第17話 千年殺し
戦争にだってイカれている連中は居た。ただ、殺人に興奮を覚えるもの。死体の弄び。弱者への陵辱。
それは、許される物ではないかも知れない。だが、戦争という精神的にも究極に追いつめられる特殊な環境下がそうさせた。
だが、このハルトは違う。
(なんなの? 不良って、一体何なのよ!)
そして、アスラは気づいていなかった。圧倒的に自分が有利な状況だというのに、ハルトに飲み込まれかけていることを。
「なあ、本音を言えよ、テメエは俺を殺しちまいそうだから戦うのがイヤなのか? それとも、俺に負けるのが恐いのか?」
「ッ!」
ダメだ。冷静にならなければいけない戦士が、既に冷静でいることができなかった。
「なら、一瞬で、意識を断ち切ってあげるわ」
アスラの右拳が炎と化し、形状が変わる。炎が渦巻きのように拳全体を包み込む。
ただでさえ、強力無比のアスラの拳の威力が何倍にもなっているのがすぐに分かった。
だが、ハルトは逃げない。
アスラも躊躇わない。
身動きしないハルトの腹部めがけて、アスラの渾身の一撃が繰り出される。
「破炎壊!」
アスラがハルトのふところに飛びこんだ。
しかし、
「ぶふううううううううううう」
しかし、それを待っていた。
ハルトは何かを口から吐き出した。
「なに!」
思わぬ反撃で拳が止まるアスラ。その顔は青い液体に染まっていた。
「きゃ……きゃあああああああああああああ! アスラちゃん、血が、えっ、青い血?」
アスラの顔を覆う大量の血。アスラは両眼も開けられないほどだ。
だが、アスラはいつ出血した? いや、アスラのではない。
青い血は魔族の証だからだ。つまり、
「違う。あれは、彼の血だ。彼が口から血を吐き出して、アスラの顔にかけたんだ!」
「口の中を噛み切って……血を……」
「早く蒸発させるんだ、アスラ!」
殴られ続け、口の中は血で充満しているハルト。ハルトはそれを利用した。
そして、ハルトは即座に次の行動に移っていた。目が見えなくなったアスラへ追撃する。
「ッ、目が!」
「おら、死ねえ!」
しかし、アスラはバトルマスターを名乗る以上、目が見えないからと言って何もできなくなるなど認識が甘い。
目が見えなくても空気の流れや気配で十分に対応出来る。
(何かが飛んでくる、パンチ? 残った左手で? でも、大丈夫。掴んで止めれば、後は目が見えなくても関係ない)
ハルトの気配と行動を察知したアスラは、目が見えないという状況で、ハルトのパンチを両手で受け止めた。
相手の体を捕まえてしまえば、あとはハンデはない。アスラがすかさずカウンターを仕掛けようとした。
だが、
「えっ?」
アスラはゾッとした。自分はハルトの腕だけしか掴んでいなかった。
一瞬混乱したがすぐに気づいた。ハルトは目の見えない自分に対して、千切った右腕を拾って殴りかかってきたのだ。
なら、本物はどこに?
「これぞリアルロケットパンチだ。楽しかったろ?」
声は後から聞こえた。ハルトは背後に回り込んでいた。
動揺するアスラの背後に回り、身を屈める。次の瞬間、ハルトは残っている左手の中指と人差し指だけを突き出した。
「あ、あれは確かこの前テレビで見た、ニンジャがドロンてやる奴!」
「な、何をする気だ? あれは、忍者の印か?」
「まさか、彼は忍術を使えるというの?」
魔族が忍術を使う? 何をする気か分からないハルトに、緊張が走る。
すると、ハルトは大勢の生徒が注目するこの場所で、あり得ない行動を起こした。
「究極の握力を生み出す指の力。今、渾身の力を込めて、最恐の一撃をくらわせてやる!」
「アスラ、避けるんだ!」
「くたばれ! そっちの純潔はこれで貰う! 超握魔力・魔●●殺砲!」
ハルトの一撃がさく裂した。
「ほ……ほぶわっぶあああああああああああああああああああ!」
その威力は、アスラをたった一撃で悶絶させ、アスラは激しく痙攣を起こしながら、その場で倒れてしまった。
勇者一味が不良に敗れる。
悪夢のような光景だ。その光景に体育館が静寂に包まれた。
だが、静寂になった理由は、ハルトがアスラを倒したことではない。
今の光景一部始終に誰もが言葉を失い、そして一瞬の間を置いてこの日一番の声が上がったのだった。
「「アスラちゃん!」」
ハルトの必殺技の詳細を、誰も口に出して叫ぶことが出来ない。
それだけ残酷で、凄惨で、恐怖に震えるほどの技だったからだ。
そして、アスラにとってもそれは、生まれて初めての衝撃だったのかもしれない。
アスラはそのまま床に突っ伏して倒れた。
「ななな、なんつー外道だ! 最低の一撃だ! ありえねえ!」
「信じられないわ! アスラちゃんに何てヒドイことをするのよ!」
もはや、ブーイングの嵐だった。
(え……なに……え……私何をされ? ちょ、立てな……力が入らな……えっ、嘘?)
体を激しく痙攣させながら、アスラは顔を上げる。
すると、そこには一部始終を見ていた自分の思い人が、腹を抱えて笑っていたのだった。
「あはは……ははは! あれはさすがに、アスラでも無理だ! 彼もすごいことをするね!」
「に、兄さん、アスラさんが気の毒だから……わ、笑うのは……」
「ハジャ! 何笑ってるの! レオンくんも、最低だよ!」
「いや、光華もセンフィも考えてごらんよ。魔界で古代竜や魔王軍の将軍たちと果敢に戦ったアスラが、ほ……ほぶわって……ダメだ、ツボだ!」
ハジャは大爆笑。アスラの顔が真っ赤になる。
「こ、この、こ、こ、殺す!」
恋する乙女に思い人の前で最悪の痴態。
アスラはハルトに対して怒りを通り越して殺意が芽生えて、立ち上がる。
だが、
「あうっ」
立ち上がってすぐに腰が抜けて倒れた。もう、足に力が全然入らない。
「アスラ、だ、だいじょうぶ?」
センフィが慌てて駆け寄る。
涙目で立ち上がれぬアスラは、心配されることすら屈辱だった。
「うう、お、おぉ……」
「アスラ、だ、大丈夫かい?」
「ダメ……力がまったく入らない……ごめん……ハジャ、私、こんな男に汚されちゃっ……って、ゴラア、ハジャ! いつまで笑ってんのよ!」
気の毒な。誰もがアスラに同情した。
アスラの表情には再び怒りの炎が起こる。それは先ほどよりも大きなブチ切れだ。
「っざけんな、あんた、こんな負けは絶対に認めないわよ!」
しかし、ハルトはさらに追い打ちをかける。
「ほれ、つんつん」
「はうっ!」
ハルトは倒れているアスラに近づき、つま先で軽くアスラの脇腹をつついた。
「レオンくん! なにをしてるの!」
「くははははは、ほれ、つんつんつんつん!」
「やめっ、な、なにを、って、やめんか! う、ちょっ、お!」
時間は昼食を終えた午後一番の授業。
時間的には、腹の調子も丁度良くなるぐらい。
「ちょっ、やめ、ほんとやめて! それ、シャレにならないから! お願い!」
「くははははは、ほれほれほれ! 魔界と人間界の歴史を変えた勇者一味! このまま、学校の歴史に刻まれる大痴態を見せてくれるか?」
「うおっ、ちょっ、お腹蹴らないで! 本当に力が入らな……にゅああああああ!」
最悪の悪魔だ。誰もがゾッとした。
「あんた、何考えてんのよ! ちょ、誇りはどうしたのよ! こんなんで勝ったなんて言って恥ずかしくないの!」
「それはこっちのセリフだ。テメエの覚悟はそんなもんかよ。死んでも勝ちたいなら、腕が折れようが、首が飛ぼうが、生き恥を掻いてでも向かってくもんだろ?」
「だだ、だからって、これは違うでしょ! こんのゲス野郎!」
「くはははは、気張るのもいいが、そんなに気張っていいのか? ほれ、つんつん」
「ぎょわああああ、ちょ、ちょ、ちょー!」
海老反り。しゃちょほこ。今のアスラを表現するなら、そんな態勢だった。
もう、これ以上は我慢の限界。これ以上の衝撃があれば、アスラは今まで築いてきたものが全て壊され、明日から学校どころか街でも顔を出して歩けず、下手したらインターネットの掲示板にでも書き込まれて拡散されてしまう。
勝敗と常識とプライド、アスラの選んだ答えは、
「わ、分かった! 私の負けだから! 負けを認めるから! もう、許して!」
絶対に痴態を繰り広げるわけにはいかない。
アスラは勝敗よりも常識とプライドを選んだ。
「お、お願い……お願い! 誰か、肩貸して! ……に……連れて……って!」
「あはは、僕が肩を貸そうか?」
「ッ……ハジャ……う……うわあああああん、バッキャロー!」
アスラは大泣きしてクラスメートに抱えられながら退場したのだった。
「ハジャ、それは……」
「兄さん、デリカシーが無さ過ぎ」
呆れる光華とセンフィ。
だが、ハジャの視線は、既に体育館の中央で大笑いするハルトを見ていた。
「おい、俺が倒してえのは、勇者の百合ハーレム要員じゃねえ。お前だよ!」
「ふふ、そうかい……ん? 百合ハーレム?」
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