第19話 ダチ

「な、なんの音? って、えええ?」

「何、この人たち! バ、バイクが!」

「ちょっ、なんなのよこいつら!」

「ぼ、暴走族……」

「君たちは何者だ! 一体、何をしに来た!」


 騒然となった。

 ハルトも突然のことで目が丸くなった。

 暴走族の集団がこの真昼間から学園に、そして体育館の扉をブチ破り乗り込んできた。

 そして……


「……な、なにい!」


 ハルトは気づいたら声を上げていた。だが、驚かずにはいられない。

何故なら、暴走族共の掲げる旗には、『ニトロクルセイダーズ・(元・暴走鬼兵隊)』と書かれていたからだ。


「げげ、暴走鬼兵隊!」

「嘘……だろ……渋谷で伝説となった、東日本最強の暴走族じゃねえかよ!」


 生徒の誰かが騒ぐ。そして、ハルトもその存在を知っている。


「俺に挨拶もせずに人間界で跳ね回るとか……二代目さんは随分と義理がねーんだな。なあ? ハルト」


 そして、暴走族の先頭に立っている男が告げる。

 赤と黒のブレザー。

 他の派手めな連中と比べて、髪も黒で前髪が少し目にかかる程度と普通。

 体格もスリムで細身。一見、決して不良には見えない落ち着いた振る舞いと口調。

 だが、そんな男こそ不良界ではスターの一人だ。

 その男に、ハルトは戸惑いながら口を開く。


「か、海堂さん!? な、何で……どういうことっすか!? ……そして……テメェらまで……なんで……」

「道案内を頼まれたんでな」


 どういうことだ? そう思ったとき、体育館が激しく揺れ、床に大きな亀裂が走り、何かが地中から現れた。

 それは、まばゆい光を全身から放ち、巨大な両翼、巨大な鉤爪、そして、頭部から鋭く伸びる二本の角までもがダイヤモンドでできていた。


「ドドドドド、ドラゴン!」


 デカイ! 食われる! 目の前に建物のように巨大な化物が出現したら普通、そんな単語が頭によぎるものだが、この時は違った。

 ただ、その美しさに誰もが見惚れていた。


「ま、魔界最古の宝石竜族、ダイヤモンドドラゴン! 絶滅したと思ってたのに。どうして、こんなところに!」


 それは、魔界の姫であるセンフィですら、息を呑むほどの希少種。

 すると、そんなドラゴンを目の当たりにしたハルトが、思わず呟いた。


「カララ、何でテメエが」

「貴様、私を種付ける前に死に絶える気か?」


 ドラゴンが喋った。ハルトを見下ろしながら。

 するとその時、背後から別の殺意を感じた。


「余を未亡人にする気か!」


 そこにはまた、怒気を表情に滲ませた褐色肌の女が立っていた。


「……オルガ……」


 その迫力に思わず全身の鳥肌が立つハルトだが、その二人を見て驚いたのはハルトだけではない。


「バカな! 宝石竜だけでなく、アレは!」

「ダ……ダークエルフ! バカな、ダークエルフは既に国も種族も滅亡したはずでは!」

「な、何で人間の暴走族と一緒に……」


 状況も、そしてこの組み合わせも何一つ理解できないハジャたちに、どこかムッとしたカララたちが答える。


「宝石竜族ではない」

「余は、ダークエルフではない」

「人間の暴走族? 違うな」


 なら、お前たちは何者だ。その疑問に、三人が同時に答える。



「「「不良だ」」」



 誰もがポカンとしていた。

 そして、事態は更にややこしいことになる。


「ちょっ、なんかバイクの音がまだ……」


 誰もが目を見開いた。校門から次々とバイクの集団が乗り込んできたのだ。

 全員がバラバラの特攻服や旗を掲げ、鉄パイプやバットなどの武装で、明らかに殴り込みのスタイルだった。


「ええっ! って、アレは……」

「鬼兵隊の傘下チームだ! あっちは渋谷の『激音(げきおん)』! 池袋の『勇撃つ(ゆううつ)』!」

「どれも有名なチームだよ! 何でそんな奴らが!」


 生徒たちは、誰もが足腰を震えさせて物陰に隠れようとした。


「な、なによアレ!」

「い、いや、やだ……怖いよ……誰か先生を……」

「だ、大丈夫だよね。こっちにはハジャくんが居るし」


 この学園には勇者たちがいる。だが、それでも怯えている。

 ハジャたちも、何の前触れも無く現れた暴走族たちは何なのかを理解できていない様子。


「嘘でしょ? これってまさか……レオン・ハルトくんが言っていた……」


 そんな中、光華は、「もしかして」と何かに気づいた。

 唖然とする空気の中で、現れた不良たちは一斉に声を上げた。


「来たぜ、ハルトォ! 人間界に来たなら言えよな!」

「いきなり勇者の学園に殴り込むなんて、流石はハル! ボーイだぜ! ギャハハハハ!」

「ハルちゃーん! バイトサボって助太刀に来たぜェ!」

「おうおう、テメェら。ハルっちに手ェ出してタダで済むと思うなよなァ!」


 誰もが、ハルトの名を口にした。


「ハルトだと……か、彼らはハルト君の仲間なのか? いや……だが……」


 ハジャですら驚いている。不良集団が学園に乗り込んできたことがではない。

 『人間』の不良たちの目的が、『魔族』の不良である、ハルトの助太刀に来たことがだ。


「もう店じまいした俺だがよ……本来は先代が言うべきことを、代わりに俺が行ってやるよ」


 穏やかな海堂の檄が飛ばされた。


「テメエの辞書には何の文字が無いかを思い出せ」


 その激に呼応するかのように、激熱メモリアルズを始め、名だたる不良たちはこれでもかとバイクを大きく吹かせた。


「負けんなァ、旦那ァ!」

「ハルさん! ロックっすよ! ロックの魂っす!」

「バカハルトォ! ボーイに暴れろォ!」


 まるで地鳴りのように響く。

 それは正に、天地が震える。


「「ハールトォ! ハールトォ! ハールトォ!」」


 不良たち一斉のハルトコール。


「ウスラ馬鹿共が」


 ハルトはこの時、不意にマグダの言葉を思い出した。


「クハハハ! どいつもこいつも……最高にイカしたボーイどもだ」

「ッ……レオン・ハルト君……」

「不良も捨てたもんじゃねえだろ? 不思議なもんだ。もう、負ける気すらしねえよ」


 腹の底から熱くなる。今なら何だって出来るし、負ける気すらしない。


「……そうさ……何故なら! 俺の! ……いや!」


 だから応えてやる。それを叩き込んでくれたこいつらに、応えるしかない。


「俺たちの辞書に不可能の文字はねえ!」

「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」

「いくぞ! ニトロ同盟喧嘩準備! 世界の英雄どもォ全ッ員まとめて―――」

「「かかってこいやァァァァァァァァ!」」


 不良として、男として、ハルトは再び立ち上がる。


(そうだよな、おっさん。俺たち不良が世界を変えるほど最強なんだよな!)

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