第32話 青きレギオン・2


 ターンダヴァン城址において、本当に心苦しいが、まずは難民たちにこの廃城と城郭から出て行ってもらうことに終始した。



 ケルテラ国軍は、このターンダヴァン城址が約270年前ナルド民族が民族としてまだ国を持っていた頃の「最後の砦」としての城だったターンダヴァン城として、ナルド民族が一斉蜂起のために集結しているという象徴としての建前が欲しい。



 ならその前提をまず崩してやる。



 ターンダヴァン城址正門前には、遠目にケルテラ国軍が布陣している。



 この城郭、結構大きいので城郭の正門から真逆の裏側に当たる何か所かの門跡から約7千人の難民に城郭外の裏手に避難してもらった。



 これで城への立て籠もりとか、城を枕にしての武装蜂起とかの大義名分を与えない。



 ケルテラ国軍が、一方的虐殺の勝ち戦に酔いしれていてくれて助かった。



 手練れと言う言葉からは程遠い軍隊と指揮官にまあ感謝だ。



 それでも甘く見てはいけない。



 約7千人の難民から見たら、約4千人の自分たちを殺しに来るある国家の正規軍など、自分達への皆殺し以外の結末をもたらさない死の使いそのものだ。



 流れ魔弾一つでも軽く人は死ぬ。



 今回、それが一番恐ろしい。



 本当に心苦しかったが、難民達に一人残らずターンダヴァン城址から退去してもらった。



 残るは私、エルフの乙女エーネと護衛魔法騎士ライオネルのみ。



 難民達への説得には半分本当のことを言った。



 ここターンダヴァン城址を事実無根のナルド民族の一斉武装蜂起の言い訳の証拠にしようとしている。そのためのここへの難民の追い立てだった。



 あんなにゆっくりじわじわと難民の足でもたどり着けるようにいたぶりながら追い立てたのはそのためだと(私達は難民達がターンダヴァン城址に立て籠もってからここに到着した)。



 このままではケルテラ国軍に大義名分を与える一助にしかならない。



 周りを壁や天井に囲まれ、ある程度は雨露をしのげ、魔獣の脅威からも少しは守られている場所を捨て去るのは苦しいが、ここに立て籠もっていても大虐殺の正当性への大義名分を与えるだけだと。



 ここは自分達に任して欲しい。必ず全部ひっくり返して、食糧の供出や難民キャンプの設営等にあいつらを従事さすからと。



 ある程度は揉めたが、難民達のグループ長的な方々は私の言うことの信ぴょう性を信じてくれた。



 ただ、私だけがターンダヴァン城址でケルテラ国軍の進軍に応対することを、止められはしたが。



 望み薄の和平の話し合いの使者のつもりなのだろうと見なされたみたいだ。



 最後は「大義名分は避けられるかも知れないが、どのみち自分達が虐殺の憂き目に合うのはもはや避けられないだろう。せめて他の人達のためにターンダヴァン城址での武装蜂起のための立て籠もりなどなかったという証拠は残しやすくなるだろうが、それさえ捏造されるかも知れない。世界賢者協会や国際社会の調査力に期待するしかないが、あなた方だけでも逃げろ。部外者と言えば部外者だろう。口封じで消される可能性も高い」と警告された。



 ああ、まあ、普通ならそうだろうね。あまりにも数奇な運命をたどって、私達はその普通の状態では無いのだが・・・。



 多少、ケルテラ国軍の偵察隊とかも来ていたのだが、護衛魔法騎士(という名目のサポートサブユニットとやらの)ライオネルによいようにあしらってもらった。



 今の所、ターンダヴァン城址内にもはや難民達がいないことはバレてはいない。



 さて、難民達には話さなかったもうもう半分の理由。



 本当に難民達にここから出て行ってもらった理由を、今から実行だな。



 多分、ケルテラ国軍は明日、日が昇ってから目視視認できる形で総勢近くが突撃して来るだろう。



 皆殺しの気満々。大虐殺の実行の気満々で。



 そんな事を許すわけないじゃん!



 あの指揮官の野郎、エルフの乙女に賢しい騒々しいお嬢さんとか、世間知らずの理想主義屋のエルフのお嬢さんとか、ぬかしやがったな。



 どっちが世間知らずか思い知ってもらおうじゃないか。



 おう、世間様っていうのは、果てしなく奥深いものなのだぞ。



 私も嫌という程学ばされたけどな、お前ら程、底抜けの愚か者じゃ無かったよ。



 力に酔いしれ、力の使い方を根本から間違った連中よ。



 力の怖さを知れ。



 そして力に伴う責任ということを学べ。



 ついでに言っておくと、エルフの直感をなめるなよ。



 大概、何が最善かについては当たるからな。



 このターンダヴァン城址、本格的な戦城でもあり、正門跡から升形と呼ばれる正方形に近い広場が、直角に何か所か連なっている。



 正門から直接、直線に突撃して城内には入れないようになっており、城外からは中の様子すら見られない。



 ここに伏兵を配置することも実際の戦ではよく行われる。



 ははは、あいつらは難民が縮こまっていると思って突撃してくるんだろうね。



 待っているのは難民じゃ無いんだけどな。



 「ライオネル、本当にいけるのね?」。



 『大丈夫です。用意は出来ています』。



 今回、こいつが持ってきた解決案。



 最初、耳を疑った。



 いや、無いだろう。



 ええ、嘘だと思いました。



 思い返せばライオネルって事実上、嘘を言った事は一度も無いのに。



 「ライオネルさ、あんたの本体は見せないで、何かしらの手段で圧勝して、あいつらの戦意を根底から折り切って、自発的に救援物資の供出や、難民キャンプンの設営、インフラ整備等をしてもらい、今後にちゃんとつなげていくには・・・どうしたらよいと思う?」。



 という私の問いへのライオネルの答え。



 『転移します』。



 ブゥンと正門跡から一番遠い升形の広場いっぱいに転移陣の光があふれた。



 転移境界面から浮き上がってくる人型の影、影、影。



 そこにいたのはサポートサブユニット1000体。



 マジか?



 私が今見ていることは現実なのか?



 うわー、本当だったよ。



 もうおじさんは私の中では「おかしな人」から「狂人と天才とが表裏一体のお馬鹿」に格上げされている。



 いつの間にこんなに作った?



 もっとびっくりなのがこの1000体のサポートサブユニット、外見上は魔法騎士の鎧甲冑連中。



 全部同時にライオネル本体の思考結晶による並列思考とやらで操れるそうだ。



 事実上の、魔法騎士のレギオン(千人隊)。一大軍団である。



 どんな軍事大国でも魔法騎士の騎士団は数百人が限度。



 一国当たり千人を超えるそれ自体が魔道具である魔鋼甲冑をそろえ切り、なおかつ魔導士兼騎士の資格を持つ人員で構成された魔法騎士団など存在しない。



 もう金食い虫もよいとこなんだよ魔法騎士団って。



 しかも・・・これ、本当は魔法騎士じゃない。



 一体当たりの戦闘能力は、本当の魔法騎士を大きく超えるはずのサポートサブユニット、ライオネル本体の小型版みたいなものの集団。



 あははははは、これ地上最強の軍団だよ、多分。



 何でこうなるかな?



 多分、この魔法騎士のレギオン(千人隊)、実際はサポートサブユニットとやらのレギオン(千人隊)。



 多くの国の国王とか軍部とかが、喉から手が出るほど欲しがるもので、文字通り悪魔に魂を売ってでも欲しがられるものだろうが、そんなものいらんエルフの一乙女の私が、何故か所有者なのだそうだ。



 ついでに私が騎士団団長だ。建前上の副団長がライオネル?。全部一体残らずライオネルなんだけどね。



 もう私が何をした?



 どこで私の運命は狂ったかなぁ?



 ああ、別に欲しくない者の元に来るなぁ、こういうのって。



 それこそが宇宙の真理なのか?



 でも、今はこの虐殺を防ぐために、そしてケルテラ国の連中に責任というものを取ってもらうために、使わしてもらおうか。



 何があろうと人の命と引き換えるようなものじゃない。



 ふざけやがって。



 この薄っすらと青く光るレギオン(千人隊)。



 100体×10体の長方形で整列。



 うわっー、壮観だな。



 さすがに。



 こういうのに酔っちゃうヤツっているんだろうな。



 団長ねぇ。



 誰かまともなヤツがいたら変わってくれないかな。



 うーん。



 全騎士、鈍く光る鈍器で武装。



 魔槍も魔剣も魔銃も無し。



 魔鋼で出来た杖、棒、鉄球、鎖、その他でスタンバイ。



 殺すなよー、重症も無しだ。



 せいぜい軽傷な。



 しっかりと大虐殺の気満々で、なだれ込んで来る連中の心を折って、折って、折り切って来てくれ。



 ケルテラ国軍の連中って何か、本当に民族浄化とやらを喜んでいる節があるんだよな。



 普通こういう場合、上の方は本気でも実行に回される下っ端達は嫌がっている場合も多いのだが、どうも本気の根深い差別意識ってものがある感じなんだよね。



 最初はどっちもどっちだったのだろうけど、段々エスカレートして来るとやはり力関係が強い方が過激に走りやすい。



 長年の蓄積のそれの極端なヤツなんだろうな。



 こういうのって迫害された側もただの被害者意識や復讐への思いだけじゃ解決にならないんだよ。



 連中よりもっとよい政治。もっとよい社会。もっとよい人間性等を目指さないと、立場逆転の第二の加害者側になりやすい。



 それは歴史もある程度は証明している。



 さて、この件はケルテラ国だけじゃ無い、多分。



 カルナン国とセルダナ国もほぼ同じ意識と共犯の可能性が高い。



 三国まとめて全部出来レースの可能性もそこそこある。



 まあ、今後のためにもここはしっかりその傲慢な思い違いを正していただこうか。




 後々、そんなことになるとまでは思っていなかったが、これがまことしやかにささやかれる事になる実在するかもどうかもわからない「青きレギオン(千人隊)」の伝説の始まりだった。




 ついでに赤面絶叫絶倒ものの、自分のあずかり知らぬ「絵本」のモデルに勝手にされるなんて・・・誰が思うよ?








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る