第26話 転校初日

 制服を着崩して、迫力十分の目つき。

 ポカンとするクラスメートを威嚇しながら宣言する。


「今日から転校してきたレオン・ハルトだ! 今日からこのクラスも学園も俺がシメる!」

「セキ・カララだ。私を不快にさせた奴は殺す。なれなれしい奴も殺す」

「ロマンス・オルガじゃ。頭が高い。打ち首にするぞ」


 三人の転校生に、まずは一言。


(友好する気あんのか?)


 センフィとハジャの一味のクラスに転校することになったハルトたち。

 そしてこの暴挙に勇者の一味はさっそく机に頭を強打した。 


「ハ、ハジャ……大丈夫なの? あの不良たち……」

「アスラ、心配……いらない……よ?」

「何で疑問形なのよ! 目も外すな!」


 クラスの生徒たちもザワつきだした。


「ねえ、あれってこの間の……」

「ほんと、あの魔族よ」

「やだー、やっぱ昨日の話は本当だったんだ」


 案の定、クラスの女子たちは既に怯えている。彼女たちにとっては普通の不良ですら好きではないのに、魔族で、しかも勇者に襲いかかる凶悪な奴だ。

 正に最低最悪の印象からハルトたちの学園生活は始まるのであった。


「ハルトくんとカララちゃんとオルガさんのバカァ! そういうのはやっちゃダメ!」


 さっそく同じ魔族として三人を諌める姫。だが、三人は相手が姫でも関係ない。


「うるせーな。つーか、何で敗国の姫が命令すんだよ」

「お前も殺すぞ?」

「淫乱なメス豚め。余の学園生活に文句を言う気か?」


 クラスメートは唖然。


「も~、何で君たちはそういうことを言うの? それじゃあ、皆が怖がっちゃうでしょ! 友達だって出来ないもん! あと、淫乱言わないの!」


 センフィアはいきなり席から立ち上がり、ハルトたちに頬を膨らませて怒る。

 しかし、それでもハルトたちの態度は一層に改まらない。


「しかしオウダ、ダチってのはまずはこうやって作るんじゃ……」

「全然違うよ!」

「反抗できないようにして、屈服させる。そして力のある奴に従う」

「違うもん! 友達っていうのは……いうのは……えっと……い、一緒に戦ったり、お弁当食べたり……うう、私も友達少ないからアドバイスできないけど、とにかくハルトくんたちのやり方では作れないの!」


 この時、クラスメートたちはこう思った。


(これ……魔界の姫と魔族の会話なのか?)


 あまりにも敬われていないセンフィアに、クラスメートたちは開いた口が塞がらなかった。


「とにかく三人はケンカしちゃダメ! 誰かを怖がらせたりもダメ!」 

「はあ? それじゃあ、ケンカ売られたらどうすりゃいーんだよ」

「話し合いで解決しないと!」

「私には無理だ。反吐が出る」

「うううう、カララちゃん~……」

「姫よ、無駄だ。当たり前を守れぬから、余は不良なのだ」

「うわあああああん、同じ魔族なのに何でそんなにイジワルなの~!」


 もはや、姫の品格もクソもない。


「さ、三人の、バ、バーカ! キライになっちゃうんだから!」


 センフィアは幼子のように泣き出した。しかし、不良三人も容赦無かった。


「えっ? いいよ、別に。今更お前に嫌われても、なーんとも思わん」

「お前なんか最初から嫌いだ」

「むしろ、好かれていると思っておったのか?」


 センフィア完全敗北。そのまま走ってハジャに飛びついた。


「うえええん、ハジャァ。三人がイジワルだよ~。学校の子たちにどれだけヨソヨソしくされても我慢できたのに、私……うええええええええん」

「あー、よしよし。いい子だから泣き止んで。センフィアは良い子だから」


 ハジャも顔を引きつらせながらセンフィアをあやす。

 いつもは嫉妬して怒るアスラも、この時ばかりはセンフィアを気の毒に思っていた。


「ぜーったい、ハジャはミスったわね」


 アスラは、今回のハジャの提案は間違っていると確信したのだった。


「さーって、学校来たはいいけどどうするか?」

「暇だな。よし、魔界麻雀をやろう。配と卓は持ってきた」

「だが、カララよ。やるには一人足りん? 海堂さんを呼ぶかの?」

「仕事中だろ? カタギも大変だからなぁ」

「大した用も無く呼び出すと怒られる」

「確かに真面目にコツコツ汗水たらして仕事をするようになったのだから、不良の余らがウロチョロされては迷惑だろうな」


 そして、三人はやりたい放題だった。


「「だから、何でそうなるんだ!」」


 ホームルーム。転校生紹介。そして、そのまま魔界麻雀。


「もー、だからダメだってばァ! 授業もマジメに受けてってば!」


 センフィアが再び三人を止めに入った。


「うるせえな。ちゃんと学校来たんだから麻雀ぐらいさせろよ」

「所詮は麻雀も知らない世間知らずの姫だ」

「これだから、温室育ちは柔軟性がない」


 ハルトたちは、センフィアを無視して準備を始める。その時、ブチッと何かが音を立てる。


「あーもう、ゴチャゴチャうるせーんだよ、人外どもが!」


 それはひどく乱暴な言葉だった。


「あっ?」


 思わず他の生徒たちまで顔を引きつらせた。その視線の先にはクラスの一番後ろの窓側の席に座る、一人の女生徒がいた。


「人間に大敗した魔族どもが、なにイキってんだよ」


 その言葉は、クラスに居る一人の女子から発せられた。


「『カイ』、なんてことを言うんだ! 今すぐ彼らに謝罪したまえ!」


 いきなりハジャが机を強く叩いて立ち上がる。だが、女は不快そうな表情を浮かべた。


「黙んな。そーんなクソみたいな魔族を勝手に入学させやがって。私らの許可はなしか? 随分と偉いもんだな、勇者様は」


 女は、なんと世界を救った勇者を相手に一歩も引かなかった。

 だが、黙って感心するわけにもいかない。


「おう、コラ。話を逸らすんじゃねえよ、そこのブス」

「あ? 何か言ったかよ。負け犬魔族」

「うるせえよ。魔族が人間に大敗した? 関係ねーよ。不良はこの世のどこへいこうとも、慎みを持たねえ種族なんだよ」

「くだらないね。ってか、あんたは昨日学校に乗り込んで喧嘩したけど、ハジャにボコボコにされたんだって? そんなんでよくこの学校に通えるよな。この世界ならハラキリもんだぞ? 昨日サボんないで来ときゃ良かったよ。腹抱えて笑ってやったのにな」 


 教室に不穏な空気が流れた。クラスメートたちも二人のやりとりにオタオタし始め、気の弱そうな中年教師も二人を止めるに止められない。


「カイ! 今のはあんたが悪いわよ。バカハルトたちに謝んなさい!」


 この状況で、ハジャに続いてアスラも止めに入る。しかし、それでも女はツッパッた。


「うるさいんだよ、アスラ。勇者の一味だか英雄だか知らないけど、そんなんで私に命令できると思ってんのかい?」


 女の名は桐生(きりゅう)カイ。

 まるで西洋人形のような作りの顔だちとサラサラストレートの茶髪。

 体は細身で、身長や胸などの女子的な部分は世間で言う平均的。

 ダルダルのルーズソックスに明らかに短いスカート、ダボダボで指先しか見えない紺のカーディガンから、ギャルと不良を足した生徒だと一目瞭然。

 だが、そのだらしがない容姿とは裏腹に、その中身は切れ味の鋭い抜き身のナイフのごとく相手を睨んでいる。例え相手が魔族でも勇者の仲間のアスラでもそのあり方は変わっていない。それどころか、


「どいつもこいつもゴチャゴチャウザいんだよ。魔王を倒したぐらいでこの世界の方向性まで勝手に決めやがって。魔族どもとの調和なんてどんな世論が支持したんだよ」


 カイの言葉はアスラだけでなく、勇者の一味にまで及んでいた。

 その言葉の端々から、どうやら今の魔族と人間と世界のあり方に憤っているようだ。


「勇者様は私らを皆殺しにしようとした魔界の親玉の娘まで囲って、ハーレム気取りか? 私は魔族もテメエらも全員、気に食わねえんだよ!」

「カイ、いい加減にしなさいよ!」

「アスラ! だから私に指図すんなって言ってんだろ!」


 カイが机を蹴り飛ばした。その瞬間、クラスが騒然となり、何と女の身でありながらカイはアスラに向かって殴りかかる。勇者の一味、バトルマスターのアスラは舌打ちしたまま構える。 

 だが、カイの拳が届く事は無かった。


「カス女が。俺を無視してんじゃねえよ!」

「バカハルト!」


 振りかぶったカイの拳をハルトが掴んで止めた。


「今日の朝、俺たち三人で一つだけ学校生活を過ごす上で決めたことがある」

「ああ?」

「カスにナメられるようなマネはしねえってことだよ!」


 と、ハルトが叫んだ瞬間、ハルトの内臓が跳ね上がった。


「ぶごっ」


 ハルトの腹部には、カイの膝蹴りが突き刺さっていた。


「お、女ァ!」

「チンピラ魔族が、私に粋がってんじゃないよ!」


 続いてミドルキックがハルト脇腹に突き刺さる。

 それは、カイのような細身の女子からは想像もできないほどの威力だった。


「って、何だこの女ァ! つえーじゃねえかよ!」

「気を付けて、バカハルト! カイはねえ、素行と性格さえ悪くなければ勇者の一味に名を連ねてもおかしくなかった子なのよ!」

「それは早く言え!」


 なるほど。この蹴りは尋常ではない。


「ハルトくん! 桐生さんもヒドイ事はヤメて!」


 女の身でありながら、魔界でケンカに明け暮れたハルトを唸らせるほどの蹴りの連打だった。


「っててて、マジでいてえ! しかも蹴りに妙な力が籠ってやが……ふごお!」


 ハルトの膝が落ちかけた瞬間、顔面へのハイキック。これは強烈だった。まるで鈍器で殴られたかのような痛みがハルトを襲った。


「気の力を知らねえのか? 魔族っつってもチンピラの素人かよ」


 期待外れだとばかりに溜息つくカイ。


「アスラ、あれが桐生さんの拳法と気闘衣?」

「ええ。嵐のごとく鳴りやまぬ蹴り。嵐蹴道(らんしゅうどう)! その蹴りにのみ特化した武術は、立ち技最強とまで言われているわ。」


 休む間もなく繰り出されるカイの蹴りに、ハルトは手も足も出ない。

 この時は、誰もがまだそう思っていた。だが、


「ん?」


 その時、カイは気づいた。最初にアスラに向かって殴ろうとして掴まれた手首。これだけ痛めつけられていながら、ハルトはカイの手首から手を放していなかった。それどころか、


「テ、テメエ、離せってんだよ!」


 徐々に力を増して締め付けられていく感覚。カイはゾクリとした。


「潰すぞ、このクソ女ァ!」

「なっ!」


 カイの蹴りを食らい続けて傷だらけのハルト。

 だが、その手に込めた力も眼光も何一つ衰えていない。


(ちょっ、なんだよこの握力! つーか、私の蹴りをこんだけくらって!)


 その瞬間、カイの身体が宙に浮いた。


「おお……あんだけカイの蹴りを食らったのに!」


 ハルトはカイの手首を掴んだまま、彼女を教室の中央から黒板に向かってぶん投げた。


「んな短いスカートで蹴りばっかしやがって! 見たくもねえパンツが見えたじゃねえか!」

「ちょっ、なにタダで見てんだよ!」

「タダじゃねえだろうが、こんな蹴り入れやがって! むしろ俺の方がタダじゃ済まさねえ! ミントパンツの女!」


 ドンと音を立てて、黒板に背中から激突するカイ。


「ってェ……不良魔族の分際で……ちったあ、骨ある奴みたいだな。楽しいじゃないか」


 彼女は背中を抑えて咳き込みながら、ハルトを見上げる。


「カス女。その顔面握りつぶしてグッチャグチャにしてやんよ!」

「へっ、いいねえ。マジで女相手にも容赦しねーってのは、私からしてみりゃ好印象だ。ケンカや戦いで女に手を出せないエセ紳士が最近多くてイラついてたからな」

「安心しろ。テメエは今すぐ外も出歩けねえツラにしてやるからよォ!」 


 転校初日でホームルームも終わる前から喧嘩。なるほど。これも一つの学校生活。

 ハルトは自分で口角がつりあがるのが分かった。

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