第22話 本物

 白皇守備隊。バトルマスター・アスラ。そして、勇者ハジャ。

 たった一日で世界が誇るこの大戦力を相手に大暴れしたハルトもついに倒れたが起き上がるのも早かった。

 起き上がったといっても、今すぐ入院が必要なぐらいの重症ではある。

 しかし、そんな状態でも本人はすぐにいつもと変わらぬ暴れぶりを見せた。


「オラァ、オルガ! カララ! お前ら最高幹部が自らこんなとこまで出てきて喧嘩を大きくしやがって! 誰がそんなことしろっつった! つーか、海堂さんも頼んますよお!」

 

 目覚めたばかりのハルトは、オルガ、カララの二人を叩いた。


「っつ、ハルトよ。いくら余の魔法を使ったとはいえ、千切れた腕もまだ完全にはくっついてはおらんのだ。あまり、暴れるでない」

「うるせえ! 腕が切れるよりも、こっちの方が重要なんだよ! 俺は戦争しに来たんじゃねーんだよ! 人がせっかく穏便に済まそうと思ってたのによ」

「穏便? 貴様が? 笑わせるな。死ねばいいのに」

「カララ! オメーに至ってはドラゴン化までしやがって! どーすんだよ、この体育館! 完全に崩壊しちまったじゃねえかよ!」

「ハルト。お前の暴威で半分壊したのだぞ」

「つーか、海堂さん、仕事どーしたんすか! アンタが喧嘩しようと動くだけで、シブヤだけじゃなくてイケブクロも皆が動くんすよ?! 社会人なんすからジョーシキつーのを!」


 チームのトップではあるものの、先輩OBでもある海堂に頭が上がらないまでも苦言を呈するハルト。そんな海堂の背後には乗り込んできた不良仲間たちもヤンキー座りをして並んでいた。

 そして、戦いが終わり、この光景を別の角度から眺めている勇者一味や授業に出ていた一般生徒たちは、皆が同じことを考えていた。


((お前が一番常識を考えずに暴れただろ))


 なんだこの光景は? その思いでいっぱいだった。

 そして、ひとしきり言うべきことが終わったハルトは、次に仲間たちに向けて身を差し出す。


「あーもう、いい! じゃあ、さっさと次は俺にケジメをつけろ!」

「「「「はあ?」」」」


 不良たちは意味が分からずに首を傾げた。


「そもそもは俺がお前らのメーワク考えずに勝手に行動して勝手に暴れたのが原因なんだよ! おまけに、勝手にチームの名前を語って無様に負けたんだから、さっさとこのクソミソ野郎を殴りゃいーんだよ、ウスラ馬鹿ども! でも、ありがとな!」


 誰もが思った。ケジメの取り方が意味不明すぎると。

 当然、不良たちも戸惑っている。すると、そんな中で先に動いたのは、この三人だった。


「そうであったな、ハルトよ。そもそもはうぬが余を置いていったのが原因」

「なら、死ね」

「しゃーねーな、ハルト。ケジメだもんなぁ?」


 オルガ、カララ、海堂の三人だった。


「えっ?」


 自分で言っといて何だが、いきなり三人が同時に動いてハルトも目が点になった。


「古代禁呪魔法……」

「ドラゴン拳・ダイヤモンドナックル!」

「武闘崩拳(ぶとうほうけん)」

「ば、馬鹿野郎! お前らだけは別々に、っつうか海堂さんは勘弁! もっと回復してかるあああ!」


 せっかく起き上がったのにまたぶっ飛ばされるハルト。

 そして、やはり誰もが思った。

 こいつら全員、「バカすぎる」と。


「ぷくくくくくく、ひねくれてたり、熱かったり、面白いね」

「兄さん、笑いすぎ。それにしても……あの女たちが彼の彼女……その二人っていうわけね」

「あれはね、ただのバカっていうのよ。てか、光華……ジト目でどうしたの?」

「言語は同じなのに、言ってることとやっていることが理解できん。もはや、一種の宗教か?」

「あははは、意味不明だよね。でも……でもね、なんか……楽しそう」


 そう、意味不明なのである。光華もアスラもアンシアもセンフィも表情は呆れていた。

 本来ならさっさと全員捕まえて、今回の処分をどうするかの検討をしなければならない。

 しかし、誰もこの状況をさっさと終わらせさせようとはしなかった。

 白皇守備隊も、もはや授業どころではなくなった生徒たちも、この光景から目を離せずに居た。


「って~……死ぬかと思った」

「その程度で済んだと思うでない。うぬは本当に余を心配させる」

「ッ~、悪かったよ」

「よいよい。うぬの不良としての意地というものがるのだろう。世界や社会は理解せぬであろうが、余だけは理解するつもりだ」


 より一層傷だらけになって倒れるハルトを優しく起こすオルガ。

 膝枕をして、撫でるようにハルトの額に手をかざすと、穏やかな光が漏れてハルトの血色が良くなっていく。


「どうだ?」

「あ~、ちっと楽になってきた」

「まったく。余は回復魔法は得意でないというのに」

「いーんだよ、息の根さえ止まらなけりゃ」

「ふふ、そうであるな。うぬの息の根が止まれば余は生きていけぬからな」

 

 ぶっきらぼうに答えてそっぽ向くハルトに対して、オルガは「仕方がないな」とどこか母性に満ちた表情でハルトに微笑む。

 その光景はどこか神々しく、世界から忌み嫌われる種とされているダークエルフに多くの者が見惚れていた。

 第三者が乱入するまで。


「いつまで寝てる。死ね」


 倒れているハルトの腹に、容赦のないボディプレス。

 小さい体だが、十分な反動をつけてハルトに飛び込んだ。


「ぐをおおお、そこ、勇者にぶん殴られたんだよ!」

「うるさい。負け犬。恥さらし」

「うおい、暴れんな」

「こうしてやる。死ね死ね死ね」


 ハルトの腹の上でゴロゴロ転がるカララ。ハルトの表情は激痛に歪みうめき声を上げる。


「今日だけはよいぞ、カララ。余が回復させるから死なない程度にいたぶるがよい。あっ、どさくさに紛れてチューをするでない!」

「このこのこの死ね死ね死ねチュッ死ね死ね死ねチュ」

「ぐお、お、おま、お前ら、こういう時だけ息合わせやがって!」


 お仕置き? ケジメ? 正直、この光景は美女に膝枕されている男の腹の上で少女がゴロゴロ甘えているようにしか見えなかった。


「おーい、ハルちゃん、いつまでイチャついてんだよ」

「そーそー、もう、カララちゃん本気でお仕置きしてやったらどうだい?」

「つーか、俺らはどーすんだよ?」

「オルガ姉さんの膝枕とか、どんなご褒美っすか? お仕置きするんじゃないんすか~?」


 ケラケラと笑いながら不良たちはハルトをからかう。

 ハルトも首だけ起こして「うるせえ」と言うが、どこか恥ずかしがっているので迫力が全然なかった。


「ええい、うっとおしい! 離れろ」

「やだ」

「だー、とくかくだ、まずはケジメだケジメ、俺のケジメとってからこの後どーすっかを考えるぞ!」

「あ、ハルトよ、もっと寝ておらんと」

 

 起き上がれるまで回復したハルトは無理やり起き上がる。名残惜しそうなオルガをどかし、コアラのようにしがみついているカララを引き剥がし、気を落ち着かせて再び仲間たちの前に立って叫ぶ。



「とにかくだ、俺はチームの看板を勝手に持ち出して負けた! その責任は取る。今まで通りチームには残るが、三代目を早急に立てる」


「「「ええええええええええええええええええええ!」」」


「えええ、じゃねえ! そんぐれーやんねーと収まりつかねえだろ!」



 あまりにも突然のハルトの二代目かを退いて新たなトップを立てる宣言。

 不良たちにどよめきが走った。


「ハルト、何を言うか! うぬがやめてどうする! 余は、頭に立つとか絶対にやだぞ!」

「私もめんどい。副長が一番楽でいいのに」

「ハルト。それは、お前一人で決められる問題ではないぞ? 他の幹部やOBにどう説明する?」

 

 オルガたちは当然、ハルトの勝手な発言に、他の不良たちからも不満の声が上がった。


「待ってくださいよ、ハルさん! 俺たちは元池袋のチームっすけど、今はニトロクルセイダーズのメンバーであることに誇り持ってるんす! このチームの頭は、マグダさんの意思を色濃く受け継いだハルさんすよ!」

「そうだぜ、ハルト。冷静になれよ。あんま安易に頭を降りるとか言うんじゃねえよ。コロコロトップが替ちまったら、チームがバタバタしちまう」

「一回負けたぐらいで何だよ! つーか、あの喧嘩はお前が勝ってた! 勇者共もビビってたじゃねえかよ」

「やられてもやり返すのがハルトだろうが! 怪我治してソッコーで再戦だ!」


 不良たちは辞めようとするハルトを必死に止めようとする。

 ある者は願うように。ある者は「ふざけるな」と怒鳴るように、ハルトに考え直せという。

 だが、ハルトはそっぽ向く。


「おい、勇者ども。聞いての通りだ」


 ハルトは、不良たちに背を向けて、つい先程までぶつかっていたハジャたちの元へと歩み寄る。


「俺は負けた。もう、それについて言い訳する気は微塵もねえよ。俺の独りよがりの不良最強証明も終(しま)いにする」


 ハジャたちは少しだけ驚いた。

 どこまでも往生際が悪く、認められないものは死んでも認められないハルトも、一度認めてしまえばそれを受け入れる男だったからだ。

 そしてハルトは、喧嘩の終わりを告げると同時に、ほんの僅かだけ頭を下げる。

 人には分かりづらい程度だ。しかし、それでもハジャたちには十分わかった。


「俺はケジメは取る。好きなように裁きゃいい。だが、悪ノリしちまったこいつらは何とか見逃してやっちゃくれねえか?」


 それは、謝罪ではない。ハルトは自分のやったことに謝罪はしない。

 その代わり、懇願した。謝罪はしないが、自分の所為でこうなったことは自覚しているからこそ、せめて仲間は見逃して欲しいと。


「レオンくん、君は……」

「俺だって、スゲーダセエことしてんのは分かってんよ! こいつらが調子のってスゲーアホやったのも分かってんだよ! だが、今はこれしか言えねえ」


 中学の頃からハルトを知っているセンフィも、今日で何度ハルトに驚かされたか分からなかった。


(レオンくん。やっぱり君は変わったよ。口が悪くて、ひねくれてて、だけど今の君は……変わってないようで、やっぱりどこか変わってる。それに、昔の君は学校をやめるって言っても、私以外の人は止めなかった。だけど今は……)


 不良たちの行為は許されない。当然、全員処罰が当たり前だ。

 ハルトだってそれは分かっている。しかし、今はそれ以上のことは言えぬと不器用ながら頼んでいた。

 だが、不良たちもそんなこと許せるはずがなかった。


「ふざけんな、ハルちゃん、カッコつけてんじゃねえよ!」

「んな、ダセーことすんなよ、水くせえ」

「やめてください、ハルさん! 俺だって覚悟できてるっす! 俺が代わりに死ぬっす! だから、そんなこと言うのやめてください!」


 そこに、偽物の思いなどなかった。

 正しいこと、悪いことは別にして、不良たちの思いに何か別の裏があったり、考えがあるわけではない。

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