第13話 友達
教師の目を盗んで、保健室で隠れてイチャつくカップル。
保健室のベッドを、ラブホテルの代わりにして、いかがわしいことをする行けない生徒。
それが今まさに……
「私のオススメはブレイク・ブレーキね。放送禁止用語ばかりで規制に引っかかったけど、あのブレーキをかけないで、アクセル全開で突き進む様なスタイルは、憧れるわ」
「あー、ありゃあ確かにイカしてたな。だが、俺にとっての一位はやっぱ、フルスロットル・ドリームだな。魂のギタリスト、神技のベース、ダイナマイトのドラム、そして異次元のシャウト。全てが揃った時に生み出される化学反応は正に……」
「ロックの神様に会えた気がした」
「そう! 正にそれだ!」
この世界でも有名人。当然学園の中で知らぬものもいない、清楚で美しい女生徒。
そしてその向かいには、見るからにガラの悪そうで、頭から角の生やした魔族。
二人は保健室のベッドの上で並んで壁に寄りかかりながら足を延ばして談笑していた。
互いに共通の話題で盛り上がり、見せ合う笑顔に裏表はない。
不良として数々の喧嘩の修羅場を潜り抜けてきたハルトも、勇者の一味として多くの戦場を駆け抜けてきた光華も、段々と二人の距離は物理的にも近づき、隣同士で肩が触れ合う距離になりながらも、そのことを気にしなかった。
「ふふん、じゃあコレは分かるかしら?」
そう言って、光華が音楽の流れるイヤホンをハルトの片耳に差し込み、ケーブルで繋がったもう片方を自身に。
「ふふん。ブルーツェッペリン!」
「さっすが! じゃあ、これは!」
「レッドハーツの、人にきびしく!」
「グッド!」
イントロクイズのようなことを始め、興奮して盛り上がる二人。
とはいえ、ハルトもあるタイミングでハッとなった。
何だか興奮して楽しく話をしてしまったが……
「って、何で俺らこんなにまったりと話してんだ?」
「ロックインフィからよ」
「ああ。そうそう。まさか同年代で知ってる奴がいるとはな。何だか急に親近感が沸いたぞ。人間のくせに良い趣味してるじゃねえか」
子供のように屈託なく笑うハルト。光華は苦笑した。
「むしろ、魔族のあなたが何故知ってるのよ?」
「よくダチが人間界の土産で、ゲームだロックだアニメだを持って来てくれてな」
「えっ、えっ! お、お友達……えっ?」
「まー、ロックに関しては、昔からの知り合いが死ぬほどハマってたからな。試しに聞いただけだったのに、なんか新しい世界を見た気がしたんだよな」
「やっ、そうじゃなくって、とも……だち? 土産?」
「年代はいつだ? やっぱ最高は七十年代だろ?」
「いえ、ちょっと待ってくれる? さっきの話なんだけど……あら? 一旦落ち着かせて」
友達が人間界から? 随分とサラっと、何だか重要そうなことをハルトは告げた。
「んで、お前は何でーって、人間なら知ってて当然か」
「や、意外とマニアックで、むしろ、私は誰も知らないだろうと思って着信音にしたのだけれど、私の着信音のタイトルとバンド名を答えられたのは初めてよ」
「フハハハ、この俺の辞書に不可能という文字はねーんだよ!」
豪快に笑うハルトに光華は少し躊躇いがちに言う。
「私……昔から勉強や修行も忙しくて、外で友人と遊ぶ機会も無かったの……そんな時、昔の音楽等を家で見つけて、ずっと聞いてたの」
この時、光華は思った。
どうして自分はこんなことを、初めて出会ったばかりの魔族に話しているのだろうと。
だが、そう思っても口が自然に動いた。
「兄さんは私を遊びに誘ってくれたけど、大勢の人と一緒に遊ぶのは今でも苦手だし……」
「ふーん、そう。まっ、俺はロックと出会っても、ダチは死ぬほど多いけどな」
「友達……ね……ふふ。って、そうじゃなくて、さっきの話! 人間界の土産の話よ!」
言われてハルトは慌てて光華を宥める。
「待て待て、確かに関税を誤魔化して持ち込まれたヤツだが、仕方がねーだろ? まだ、輸入品とかそういうのは厳しいんだからよ。だから、黙っててくれよ!」
「そういう意味じゃないわ!」
「え?」
「人間界の土産を持ち込む、ダチ? まさか、人間界のモノを不当に魔界へ持ち込む魔族が人間界に居るの? そうでもしないとあなたが詳しい理由にならないわね」
光華は一瞬で目の色が変わった。それは先程までの親しげな瞳ではない。
明らかに、罪人に罪状を問おうとしている、厳しい瞳だ。虚偽も一切許さない。
ハルトは、その迫力に一旦押されて、誤魔化さずに本当の事を思わず話してしまった。
「はっ……? いや……ダチってのは、人間界で暴走族やってる奴だけど……」
「……へっ?」
「俺が不良魔族なら、不良人間って言えばいいのか?」
「ごめんなさい、意味が分からないのだけど」
一体何の話をしているんだ? っというような顔を光華はしていた。
「えーっと、ちょっと整理させて? あなた、そのダチって……人間なの?」
「いや、人間っていうか不良だけど」
「だから、そういう比喩的なものじゃなくて、種族としては人間なの?」
「そうだけど、何か問題あんのか?」
「問題あんのかっ……て……」
ダチ……。ハルトはまたその単語を口にした。それが光華には不思議でたまらなかった。
「あなたは、人間の友人が居るの?」
「まーな。以前、魔界に攻め込んできたチームだ。ぶっ倒して、仲間にした」
「え? 不良が魔界に攻め込んだ? そんな話、聞いたこともないわよ!」
「ああ。オメーらが戦争やってるドサクサに紛れて起こった戦争だからな」
「戦争ですって?」
「オメーらが『人魔界大戦』をしていたなら、俺たちは『人魔不良界大戦』をしていた」
「ふ、不良界……って、なんですって!」
「戦争っても、もう終わった。だから仲直りしてもおかしくねーだろ?」
「仲良くって……不良よね?」
「知らねーのか? 不良は喧嘩で勝った方に従う。んで、喧嘩が終わればみんな仲間だ」
光華の唇は思わず震えた。
その意味を、ハルトは何も分からなかった。
「何も問題は起こらないの? 例えば、争いとか……一応、異種族だし」
「さあ? あんま人間とか魔族で考えたことなかったな。だって、俺らはどっちの種族からも白い目で見られてたからな」
「か、考えないって……」
「同じ不良だ。そこに違いは何もねーだろ? お前らもそうなんじゃねえの? 戦争終わらせて、魔界と友好結んだとか言ってたろ?」」
ハルトは不思議そうな顔をして言った。
だが、不思議に思ったのはむしろ光華の方だった。
ハルトの何気ない言葉に、光華は痛いところを突かれたと唇を噛み締めた。
「戦いが終われば皆仲間……私はあなたを見くびっていたわ……そんなセリフが当たり前のように出てきて、当たり前のように実践できるとは……」
悔しいとさえ、光華は思った。
人間界の先頭に立って魔界と戦い、そして長年の戦争に終止符を打った。
だが、戦争は終わっても、両種族間のわだかまりが無くなったわけではない。
センフィを見ていれば分かる。彼女は今でもこの学園では避けられている。
両種族が分け隔てなく友好を結ぶことの困難さは、彼女たちが一番良く分かっている。
だというのに、今、目の前にはそれを当たり前のように実践している魔族が居た。
しかもそれは、世間から白い目で見られている魔族である。
それが少し、光華には悔しかった。
そして、同時に知りたいとも思った。
「あの……どうやって……どうやって、そんな簡単に人間の友人を作れたの?」
「んなものん、俺がヤバくて強くてぶっとんでて、イカしたボーイだからだろ?」
「マジメに!」
「いや、つーか、別に人間と友達になったわけじゃなくて、同じ不良同士だしよ……」
知りたかった。だからこそ、彼女は自分でも驚くぐらい声を荒らげた。
少しビクッとなったハルト。
本当は適当に流そうと思ったが、その真剣な眼差しに押されて、少し考えた後に答えた。
「そうだな……昔、強くてイカして、ギラギラで最高にカッコ良かった不良が居たんだ」
光華はまた、マジメに答えてくれと言おうとしたが、今のハルトは真剣だった。
「そいつが俺たち不良界の頂点に立ったんだ」
ハルトの脳裏に、瞼の裏に、魂に刻まれた一人の男。
あの男が居たからこそ、自分たちは一つになれたんだと、迷わず思った。
「喧嘩が一番強い奴が偉い。それが俺たちの世界の法律だ。だから、俺たちはその男の背中を追いかけた。人間も魔族も関係なくな」
ハルトは語りだした。昔を懐かしむように、そしてどこか誇らしげに。
光華は、途中で気になってツッコミたいところがたくさんあった。
だが、今は、歪んだ瞳から少年のような瞳に変わった、ハルトの言葉に耳を傾けた。
「あん時だな。おっさんが魔王軍入隊前の不良として最後の喧嘩。前々から睨み合っていた人間界の暴走族どもが乗り込んできて、相手の総長をぶっ倒した時だった」
その日を、ハルトは今でも鮮明に覚えている。
「相手の総長も強かった。だが、おっさんは勝った。すると、ぶっ倒した相手に、楽しかったって言って、手を差し出したんだっけな。あん時はみんな笑っちまったな。敵も味方もなく」
「…………」
「そっからだよ。その暴走族どもはチョクチョク魔界に遊びに来たり、そいつらの傘下だった他のチームの連中まで俺たちに紹介して、一緒に騒いだり歌ったり踊ったり、力試しで喧嘩してみたり……バイクの乗り方も教えてもらったりしたな……楽しかったよ」
ハルトにとって、それは最高の日々だった。思い出しただけで笑みが溢れる。
涙が出るほど笑ってしまった。
「くはははははは」
「レ、レオン・ハルト君?」
「あれほどバカだと思ったこともない。あれほど、不良を誇りと思った日は無かった。あんな男が同じ不良であることが、俺たち不良にとって最高の誇りみたいなもんだった」
だが、急にハルトの心がしんみりした。その変化に、光華も気づいた。
原因は? ハルトは自分でそれを理解していた。
「そして……その誇りはもう居ない……そうさ……だから、俺が取り戻すんだ」
「レオン・ハルトくん?」
「とはいえ……」
そう言って苦笑しながら、隣に居る光華の顔をジッと見つめる。
至近距離から見つめられ、思わずドキッとしてしまった光華にハルトは告げる。
「そんな喧嘩する気満々で乗り込んだ人間界で……こんな話の合う新しいダチができるとは思わなかったぜ」
「ッ!?」
昔から友人が少なかったという光華に対して、もう自分たちは友であると当たり前のように言った。
その言葉に光華は徐々に胸が高鳴り……さらにハルトは追い打ちをかけるように……
「しかもこんな美人の良い女だ」
「ふぇ……え!? な、なにを……」
「カッカッカ、チョロい反応だなお前。さては男に口説かれなれてねーな?」
「んななななな、な、なに、何を!」
「そういう反応を、俺みてーな女好きのドスケベ野郎の前で見せると……」
「あ……」
笑みを浮かべながら、指で光華の顎をクイッとあげ……
「ダチを超えて……自分の女にしたくなる」
そして、ストレートに口説いた。
「な、なにを、だけど……わ、私、人間よ? な、なにを……」
「ああ? 男と女だろ? 俺はもう、秒でお前を抱きたいぜ」
「ッ!?」
そう言って、徐々に顔を近づけてくるハルト。
光華は振り払おうと思えば簡単に振り払える。
目の前のハルトを突き飛ばそうと思えば簡単に突き飛ばせるし、なんなら戦って倒すこともできる自信もある。
最悪、声を上げて悲鳴を……だけど……
「だ、だめよ……こんな……」
光華がこういった状況を経験したことが無いことと、既にハルトに心を許してしまっていることも合わさり……
「ん」
「あっ……ん」
その唇を拒絶することができなかった。
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