第20話 威
不良たちは大歓声を上げたのだった。
「なんだ……これは……」
その言葉は、この場に居た誰もが思った疑問。『これは何だ?』と。
「おかしいわよ。人間の不良たちにここまで応援される魔族……」
「私も分からないよ。でも……でも……この光景は……この光景は!」
そう、訳が分からない。なのに、不思議だった。
この瞬間誰もが手に汗を握っていた。
「胸が……熱い……震えが止まらない。人間と魔族という境界に囚われない……私たちの夢が……その光景が今まさに……」
光華は、どこか胸を抑えて激しい息を必死に抑えているようだった。
「すまねえな、勇者。俺もよ、この道を汚すわけにはいかねえ」
「レオン……ハルト……」
「お前が世界と未来をその手で掴んだように、俺も握ってんだよ。俺たちなりの誇り!」
ハルトは全身の痛みなど、既に吹き飛んでいた。
「さあ、決着をつけようぜ! 勇者ハジャ!」
その時、この光景に目を奪われていたために、ハジャの反応が遅れた。
(僕は見たことがない。これほどの人間に囲まれた魔族を)
ハジャは初めて狼狽えている。
(人類と魔の調和は難しい。それはセンフィと僕たちが一番理解している。しかし彼らは魔族も人間も関係なしに、共に熱く繋がっている)
そして希望を見た。
「壊せるかもしれない。僕達だけでは困難だった壁。レオン・ハルト。君が居れば壊せるかもしれない!」
ハジャはこの瞬間、自分たちの夢を実現させることのできる何かを見つけた。
「海堂さん、カララ、オルガ! こいつらは、やっぱ本物だ。まともにやっても勝てやしねえ」
「ぬっ?」
「ハルトよ、何を言うておる!」
「ほう。ではどうするのだ?」
勝てない。だが、そう言う割に戦意が溢れ出している。そして、ハルトは決断する。
「不良じゃねえ相手に使うことになっちまうが、『威(い)』を使う」
「「「ッ!」」」
「不良じゃねえ相手に『威』を使うのは癪だが、そうも言ってられねえからな」
その言葉に、カララたちの瞳が鋭くなった。
「い?」
聞き覚えのない単語に、ハジャたちが首を傾げる。
ハルトは自信に満ちた表情で答えた。
「この世には三種類の種族が存在する。人間、魔族、そして不良だ」
「なに?」
「お前らの言うとおり、魔族は魔力を使う。人間は気を使う。なら、不良は? それがこれだ!」
「な、なんだ? この、禍々しい……」
禍々しい何か。
ドス黒い瘴気のようなものが、ハルトの肉体から溢れ出していく。
「力で押さえつけ、人を恐れさせ、従わせ、テメェのわがままとスタイルを押し通して社会に反発する不良。世界に反発しながらも自分の我を通し続けた奴らがたどり着け、得ることができるのが『威』の力」
「な、し、知らない……なんだこれは……今まで戦場で出会った誰もがこんな力は……や、闇のオーラが……ハルト君を包み込んでいる」
気や魔力でもない。変身でもない。それは、その者のスタイルをより濃くさせた姿。
そしては、不良は不良でもスタイルは人それぞれ。ハルトの不良としてのスタイルとは……
「暴れれば暴れるほど力を増す! 『暴威(ぼうい)』!」
ただ、己の思うがままに暴れる、暴力の脅威。
「ウラアアアアアアアアアア!」
それは虚仮威しでも何でもない。ただ、暴れる。それだけでハルトの力が格段に変わった。
闇の衣を纏ったハルトの打撃は、ハジャをガードごとぶっとばした。
「ッ! オーラを纏った拳、なんて威力だ! だが……」
「オルアアアアア!」
「片腕だけの攻撃では僕は……なっ!」
「腕が折れようと、引き千切られて無くなろうとも、反逆の魂の拳で殴る!」
「バカな、失ったはずの右腕が!」
ハジャは目を疑った。引き千切られたはずのハルトの右腕。
ハルトの腕には腕の代わりに真っ黒い瘴気で型どられた右腕が具現化されていた。
ハジャは避けずにガードしてみた。そして受けた衝撃は、決して幻ではない確かな拳の感触。
さらに、
「まだだぜ。暴れれば暴れるほど強くなる、そして大きくなる!」
ハルトから溢れる瘴気が右腕に収縮されていく。その瘴気は幾重にも纏われ、ついには肉体とは不釣合なほど、巨人のように巨大な右腕が出来上がった。
「こ、これほどとは」
「潰れろ! 握魔力・大暴挙(だいぼうきょ)!」
逃げ場などない、周囲数十メートル範囲の全てを押しつぶす巨大な拳が、ハジャを完全に押しつぶした。
体育館から外へと逃げ出す一般生徒たちも、ハジャが押しつぶされるという異常事態に更なる恐怖の悲鳴を上げた。
そして、異常事態は更に発展する。
「ハジャ殿たちを援護! 一般生徒の避難も急げ!」
「このチンピラどもめ、目にものを見せてくれる!」
「弓兵隊構え! 一斉に放て!」
気に包まれ、そして戦闘の訓練を受けた白皇守備隊が一般生徒を守りつつ、不良を退けようとするが、
「頭(ず)が高い!」
たった一言だった。
「なっ、弓が……」
「剣を気で強化したのに、気が消えた!」
「気が出せない……なぜ!」
異変が起こった。何者かがたった一言発しただけで、その場に起こっていたものが消えた。
「何をやった、ダークエルフ!」
アンシアが銀槍を構える。その刃先には威風堂々としたオルガが居た。
「国が滅び、民に捨てられ、この身も奈落の底へと落ち……しかし、それでも余の心は落ぬ!」
その威厳に満ちた威光は、気を抜けば思わず誰もが膝まづいてしまいたくなるほどであった。
「『王威(おうい)』。それが、余の威だ。気であろうと、魔力であろうと、余の前ではひれ伏し無と化す」
「なっ……無効化能力! バカな、そんなものは超希少能力! なぜ、不良ごときが!」
「分からぬか? それは、不良が最強だからであろう?」
オルガの力が形勢を大きく傾ける。流石に、ハジャやアスラたちのような実力者たちの気まで無効化にはできなかったが、それでも武装した白皇守備隊たちを動揺させるには十分だった。
「さすが、オルガ姉さん! 気も使えなければこんな奴らはただのガリ勉青瓢箪だ!」
「一気に潰して、ハルたちを加勢するぞ!」
「ニトロクルセイダーズ日本支部! 喧嘩上等武闘派の意地を見せんぞ!」
完全に不良たちが巻き返している。本来、「まとも」に戦えば学園の執行部の生徒たちが勝つはずである。しかし、相手はまともではない。不良だ。
「貴様が魔界の姫か?」
「ダイヤモンドドラゴン!」
「何度も言わせるな。そんな総称で私を呼ぶな? どうせ殺すがもっと殺すぞ?」
「な、なんでこんなことを……」
「どうせ理解のできぬことだ。ならば理解できぬまま、ただ私の強さと恐怖だけを理解して、死ぬがいい……人の彼氏と昔エロトークで仲良くなったという貴様は特に念入りに」
「ちょっ、何でそれを!? って、彼氏!?」
「喧嘩は殺し合いではない。だが、それでも殺す気でやる。見せてやろう、『殺威(さつい)』をな」
殺気。殺意。死で溢れる戦場を経たものたちですら、一瞬、死が頭を過ぎった。
そして……
「ちっ、どいつもこいつも……私が全員ぶっとばしてやろうじゃない! んで、あの不良も今度こそ私が――――」
この状況を自分が変えてやろうと、アスラが炎を纏って再び拳を振るおうとする。
だが……
「やめな。嬢ちゃん」
「誰よ、あんたは!」
その前に人間の不良が立ちはだかった。
「あいつは一対一でケンカしてんだ。たとえあいつがどうしようもねえDQNだろうと、邪魔するのは無粋だぜ。だから、ここを通すわけにはいかんのだよ」
「……は?」
突如目の前に現れた一人の男。
明らかに高校生よりも上に見える。
とはいえ、誰であろうと邪魔をするものにアスラは容赦しない。
「誰だか知らないけど……ちょっと、今は手加減できるほど余裕がないから、そっちこそ邪魔しないでくんない?」
「ったく、荒っぽいJKだぜ……」
「邪魔! 秒殺してやる――――」
今はこんな男に構ってられないと、アスラが速攻で目の前の男を蹴散らそうと殴りかかった。
だが……
「炎上拳!」
「なるほど、炎を纏った拳か。膨大なエネルギーを感じる。だが……浅ぇ」
アスラの炎を纏った拳を臆することなく左手で素早く払いのける。
「えっ……?」
まさか自分の攻撃が軽く払われるとは思わなかった。
アスラは面食らった表情を浮かべ、だがすぐに二撃目、三撃目を繰り出す。
しかし……
「せい! らっ、うりゃああああ!」
「おー、おー……こえー嬢ちゃんなのだよ……」
「ッ!?」
男はそれも全て軽く手で払った。
その光景にはアスラだけでなく、それを見ていたこの場に居た不良以外の全ての者が驚愕した。
「なっ、あ、アスラの攻撃を軽々と……何者だ、彼は!」
当然、目の前でハルトの攻撃を対応していたハジャも同じだった。
そんなハジャにハルトは得意げな顔を浮かべる。
「カッカッカ、驚いてるな。そりゃそーだ。既に引退した身だが、今でも喧嘩すりゃぁ海堂さんは俺よりもずっとツエー」
「な……に?」
「アレが不良界最強クラスの男……海堂さん……『武威』の威を持つ人だ!」
「そんな男が……バカな、あれほどの強さを持った男がどうして……」
「そして、そんな海堂さんに勝ったのがマグダのおっさんだ! だから、だからこそ俺たちは―――!」
四つの威。不良という種族が手にした、本来同じ不良を打倒するための力。
どのような状況下でも暴れれば暴れるほど強くなる。
どのような状況下でも高い誇りを持つほど強くなる。
どのような状況下でも殺意を持てば持つほど強くなる。
どのような状況下でも武に身を委ねるほど強くなる。
そして、どのような状況下でも己のスタイルを貫けば貫くほど強くなる。
それが不良。
今、不良の生態を世界が初めて知った瞬間でもあった。
「ふっ……ふふふ、なんて皮肉な光景かしら。人間界と魔界の友好を推し進める勇者たちと戦っているのが、手を結んだ人間と魔族たちだなんて」
光華は参戦するでもなく、高揚した眼差しでこの光景を眺めていた。
「今ならハッキリと分かるわ! このどうしようもないバカの無法者たちは、私たちが悩んでいた壁なんてとっくの昔に乗り越えている! そっか、これが人間でも魔族でもない種族……不良という種族なのね。おもしろいわ! 世界を変えるのは不良? それも面白い!」
光華の瞳には、ただ思うがままに暴れ回る不良が写っていた。
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