんだろ?」


 バッチリと視界に焼き付けたハルトだったが、すぐに記憶が消去されるぐらいにオルガに殴られ、カイは大爆笑。

 それに対してカララはクールだった。無言で漫画を読み続けていた。


「あの、その……」

「今度は誰だ、今の余に近づくでない!」

「ひい、ご、ごめんなさい!」


 四人の輪の中に恐る恐る近づいてきたのは、気の弱そうなクラスメート。

 昨日、チンピラに絡まれた、山田と田山だ。


「ああ、あんたらか」

「う、うん、その、桐生さん……き、昨日は助けてくれて、その……ありがとう」

「い、あ、ああ、ま、まあ、無事で良かったな」


 正面からの礼。カイは慣れていないのか照れくさそうに頭をかいた。

 そして、山田たちはそのままハルトにも顔を向ける。


「レオンくん……えっと……」

「おお、昨日は散々だったな」

「いや、そんなの桐生さんの怪我に比べたら……って、そうじゃなくて……その」

「アン? 何だよ、ハッキリ言えよ」

「ゴメンなさい。その、二人は仲直りしたの?」


 仲直り? そう言われてハルトとカイは不思議そうに首を傾げてお互いを見合った。


「「いーや、全然?」」

「じゃあ、何で仲良さそうなの!」


 そう、別に二人は仲直りしたわけでもない。では、何故既にそんなに仲良さそうなのか?

 正直二人もそれはよくわかっていなかった。

 ただ、昨日はあれだけぶつかりあったため、お互いのことをよく知ってしまったからなのか、顔を合わせれば普通に声を掛けていたのだ。


「いいんじゃないの? 私たちが喧嘩しようと、喧嘩する理由がないときは普通にしてようと」


 そう、ただ喧嘩する理由が何もないのだ。

 確かに不良は特に意味もなく顔を会わせたら喧嘩することもある。

 だが、別に顔を会わせたからといって喧嘩する決まりがあるわけでもない。

 自分たちで勝手に喧嘩して仲良くなって勝手にまた喧嘩する。それだけなのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る