第33話 手加減なし

「おい、あいつらやられてんぞ! おいおい、魔族もいやがるぞ!」

「マジかよ、まさかあんなガキに? 素人にナメられてんじゃねえ!」

「クソガキどもがァ!」


 街に怒号が響く。二十人近くだろうか? 倒れているチンピラたちの仲間なのだろう。ゾロゾロと人数を揃えて現れた。

 だが、ハルトとカイはまったく無関心だった。


「嵐蹴道・嵐回転(らんかいてん)蹴り!」

「暴威・乱暴!」


 嵐の蹴り。乱れる暴力の拳。ぶつかり合う。重なり合う。

 その度に行き場のなくした衝撃が弾け飛び、二人を中心に竜巻が巻き起こった。


「このガキども、気闘衣と、あの伝説の威を使えるんじゃ……」

「威だと? このガキ、アゲハのクソ野郎と同じ……」

「怯むんじゃねえ、ぶっ殺せ!」

「ってか、俺たちを無視してんじゃねえ!」


 チンピラたちは怒鳴り散らして、二人を殺せと叫ぶが、どうやって? 


「うおお、さすがハルトくん! ロックだぜ!」

「頼もしい限りだの」

「ふん、つまらん。私が殺してやってもよかったのに」

「はは、大人にビビんねーのさすがだね」


 気づけば二人に近づくだけで集まったチンピラたちは竜巻に飲み込まれて弾き飛ばされる。

 そして当の二人は、もはやそんなことなど気にも止めていなかった。


「潰す!」

「蹴り殺す!」

 

 遠心力で勢い乗せた回し蹴り。ハルトの握った拳とぶつかる。

 しかし、女と男の力差はあるものの、蹴りはパンチの四倍の威力はある。

 まして、格闘技の達人でもあるカイの蹴りは、そのへんのチンピラが対抗できるレベルではない。


「って~、パンチ越しにも効いてきやがる。大した蹴りだぜ。随分と真面目に修行して身につけたんだろうな」

「当たり前さ。戦争で生き残るため、勝ち残るため、頂点に立って世界を変えるため、ガキの頃から死に物狂いで鍛えこんだんだ。あんたみたいな喧嘩自慢とは、わけが違うんだよ!」

「へ~、頑張り屋さんなんだな。まあ、そういう格闘家崩れは不良界に腐る程いるけどな」

「私をそんな奴らと一緒にするんじゃないよ!」

「大してかわんねーよ」


 蹴る。回る。風が吹き荒れる。

 近づくもの全てをチンピラたちのように吹き飛ばすカイの周囲は既に近づくことすら不可能。

 だが、ハルトだけは吹き飛ばされなかった。

 カイの重たい蹴擊にも正面からやり合っていた。


「へっ、魔族なだけあって、身体能力はそこそこじゃないか」

「くははは、教室んときはレディー相手に情けないところを見せちまったからな。少しは満足してもらえてるかい!」


 気も竜巻も関係ない。問答無用で破壊するハルトの握魔力拳が、カイの膝蹴りを押し返す。

 鈍い音と共に、カイの表情が僅かに歪む。


「っ、膝が割れそうだ……乙女の柔肌に酷いことしてくれんじゃん……」

「バーカ、柔肌っつうのはオルガやオウダみたいなムシャぶりつきたくなる艶やかさを言うんだよ。鈍器みてーに硬い脚で俺を誘惑できると思うなよな」

「はん、乙女のセクシーラインに言ってくれんじゃないか。だったら、たっぷり骨抜きにしてやるよ!」

「やめとけよ。俺を骨抜きにしようと思ったら、お前の方が先に腰が抜けるぜ?」

「ったく、品のない奴だね!」

「ミントパン全開の女に言われたくねーな!」


 片足を痛めても、カイのスピードは衰えない。

 上体を揺らして、高速のステップワークでハルトの周囲を回り、フェイントをかける。


「あんた私に言ったよね。私の腰の方が先に抜けるって」

「あん?」

「あんたなんか、私の脚テクでイカしてやるよ!」


 ムチのようにしなった蹴りがハルトの脇腹にささる。

 振り返って反撃しようと思ったら、既にカイは回り込み、再びハルトに一撃入れる。


「なろ、チョコマかと」

「ほらほらほら、ちょっとは感じてくれるかい?」

「こいつ!」

「嵐蹴道・乱々嵐檄(らんらんらんげき)!」


 一撃必殺でダメなら足数で勝負。スキルの勝負になればハルトよりカイに分がある。

 周囲をステップで移動するカイの速度は更に加速し、気づけばハルトは竜巻に巻き込まれて周囲の視界を完全に奪われた。

 視界の閉ざされた世界で風の刃と蹴りがハルトの肉体を容赦なく切り刻んでいく。


「ぐお……この女……」


 青い血が飛び散る。薄皮、皮膚、肉が徐々に削り取られていく。


「うおおお、ちょっ、どうなってんだよ! ハルトくん!」

「桐生のやろう……」

「何が起こってるか分かるっすか? オルガ姉さん」

「……うむ……あの、カイとやら……やりおる……ハルトとまともにやりあえる女は不良界でも珍しい」

「なんで、そんな冷静に! カララちゃんも、あのままじゃハルトくんがやられるぜ?」


 カイは強い。いくらハルトが不良としての実力者と言っても、本物に鍛え上げられたカイを相手にすれば負けても不思議ではない。

 だが、ハルトの血しぶき飛び散る光景を目にしても、オルガもカララも冷静だった。


「私と初めて戦ったとき、あいつは私に片腕を食いちぎられ、両足を粉々に砕かれていた」

「えっ……」

「あいつはいつもボロボロだ。私とも、海堂さんや他の連中と喧嘩しているときはいつも……だが……」


 顔色一つ変えずにカララはボソッと呟いた。


「それでも最後は喧嘩に勝つから、あいつは私たちの頭なんだ」


 次の瞬間、竜巻の発生地点で爆発が起こった。

 

「暴威・暴発!」

「つぅ!」


 それは本当の爆発。巻き上がる粉塵と爆炎が、竜巻ごと二人をぶっとばした。


「な、なに!」

「っつ……て~……へへ、だが、ようやく風が吹き止んだな」


 爆風に乗って煙の中からカイが飛び出す。

 しかし、脚のソックスは焼かれ、スカートはボロボロ、鋼のように鍛えこんだ右足の向脛には青あざが出来ていた。


「つっ……右足が……あんた、今、何をやりやがった! 詠唱もなく爆発しただと? 魔法か!」

「くはははははは、んなお上品なもんと一緒にすんなよな」


 一体何が起こったのか? すると、爆炎の中から体中を火傷で黒ずんだ姿のハルトが、邪悪な笑みを浮かべて現れた。


「暴発だよ。名前の通り、爆発をコントロールできねえから、使ったら俺まで爆発に巻き込まれてダメージを喰らう」

「は、はあ? 馬鹿か? ……いくら私の竜巻を吹き飛ばすためとはいえ、あんたの方がボロボロじゃないかい」

「だからどうしたよ。肉を切らせて骨を立つ。命を削らせて魂を砕く。一緒に爆発して相手の技を封じるとか、初めての経験か?」

「こんの……イカレてやがる」

「ありがとよ。イカレてるは、ロックンローラーには最高の褒め言葉だぜ」

「ッ!」


 この時、カイは戦慄した。ボロボロなのに、血だらけで今にも倒せそうなのに、底知れないハルトの何かに体が恐怖した。


「ッ……この……だが、こんなんで私の蹴りを封じたと思ったら大間違いだよ!」


 感じた恐怖を必死に振り払い、カイは残った左足だけで立ち上がる。

 だが、ハルトは追撃せずに、ただカイを見下して言葉をぶつける。


「確かにテメエはツエーよ。リングで戦ったら、多分俺は瞬殺されんのかもな。だが、いかんせんお行儀が良すぎる。戦争に参加できなかったからか、お前はあんまり実戦経験がねえな」

「おい、その口を閉じろ。男がベラベラ喋ってんじゃねえ」

「所詮は道場と威も使えねえチンピラ蹴り飛ばして磨いた技だ。素質はスゲーんだろうが、これで確信できたぜ。テメエは、戦争を乗り越えた勇者共より遥かに劣る」

「ッ!」


 カイの反応を見て確信できた。どうやら、勇者と比較されることを、カイは死ぬほど嫌っている。

 その証拠に、格闘家でありながら、冷静さを見失い、カイは獣のように襲いかかる。


「実戦だ? 戦争だ? そんな経験で左右される奴はドシロウトなんだよ! 邪魔する奴は蹴り殺す! どんな罠も敵もブチ破る! 生意気な奴はパワーとスピードでねじ伏せる!」

「くはは、男を落としたければ、エロさとテクニックも使うんだな」

「ああああああああ、はあああああ!」


 嵐が更に勢いを増す。削岩機のようにアスファルトを、街の壁を、挙げ句の果てには電信柱すら蹴り折られた。

 だが、ハルトには当たらない。


「ちい、チョコマかと。私を挑発しまくって、空振りさせて体力切れ狙い? 意外にツマんねえ喧嘩をするんだな」

「チゲーよ。哀れなテメエをからかってんのさ!」

「うぼっ、がはっ、のっ……」

「暴挙!」

「がっ」

「だから一撃入れられる度にボーッとすんなよな。喧嘩にリアクションしている時間なんてないんだぜ?」


 的確な角度でみぞおちに拳をねじ込む。胃液を吐き出し、思わず両手で腹部に手を当てる。ガードが下がったのを見越して、顔面に拳を叩き込む。

 女の顔? そんなもの関係ない。圧倒的な暴力で、ハルトはカイをねじ伏せた。


「あ、悪魔……きりゅ、桐生さんが殺される」

「なんでよ……なんで、こんな人が転校して来たのよ……」


 この喧嘩から既に蚊帳の外となった山田と田山も、何もできずに震えるだけしかできない。


「うわ……ちょっ、ハルトくん、いくらなんでもやりすぎじゃ……」

「桐生のやつ、ヤバイっすよ?」

「カララちゃん、オルガ姉さんも、いいんすか?」


 野次馬も多くなっているが、誰もが魔族に暴力を振るわれている女子校生を助けようとはしない。

 ただ、恐怖に引きつった表情で、一刻も早く警察や兵士が駆けつけることを願っていた。

 そして、誰かが助けに来ることを願うと同時に誰もが思った。もう、これ以上はやめろと。

 しかし、ただひとりだけそう思っていない者がいた。


「は、はは、こ、こんにゃろ……私を桐生家とか……女とか関係なく顔面殴ってきた男は初めてよ……嬉しいじゃない、でも……やりすぎよ」


 顔が腫れ上がり、鼻血と切った口から血を吐き出し、人形のように美しかった容姿が見る影もなくなったのに、カイはまだ強がりの笑みを浮かべていた。

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