第11話 魔界より
魔界のスラムと化した街も不良にとっては居心地のいい場所だった。
「おだー、おでにさけをもっどのまぜろー」
「ねえ、あんた店に寄ってきなよ。サービスするからさ。ね?」
「げへ、げへ、あー、また喧嘩やってるぞ? 今度はどこの街の奴らだ? 賭けるか? ミノタウロスと、あん? チビ女? でへへへへ、賭けになんねー」
「バカ、よく見ろ! あれは、カララちゃんだ。機嫌損ねると殺されっぞ」
朝まで酒を飲んだ酔っぱらいのゲロの匂いから、チンピラたちの喧嘩で溢れる血の匂いも、不良たちの居場所。
そして変わらぬ喧噪が今日も街に響いていた。
「ニトロクルセイダーズ共、調子こいてんじゃねえ! 俺は、サラズキ市二強の一人、ミノタウロス族のザッコーダ! 俺はマジで魔拳闘のプロ目指してたんだ。テメエらドシロウト集団なんざ目じゃねーんだよ!」
大柄のミノタウロスがファイティングポーズのままステップイン。相手を粉々に砕かんと強烈なアッパーを繰り出す。
対する相手は非常に小柄な少女。ミノタウロスの膝ぐらいの身長しかない。
だが、少女は一切ひるむことなく、それどころか正面から攻撃を受け止めた。
「うるさい。気の合わない奴らは皆殺しだ」
すると、
「ぎゃあああああああ、いってええええええええ!」
大柄なミノタウロスが拳を押さえてのたうち回った。手首が折れ、拳が砕けたのだ。
涼しい顔で立ちつくす少女。その肉体は光り輝くダイヤで身を包んでいた。
「ダイヤモンドシェル」
「体を硬質な宝石化させ、うぐっ、て、テメエ、まさかその能力は、滅亡したはずの!」
「物理攻撃も属性魔法も私には通用しない。そして」
「ひい!」
「ダイヤモンドナックル」
小柄な少女とは思えぬ破壊力。硬質化した右ストレートで、何倍もの体格のザッコーダをぶっとばした。
街中を二転三転して転がるザッコーダ。傷だらけの体をふらつかせながら、己を倒した相手を見上げる。
「つ、ツエー、これがニトロクルセイダーズ副総長にて、チーム幹部『五凶(ごきょう)』の一人、殲滅のカララか」
「次は、切り落とす。ダイヤの手刀。ダイヤモンドソードでな」
「ままま、待て! お、お、俺の負けだ、勘弁してくれ」
「ちっ、つまらん」
素直に敗北を認めて頭(こうべ)を垂れるザッコーダ。酔っぱらいや街のチンピラヤ水商売の魔族たちも歓声を上げる。
そんな中で、カララは静かに歩き、圧倒するようなプレッシャーを放ちながら告げる。
「約束通り、この街から出ていけ。二度とこの街でフライパンをするな」
「っ、だが、俺の負けは認めたが、『百獣爆走団(ひゃくじゅうばくそうだん)』は負けてねえ。まだ、俺たちのボス、獅子族のライガーさんが居る。ライガーさんが負けを認めねえ限り、俺たちのチームは動かせねえよ」
「ライガー? それなら大丈夫だ。私のチームの闇ギャルエルフが終わらせる」
丁度その時だった。巨大な影が差した。
何事かと上空を見え上げると、空から巨大な獅子顔の魔族が落ちてきたのだった。
「ラララ、ライガーさん!」
勢いよく地面に叩きつけられた魔族こそ、ザッコーダたちのチームのボス。
しかし、その彼は既に傷だらけで息も絶え絶えだった。
「ぐっ、ぐう、つ、お、俺様が」
「ライガーさん、どうしたんですか!」
「お、オル、ガだ」
「なんですか?」
「ニトロクルセイダーズ幹部、五凶のひと、ひとり」
何が起こったのか分からず、混乱するザッコーダ。
すると、時間差で何者かがもう一人空から舞い降りた。
音もなく着地をした女は、褐色肌で片目が隠れた黒いロングヘヤーに長い耳。エメラルドに輝く宝石を先端につけた、自分の身長よりも長い杖を携え、ミニスカートと白いシャツにカーディガンという少し不釣り合いな格好をした女だった。
「観念せよ。余の前ではあらゆる力が平伏せる」
「うぐっ」
「暴力は好むが殺生は好まぬのでな」
威風堂々とした佇まい。掃き溜めの街に舞い降りた神々しい雰囲気を醸し出す女に、ライガーは叫ぶ
「黙れ、オルガ! いくらダークエルフの元王族とはいえ、俺様がメスごときにやられるか! メスは黙って腰でも振ってオスの子種を孕んどきゃいいんだよ!」
その女は、ダークエルフのオルガ。
彼女はライガーの乱暴な発言に、顔を赤らめてくねり出した。
「そうであろう? うぬもそう思うか? そうであろう。おなごの役目は惚れた男の子を孕むこと。やはり、そうであろう! なのに、ハルトとくればいつまで余を放置しておく気か! いかに男の帰りを待つのも女の勤めといえども、余にも限界というものがある」
「あっ?」
「いや、怒っているわけではないのだ。余にとってハルトは待つに値する男。国を追われてハンター共に襲われたところに颯爽と現れたハルトと出会った時点で、余の操も心も既に決まっているのだから」
「おい」
急に関係ないことを喋りだし、怒ったり照れたりと既に喧嘩が頭に入っていないオルガ。
そんな状況にプライドを傷つけられた手負いの獅子が吼える。
「なにのろけてやがるんだ! だったら、俺がテメエを喰ってやるよ!」
「うるさいの。うぬらは、さっさと尻尾巻いて立ち去らぬか。恐喝、窃盗、麻薬の売買。この街はうぬらを決して受け入れぬ」
「黙れ! 同じ不良のくせに自警団気取りか? 今の世の中、どんな手を使おうと成り上がった奴が勝つんだよ!」
「同じ不良? 確かにニトロクルセイダーズも不良だが、うぬらとは違う。うぬらは……」
「死ねええええええええ!」
「クズなりの誇りがないからの」
鋭い爪と牙を光らせてライガーが駆ける。力づくでオルガを引き裂く気だ。
対してオルガは杖を突き出すように構えて、迎え撃つ。
「闇の螺旋雨(ダークボルテックスレイン)」
闇に染まった捻れた雨が降り注ぎ、ライガーの肉体に突き刺さって抉る。
手負いの獣の最後の牙も届かず、ライガーは意識を失って倒れた。
「不良なら、成り上がるのではなく、男を上げよ」
誰の目から見ても完全なる決着に、再び街中から歓声が上がり、ボスの敗北を見た百獣爆走団は尻尾を巻いて逃げ出したのだった。
「ヒュー、かっくいー、さっすがオルガちゃんとカララちゃん!」
「もう、不良なんかやめてウチの店で働きなさいよ。あんたたちなら、簡単にトップになれるって!」
街中の喝采を浴びながら、立ち去る不良たちの背中を見ているオルガの隣にカララが近づき、互いを労うように、顔を合わせないまま軽く拳を出して、互いにコツンとぶつけた。
「とりあえず終わった」
「うむ。しかし、敗戦して職を失った傭兵崩れや盗賊かぶれたちが随分と好き放題してくれるの。『人魔不良界』が終わってからは、こんなつまらぬ喧嘩ばかりだの」
「逆に昔から存在する骨のある不良共と仲良くなりすぎた。ヌルくなってきた」
「まあの。確かにこれでは、自警団と変わらぬな。邪魔者を追っ払うばかりでの」
「殺した方が楽なんだが」
「そう言うな。余とて歯がゆい思いをしておる」
難しい顔をして苦笑するオルガ。すると、二人の元に街の至る所からチームのメンバーが顔を出した。
「カララちゃん、オルガ、こっちも終わったぜ!」
「ハルくんが留守だからって、ニトロクルセイダーズをナメんなっつう話しだぜ」
「今回は楽勝だったな。あいつら、魔法や魔闘術は使えるが『威(い)』を使えなかったからな」
それぞれが、他の場所で街の防衛と喧嘩という役目を終え、勝利という決着に満足そうだ。
「みなもやったようだの」
「遠征に行ってる奴らからも連絡あった。当然勝った。暫くはこの街もまた退屈になるな」
「うむ、ハルトに褒めてもらわんとな」
「いいや、こうなったのもハルトの所為だ。アイツが二代目のクセに、チームを放置して行方をくらませているからだ」
途端に不機嫌そうに口を膨らませるカララ。その膨らんだ口をオルガが苦笑しながら掴んで空気を吐き出させた。
「マグダも自由行動が目立ったが、あいつも大概だ。今度会ったら殺してやる」
「男も自由に生きたい時があるのであろう。浮気をしていないのなら、許してやろうぞ」
「浮気? してたらどうする?」
「わっはっはっはっはっはっはっ、あっ?」
「悪かった。何でもない」
オルガが二ターっと残酷な笑みを浮かべる。カララもほんの少しだけビビッた。
冗談だ。と言っておかないと恐いことになると判断したカララは慌てて何度も首を横に振った。
しかし、浮気云々は冗談にしても、ハルトが気がかりなのは二人とも同じだった。
一体何をしているのかと、二人がハルトの身を案じていると、軽快な音楽が聞こえた。
「ぬ?」
「おい、ケータイなっているぞ」
オルガがワイシャツの胸ポケットに手を入れて、バイブレーションして鳴り響いている携帯を取り出した。
「余だ。おお、『海堂さん』ではないか。こちらは変わりない。不良を引退したと聞いたが、そっちはどうだ? ん? こっちか? いや、こちらは余とカララの夫が消え、ん? なに?」
オルガの顔つきが変わった。その様子、ただ事ではなかった。
「海堂は何と言っていた?」
「海堂さんの元舎弟が不良ゲートの付近でハルトを見たそうだ。ケータイも繋がらぬが、人間界であやつは何か用があるのかと聞いてきた」
「そうか」
「うむ」
カララとオルガ。よくこの二人は聞かれる。「二人は仲が良いのか?」と。そのたびに二人は揃って答えた。「仲良くない」と。
だが、それでも疑いたくなるぐらい、二人の息はいつもピッタリだった。
「「人間界か」」
寸分の狂いもなく、二人の言葉と心が重なった瞬間だった。
「人に留守番をさせて、単身人間界だと?」
「ほほ~、もう少ししたら一緒に行こうと約束しておったのに、黙って行きおったか」
「私がどれだけ……アキハバラとやらに行きたいか、知っていた」
「トーキョー何とかランドという夢の国でデートしたいと、余が何度も呟いていたのを隣で聞いていたであろう?」
そして、怒りが重なった。
「捕まえ殺す」
「おしおきだの」
背中から瘴気のようなものが溢れ出す二人。
二人の顔を直接見ていない電話の主も、二人が今、何をしようとしているのかは察することができた。
『来るなら案内するぜ?』
電話の向こうから男の穏やかな声が聞こえ、オルガとカララは一瞬で肯定の返事を返したのだった。
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