第31話 差別

 ようやく訳の分からない授業も終わった。だが、不良にとって授業の終わりはその日の終わりではない。

 放課後こそが始まりでもあった。


「なあ、ハルトくん、オルガ姉さん、カララちゃん、これから歓迎会でカラオケでも行かね?」


 チャイムと同時に現れた新メンバー。

 鈴木たちの何気ない提案に、三人の瞳が光った。


「なに、カラオケだと!」

「おお、カラオケとはあれだの。いっぱい歌を歌ったりする、人間界の日本の学生で定番の遊び」

「アニソン……歌える……?」


 めんどくせえ、だりい、そんな反応など微塵もなく、散歩前の犬のように息を激しくきらせた三人に鈴木たちは満足そうだった。


「へへ、やっぱ魔界にカラオケねーって噂は本当だったんだな」

「三人は結構人間界通だから経験あると思ってたんすけどねー」

「任せてくれ、ハルトくん! 駅前に『柳銀街(りゅうぎんがい)』ってアーケードがあって、そこのデッケーカラオケ店なら平日は安いんだぜ!」


 学生にとっては定番。しかし、魔族である三人には未知。

 返答は決まっていた。


「おお、行くに決まってるぜ! いやー、前から仲間にカラオケを魔界に持ってきてくれって頼んでたんだけど、機材が重いから無理って言われてたんだよ」

「そうだったんすか? まあ、値段もそこそこするでしょうしね。その分、行けば安いっすよ?」

「おい、アニソンはあるのか?」

「ふっふっふ、カララちゃん。アニソンはあるどころじゃねえ。歌によっちゃ、映像だってアニメが流れるんだぜ?」

「お、おお……カララが今までにないぐらい目を輝かせて……、だが、余も楽しみだの」

「っしゃあ、じゃあさっそく行きましょうぜ」


 放課後の学生の予定は、委員会なり部活なり塾なりで潰れるが、それ以外の生徒にはフリーダムだ。

 だから、放課後に遊びに行くというのは珍しくない。

 だが、この組み合わせだけは珍しい。何故なら、魔族と人間の組み合わせだからだ。


「ああ? お前ら、何見てんだよ」


 ハルトがガン飛ばす。それはクラス中が遠目からヒソヒソと自分たちの様子を伺いながら見ていたからだ。

 ハルトが言って、慌てて道を開けて視線を逸らすが、あまり気分の良いものではない。


「何だよ、お前らも俺とカラオケに行きてーのか?」

「「「「ブンブンブン!」」」」

「だったらチラチラ見てんじゃねーよ、潰すぞ」


 全員慌てて首を横に振った。って、行きてーわけがねーだろと誰もが思った。

 一人を除いて、


「カ、カラオケだよね……」


 センフィだった。センフィは自分の席で、誰にも聞こえないぐらいの小声で呟いていた。


「カラオケ……人間界で友達同士で行く定番……私も……行きたい……」


 だが、その声は誰にも聞かれることなく、六人がそのまま教室の外へ出ると、解放されて安心したかのようなクラスメートたちの安堵が漏れた。

 そしてまた、アスラたちはその背中をどこか複雑そうに眺めていた。


「羨ましいんでしょ、センフィ」

「う~、だって……」

「でも、分かってるでしょ? あんたが、まだカラオケに行けなかった理由。それは、他の子と友達になれなかったからじゃないってこと」

 

 アスラに言われてセンフィが辛そうな表情を浮かべる。最初は、ハルトたちのことを純粋に羨ましがっていたが、今は違うことが頭に過ぎっていた。


「ある意味で、これからかもしれないね。ハルトくんたちはまだ知らない。この世界が魔族をどういう目で見ているのかを。それをこれから知ることになる」


 ハジャが荷物をまとめてゆっくりと席から立ち上がった。


「ハジャ、後を追うんでしょ? これで、あのバカに暴れられたらたまったもんじゃないからね」

「うん、もしもの時は私たちが止めないとね」


 真剣な顔でハルトたちの後を気づかれないように追いかけるハジャたち。

 たかがカラオケで何をそんなに? だが、それは「たかが」で済まない事態になると分かっていたからである。

 

 それは、


「「「「「「はっ??」」」」」」


 駅前にある商店街のようなアーケード。

 数百メートルに続く歩道の左右には喫茶、ファーストフード、雑貨、ドラッグストア、衣類、パチンコなどが並び、夕飯の買い出しのために自転車を手で押している主婦や放課後の学生たちが行き交っている。

 当然、その場所にはカラオケ店もあり、ハルトたちは胸を躍らせて店内に入ったのだが、


「い、いえ、ですから、当店は規則で……魔族の方の入店はお断りさせていただいておりまして……」


 気の弱そうな三十代ぐらいの店長が申し訳なさそうにハルトたちの入店拒否を告げた。


「おい、おっさん。俺らはただ、カラオケしに来ただけだぞ? しかも金だって払う。なーんで、拒否られなくちゃならねーんだ?」

「申し訳ございません。これは、本社での意向でございまして私では何とも。ただ、やはり魔族の方に入店されて、たとえば飲食物や音楽が魔族の方の体質に合わなかったり等の問題が起こったりする可能性もないとは言えないわけでして」

「はあ? んなのあるわけねーだろ。俺たちは昨日から人間界のメシ食ってるし、俺がどんだけ魔界でロックを聞いてたと思ってやがる」

「そのように言われましても、申し訳ございません」

「あー、それじゃあ、何かあったら俺らの自己責任っつうことにしとくからよ。黙って入れてくれよ」

「申し訳ありませんが、それだけは許してください! 私も雇われの身ですから、お願いします!」


 それは、鈴木たちも知らなかった。だが、いつもは気にしていなかったカラオケ店の自動ドアにも注意書きされていた。

 「魔族の方の入店お断り」と。

 いや、それはカラオケ店だけではなかった。


「おい、ハルトよ。見るがよい」

「ああ?」

「この様子では、この通りで他の店にも入れそうにないの」


 いくつも並ぶ店から、店員が迷惑そうにハルトたちを遠目から見ている。

 関わり合いたくない。どこかに行ってくれないか。関わる前から拒否をしている様子だった。


「くっそ、すまねえなハルトくん。まさか、こんなことになるとはよー」

「おい、こうなったら種族差別だとか言って、ネットで晒すか? このまんまじゃ収まりつかねーしよ!」

「どっかで茶でも飲んでとも思ったが、どこの店も入れそうにねーよ」


 鈴木たちも申し訳なさそうに頭を下げる。

 だが、ハルトたちもこの敵意と呼べないまでも異様な空気に戸惑っていた。


「魔界では、あまりにも暴れすぎて入店拒否されたこともあったが、こうゆう空気は何かイラつくぜ」

「余は懐かしいという感じだの。国が崩壊してハルトたちと出会う前まで放浪していたころ、どの店も街も余を呪われた種族として受け入れてくれなかったからの」

「気分が悪い。滅ぼすか?」

「やめとけよ。露骨にモノでも投げられたらそれもアリだが、この空気はなんか違え。頭下げてまで店に入んないでくれとか、普通じゃねえ」

「あっ、そういう意味では余も初めてかもしれぬな。余は散々罵倒されて追い出されたからの」

「……おい、まさか本屋でも拒否されないだろうな? 嫌だぞ、人間界に来たのに漫画が買えないのは」


 不良が遠ざけられるのは別に珍しいことではない。関わり合いたくないという気持ちも分かる。

 だが、遠ざけられるのはハルトたちが札付きのワルだからではない。「魔族」だからである。

 関わりを拒否されるには、経験のない理由だった。


「ったく、今まで海堂さんたちは普通に接してたが、勇者どもが言ってたのはこれか? このままじゃ俺らは何とかバーガーも食えねえぞ?」

「人間と魔族の境界とやらか? それほど両者に違いがあるとは思えんが」

「くっだらねーな。そんなに嫌がるなら、戦争やめねーで徹テー的にどっちかが滅ぶまでやりゃーよかったのによ」

「それは身も蓋も無さ過ぎであろう」

「ちっ、何だかシラケちまったぜ」


 せっかく楽しみにしていたのに、ガッカリだった。

 普段だったら、こんな仕打ちをされたら暴れてスッキリするところだが、今はそんな気分にもなれない。

 黙っていると、通りすがりの人たちの声が聞こえてきた。


「ねえ、見てアレ。魔族よ魔族。やーねーもう、怖い怖い」

「あの制服って白皇高校でしょ? しかもガラの悪そうな。人間界に何しに来たのよ」

「ほんっと、迷惑だわ」


 それが世間の目であり、世間の本音である。

 実際、不良が迷惑なのは仕方がない。ただ、魔族が迷惑というのはよく分からない理由だった。


「……ッ……」

「カララ?」

「……うるさい……」

「まさかビビって」

「ビビってない」

「……だけどよ……」

「でも、なんかやだから手握れ」


 いつもは強気なカララも、何だかいつもと違う空気に戸惑っているのか、俯いてハルトの手を握った。

 カララもわかっているのだ。自分たちを見る世間の目が、不良を嫌悪する目ではなく、魔族というものを嫌悪する目だということを。

 だからこそ、始末が悪い。不良が嫌悪されるのは悪いことをしているからだ。

 だが、魔族が嫌悪されるということはどうしようもない。悪いことをしようがしまいが、関係ないのだから、開き直ることすらできない。


「ちっ、ワリーな。今日はちょっと帰ろうぜ。カララもこんなんだし」

「ハルトくん」

「んなツラすんなよ。こういう事態を今後どーするかは、また今度話し合おうぜ」


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