第28話 頭

 トイレから出たハルトは、まだ収まらぬ汗にイラついていた。


「……勇者……やっぱただもんじゃねーな……だが、ムカつくことに変わりねえ」

 

 ハジャの顔を思い出しただけでもムカついた。一度負けた相手にまた怯んだ自分がハルトは許せなかった。


「同感だな」

「あっ?」


 背後から声をかけられた。


「よう、お互いにダサいことになっちまったな」

 

 振り向くとカーディガンのポケットに両手を入れたまま、飴の棒を口にくわえたカイが居た。


「とりあずちょっとツラ貸してくんないか?」

「あっ? さっきの続きをやろうってか? いいぜ。こっちは収まりつかなくてイラついてたとこなんだよ」


 拳の関節を鳴らして笑みを浮かべるハルト。だが、カイはアッサリ首を横に振った。


「いや、……そいつはもういいや。やり合う気は失せた」

「あ、あん?」


 思わぬ言葉にズッコケるハルト。だが、カイの表情はマジメだった。


「ちょっとよ、聞きてーことがあるんだ」

「ああ? 俺は別にテメーに聞かれたって答えるものなんてねーよ」

「あのさ、アンタは何で転校してきたんだ?」

「って、人の話を聞けってんだ!」

「魔王軍とも何の関係もなさそーな不良魔族が何で転校なんだ?」

「知らねーよ! なんかそういうことになったんだよ!」

「ふーん」


 カイは何かを考えるような素ぶりをしながら、階段の一番上に座り込んだ。よく分からず、とりあえず無視してハルトはカイ置いて行こうとしたが、カイが止めた。


「なあ、アンタ。アンタも勇者やその仲間にイラついてんだろ?」

「ん? まーな」

「なら私と組まねえか?」


 女のセリフには思えないほど野蛮な言葉だった。


「はっ? 何で俺がテメエと組むんだよ!」

「お前は魔族だけど、いや魔族だからこそ勇者にムカついてるって点は信用できるしな」

「馬鹿かテメエは! 何で俺に散々蹴り入れてきた女と組むんだよ」

「いいじゃねえかよ。おかげで私のパンツもいっぱい見たろ? それでチャラにしろ。実際にお前と少しやり合って、結構使える奴だって分かったからな」

「誰が使えるだ! 大体テメエにはムカついてんだよ!」 

 

突然の提案。まるで教室でのケンカが嘘みたいな展開にハルトも戸惑ったが、断固拒否した。

 すると、カイは露骨な溜息をついた


「私はよー、自分の力には自信持ってんだよ。トップになって、この学校強くして、魔族にも舐められねーようにしてーと思ってんだよ。だがな、ハジャたちは私を除け者にして勝手に魔王と戦い、挙句の果てに勝手に和解まで成立させやがった」

「オメー……」

「人間も魔族も関係ない。私は私のやり方であの戦いを乗り越えようと思った。でも、あいつはその野望を私から奪いやがった。しかも魔族と仲良くしろだ? あのヘラヘラ笑ってる魔族の姫やハジャたちを見てるとイラついてくんだよ。まるで自分たちが世界の主人公かのように勝手に世界の流れを決める奴らはな」


 カイが拳で階段を殴る。それだけで階段に亀裂が走った。


「だからさ、アンタも勇者にイラついてんなら協力しねえか? こんな下らねえなれ合いや、虚仮の友情ごっこに付き合うまでもねえ。昔の人間と魔族の関係に戻すためにもここで勇者共をぶっとばして、また暴れようぜ?」


 滾った闘争心がカイを突き動かしていた。アスラはカイが性格と素行の問題で勇者の一味として魔族と戦えなかったと言っていたが、確かにこれは問題があった。


「一つ答えろ」


 だが、カイにとっての誤算は、今のハルトがここに居る理由を深く知らないことだった。


「お前、なんで戦争に参加しなかったんだ?」

「参加してたさ。最初だけな」

「最初だけ?」

「ああ。情けない話し、親が過保護でな。学生の出兵は親の同意が必要なんだよ。それを、あのバカ親は戦争が激しくなったのを理由に、勝手に私を除隊するように手を回してやがったんだ」

「ほーう、娘思いの親だねー」

「私は戦えた! 最強になれた! 英雄にだってなれた!」


思い出して余計にイラついたのか、カイは地面を強く踏む。だが、ハルトにはそれで十分だった。


「くはは、くだらねえ。」

「ああ?」

「つまり、お前は親への反発と英雄になれなかったことで勇者共に嫉妬してんだろ? だったら俺とは全然違うじゃねーか」


同じガラの悪い不良。人から見れは同じに見えても、根っこが違った。


「俺が勇者にイラついてんのは、もっと単純さ。ツエーくせに反吐が出そうな甘いことを平然と言うからさ」

「でも、昨日はお前、ハジャと喧嘩したって!」

「昨日の喧嘩はまた別の理由さ。それに、勇者にムカついてるが、今の俺は勇者をぶっとばしてえんじゃねえ。勇者を超えて、何かを変えてえのさ」


 その返答に意外だったのか、カイはすぐに立ち上がった。


「バ、バッカじゃねえの? 何をキャラじゃないことを言ってんだよ」


 まあ、そう言われるだろうとはハルトも思っていた。


「いいか? ハジャたちが魔族を受け入れられんのは、あいつらが強いからなんだよ。普通の強くもねー一般人には恐怖の対象でしかねーんだよ」


 確かにそうだ。実際、センフィが学園でこれまで勇者の一味以外の友が居なかったのはそれに該当する。さらに、カイも力があるからこそこうしてハルトとケンカも出来たし、言い合いができるのである。しかも対等にだ。だが、力も戦う術も知らない一般人には無理である。

 だからこそ、カイの言葉は乱暴であるが的を射てた。だが、


「それこそ知るかよ。ぶっちゃけ俺も人間なんてどーでもいいからな」


 ハルトはとくに深くは考えていなかった。


「どうでもいいだ? じゃあ、何で生温い奴の妄想に肩を持つんだよ! しかも人間と魔族が本当に仲良くできると思ってんのか?」

「いいや、確かに妄想だ。俺たち魔族だって魔界の中でも未だに種族とかの争いだってある。それを人間とだなんて、簡単にはいかねーだろうよ」

「ならば何故協力する?」


 何故? その理由は二つある。


「簡単だ。不良が世界を変えられる証明と……そして、自分たちが世界の主人公ヅラしている、魔王を倒した世界最強の英雄様が下げたんだよ」

「……は?」

「頭をな」


 ハルトはハジャのことを好きではない。だが、それでもあの光景は一生忘れないだろう。


「それこそ、世の中のクズの象徴である不良に心から頭を下げやがった」

「……だ、だから何だって……頭下げられたぐらいで、できもしねえ妄想に付き合うのかよ」

「もう出来る出来ないじゃねえんだよ。あれだけやられて応えなきゃ、人間だ魔族だ不良だの前に、ボーイじゃねって思ったんだよ」


 そう言ってハルトはピラピラと手を振りながら立ち去る。


「それと、俺は親への反発や誰かを妬んで不良してるわけじゃねえ。まあ、俺もダチも不良になったキッカケはそうだったかもしれねーが、今でも不良をしてるのは別の理由だ」

「じゃあ、なんだってんだよ!」

「自分の意思で、不良やってんのさ。自分がそうなったのを人の所為にして、八つ当たりすんなよな」


その背中にカイはグチグチと文句を言うが、徐々にその文句が小さくなる。


「くそ……何が……くそっ……チンピラ魔族の腰抜け野郎が……」


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