第二章

第24話 朝の一幕

 朝起きて、目が覚めて、部屋の窓から太陽が見えた。


「あっ、そっか……俺たち人間界に来てたんだ」


 魔界に太陽はない。朝起きてこれほど眩しい光が目に入れば、嫌でも起きずにはいられない。

 太陽は生命エネルギーの源という説もあるが、今の状況ではやる気を無くす輝きでしかない。


「あー、だる」


 体が重い。昨日あれだけハシャイだために、体が痛い。気分も重い。

 いや、重いのはそれだけではない。

 慣れない畳の部屋、初めて寝る布団、人間界という環境、そして、


「おい、オメーはいつの間に忍び混んでた?」

「くー、すー、すー」

「おい、カララ、いつまでひっついてんだよ、さっさと起きろ、はーなーれーろー」


 どうりで重いわけだ。腹の上にカララがしがみつくようにして爆睡していた。

 ハルトはさすって起こそうとするが、カララはピクリとも反応しない。

 無理やり引き剥がそうとしても、本能的にしがみつく力が強くなる。

 すると、寝苦しくなったのか、カララが眉を潜めて何かを呟く。


「ん~、はる……と~」

「あ~、んだよ。寝ぼけてねえでさっさと……」

「しゅき♡……ん~……」

「うっ!」


 カララはまだ深い眠りの中。寝言だけ言ってまた寝息を立てた。

 思わぬ寝言でハルトは苦虫を潰したような表情で固まる。


「くそ、卑怯もんめ。夢の中でだけ素直になるとか反則だろうが」


 結局カララを引き剥がすことができず、カララは再び寝心地良さそうに眠りについた。

 仕方がないと諦めて、カララに布団をかぶせてしばらくそのままにした。

 すると、そんな状況下で誰かの足音が聞こえた。


「ハルトー、朝食の準備が出来たぞ? 好きなタイミングで喰らうがよい」

「おお、ギャルのくせに早いな、オルガは」

「ふふ、ギャルはコンジョーであるからな」


 振り返れば黄色いエプロンを付けたオルガが、朝食の準備をしていた。


「昨日、アスラという娘からもらった米と魚と味噌汁だ。調理の仕方も聞いたのでバッチリだ。雌力めすりょくの高い余に感謝し、たーんと召し上がるのだ」

「ほう。最初会った頃は肉を焼くことすらできなかったお姫様のくせに、成長したな」

「ふふ、隠れて修行していたのだ。うぬに、そう言ってもらいたかったからの」

「くはははははは、何をギャルのくせになに純情ぶったこと言ってんだよ」

「ふふ、照れ屋だの。素直に喜べば良い」


 オルガはゆっくりとハルトの傍らに腰を下ろす、上半身だけ起こしているハルトにしなだれかかる。

 そして、左手を布団の中のハルトの手に絡め、右手でハルトの太ももを摩った。


「お、おい! てめ、あさ、朝っぱらから!」

「ふふ、早起きは……三文どころの得ではないの……ハルトは自分から女を責めるときは積極的だが、不意打ちは苦手だの。ウブでめんこい」

「うぅ……」


 ハルトに寄り添い、艶っぽい表情と仕草を見せるオルガは余計に体を寄せる。


「ところでハルト、まだ寝ぼけて大事なことが見えておらぬのでは?」

「あん?」

「エプロンを、よく見てくれぬか?」


 ハルトはそこでようやくオルガがどんな格好をしているのかがわかった。

 黄色いエプロンしか最初は見ていなかったが、間違いだった。

 オルガは黄色いエプロンの下にはスケスケの紫色のネグリジェと下着しか身につけていなかった。


「お、おま!」

「ひ、人を痴女みたいな目で見るでない! 急に魔界から来たばかりで、まだ着替えを用意できなかったのだ」

「お、そ、そうか」


 ちなみに、ハルトが今身につけているのは、不良仲間から借りたスウェットとTシャツ。

 オルガは色々と言い訳をしながら、どさくさにハルトのTシャツの下に手を忍ばせて肌をさする。


「ハルトも朝の生理現象が~♡ ぬふふ♡」

「朝飯は……」

「……温める」

「学校は」

「不良が遅刻を恐れてどうする」

「カララが」

「そんな奴はおらん」


 潤んだ瞳で見上げて、徐々に顔を近づけてきている。

 もう、その瞬間何もかもがどうでもよくなったハルトは、オルガを布団に引き込んで押し倒した。


「あう」

「ったく、この朝っぱらから。じゃあ、最高の朝飯をいただくとしようかな?」

「うっ、す、すまぬ、やはりこー、同棲のようなものであろう? 気持ちが高ぶりすぎて」

「こっちまで高ぶった」

「う……」


 見下ろすハルト。見上げるオルガ。そして、オルガは了承の合図の意味を込めて目を瞑って唇をわずかに突き出した。

 ハルトがゆっくりと近づこうとするが、その時だった。


「貴様ら、朝っぱらから何をやっている」

「「ぬおっ!」」


 腰にしがみついていたカララが超不機嫌そうな顔で起きたのだった。


「カララ、うぬはそこに寝ておったのか!」

「貴様、朝から情事を始めるなど、どこの淫乱だ。新妻にでもなった気か?」

「に、新妻……う~、に、新妻~……いい響きであるな」

「なんだその格好は。水商売の女みたいだぞ」

「ふん、うぬには着れぬ格好……って、うぬはダボダボのTシャツ一枚で他は何も着ておらんではないか!」

「借りた服でサイズが合うのがなかった」

「はしたないのはうぬであろう! 下着ぐらい洗って乾かしてもう一度履かぬか!」


 対峙する二人。息が合うときは本当に合うが、噛み合わないときはとことん対立する。

 炎をぶつけあって、殺気の混じった眼光で睨み合う二人だが、いい加減にしろとハルトが布団をぶん投げた。


「どわああ、うるせええ! だいたいなー、お前ら二人共朝っぱらからハシャぎすぎなんだよ!」


 しかし、これには二人共反論した。


「うぬも、余を抱く寸前だったではないか!」

「そもそも、何で私はお前と寝てるんだ?」

「誘ったのはオルガの方で、カララは勝手に忍び込んで来たんだろうが!」

「う、よ、余はただ……うぬの怪我の具合の確認と……ちょっと……ムラムラっと……」

「ああ、思い出した。夕べ少し発情しただけだ。貴様が死んだように寝てるから、自分の布団に帰るのが面倒になってそのまま寝ただけだ」

「俺、全然悪くねーじゃん。お前らがムラムラしてただけだろうが!」

 

 朝早くから口論となる三人だが、もはや朝飯も時間もまったく気にしてない。

 それどころか、このままでは終わりが見えないと思った三人は結局、斜めにいった解決方法を採ることにした。


「よし、こーなったら、オルガ、続きだ!」

「おほ♪」

「仕方ねーだろ。俺だってこのままじゃ収まりつかねーし」

「ん、仕方ないの♡」


 オルガは布団に横たわる。そして、両手を広げてハルトを迎え入れようとする。

 ハルトがオルガにそのまま倒れ込もうとする。しかし、


「ガブ」

「首を噛むなー、カララ!」

「おい、私にもしろ」

「順番だ順番」

「やだ。せめて同時じゃなければ負けた気になる」

「んなもん、無理に決まって……あーもうヤケだ!」


 やけくそになったハルトは、カララをぶん投げてオルガの横に並べる。

 

「まあ、仕方ないの。背に腹は代えられぬ」

「おい……か、可愛がりゃ……かわいがれ」

「あーもー、こんな時だけ噛むは赤くなるは、テメェも卑怯なんだよ!」


 二人まとめて相手をしよう。ハルトが二人に覆い被さろうとする。


――コンコン


 ドアをノックする音が聞こえた。


「おい、脱がすぞ」

「うむ」

「……こく……」


 無視した。


――コンコン


 また聞こえる。


「オルガ……」

「果報者め。ダークエルフの王族を独り占めできるのだからの」

「カララ……」

「……胸は見るな……オルガより……ないから見るな……」

「別に気にしねーよ」


 また無視。


「あれ~、いないのかな~? 今日は迎えに行くって言ったのに……」


 聞きなれた声が聞こえたが、これも無視した。


「あ、あれ? か、鍵空いてる……無用心すぎるよ~……って、入っちゃっていいのかな? その、お邪魔しまーす……」


 玄関から入って来たのは、魔界の姫であるセンフィだった。


「……へっ……」


 扉が開いた。ワンルームの畳部屋なので、玄関から入ればすぐに部屋がある。

 そこに居たのは、上半身裸のハルトと、下着を着崩して仰向けになっているオルガと、ハルトの首に抱きついているカララが居た。


「な……は、はにゃ? にゃ、にゃにを……なにを……」


 そこで、ようやく三人もセンフィの存在に気づいて目が合う。

 少しだけ沈黙して気まずい空気が流れたが、すぐにハッとしたセンフィが顔を真っ赤にして叫ぶ。


「あ、あさ、朝から何してるのおおおおお!」

 

 センフィの烈火の怒号が響き渡ったのだった。


 だが、結局そのまま4人は―――――

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