第16話 自滅遺産


 牢屋の中で私、バンガルド公国の老将軍グラード・デル・バニウスは頭を抱え込んでいた。



 未だ自分の将軍職が解かれているかどうかすらわからない。



 自分の現時点での処遇を聞いても、答えは無かった。



 様々な立場の者が来ては、色々なことを一方的に聞いてきて、色々なことを一方的に話して言った。もはや私は国際社会に差し出す首でしかない。



 将軍職も就ていた方がその差し出す首に価値があるか、解任されていた方がその差し出す首に価値があるか、それだけの思惑の差でしかない。



 できうる限り罪を一身に背負って、公国の役に立って欲しい。それだけだ。



 あの時、魔族のギルからは正反対のことを頼まれていた。



 「ありのままに本当にあったことを国際社会の前で証言していただきたい。我ら魔族のことまで含めて、すべてを正直に正確に」。



 それが魔族の言うことかと、唖然となった。しかし、仮に私がそうしたとして魔族側はどうするのか。それを虚偽だと糾弾せざる負えない立場に追い込まれるのではないかのか。 



 「では、その方達魔族側も今回のことを国際社会に白日の下にさらすと言うのかね。自分達がしたこともありのまま」。



 「そうです」と躊躇も無く答えたギルに、これまた仰天した。



 「将軍、あなたは国社会社会の元で正式に謝罪をする魔族という珍しいものを目にすることになるでしょう」。



 もしそんな光景が見られるならば、おそらく人類史の中でそんな出来事があったという記録は無い。



 まさに、あり得ない歴史的な大事件を目撃することになるだろう。



 「何故だ、何故だね。なにがそなたらの行動原理となっているのだね。前代未聞だろう」。



 「大賢者です。魔王の首飾りの魔石の条項に触れる大賢者がらみのことに、私達は知らないとはいえ手を出してしまいました。あと出来ることは、この件からの撤退だけです。ですからこれからは戦略的撤退戦となります。すべてを大賢者と関わりの無い所まで綺麗に押し戻さねばなりません。そのために人族側、今回はバンガルド公国側という狭い範囲の人族側になりますが、そのエルフ狩りの実行部隊の責任者だったあなたに、すべてを正直に正確に国際社会に提示していただかねばなりません。我ら魔族の関与まで含めてすべてを」。



 「ごまかさないのかね。情報戦は特に魔族の得意とする所だと思うが」。



 「大賢者相手にそれは悪手です。そういうことでは無いのですよ。あなた方は大賢者とは何かを知らない。その真の恐ろしさもわからないのです。我々も大賢者の真の正体というものまではつかみかねています。ですが、あれらがどんな存在なのかという長い年月の体験と分析の蓄積があるのです。こういう事態に至った場合の対処法は、ほぼ確立されています。今までここまで国際社会的に表ざたになったことは無いでしょう。しかし、もうことは起こってしまいました。後は綺麗に撤退をするだけです。将軍、あなたには私の命のご心配をいただきましたが、例え魔王の勅命だろうが、大賢者がらみの事態を引き起こしたことの前ではすべて些事になります。我が魔王様を含め、魔領すべてをかけてこの任務を成功させねばなりません。もはや勅命の失敗など些事も些事、全部消し飛んだ状態なのです。私やザン様が死を持って償わねばならないようなことは無くなりました。もしそんなことを言い出すなら、大賢者とかかわる事態を引き起こした我が魔領ゲルフギアの魔王様自身も死を賜らねばならなくなります。こういう場合、全関係者責任追及は一切無し、その代わりに全責任を持ってことを収め切ることが要求されます。そしてこのことに関しては他の魔王や魔領からの妨害や権力争いもありません。逆に魔族総出で全面協力状態です。国際社会への謝罪もここまでの事態にもしなった場合は可とすでに定められています。いわばこれは魔族としての総意なのです」。



 「いったい何故そこまで大賢者を危険視するのだね。およそ理解しかねる。大賢者達は、それに世界賢者協会はそなたら魔族を排斥してはいない。それどころか魔族の言い分に裏付けの取れる正当性があればきちんと対応してくれる機関だと思うが」。



 「ええ、世界賢者協会とは我ら魔族といえども適度なスタンスで向かい合っています。先ほど申しました。賢者達と世界賢者協会と大賢者は我らの認識ではまったく別物です。そして我々は大賢者を危険視しているのではありません。そういう時代もありました。大賢者と関われば関わるほど魔族をその存在価値を脅かす存在に見えたからです。今はわかっています。そんな存在では無いと。ですが・・・本当に恐ろしい者と、知らねばよかったと我ら魔族が後悔するような者と我らは関わっていたのだということにも、気付いてしまったのです。大賢者は魔族の敵ではありません。ですが魔族が魔族であることを気が狂うほど打ちのめしてくれる存在ではあるのです。例えて言いましょうか、将軍、あなたは軍人だ。戦っても必ず負ける相手と戦う時、軍人としてあなたならどうします?」。



 「状況による。他国が攻めてきたら、それが例え必ずこちらが負ける相手でも、まずは防衛戦を展開せねばなるまい。その間に外交交渉なり、別の他国からの援軍なり待ちに持ち込んだり。しかし、そなたの言うことを一般論で言わせてもらうならば、まず、必ず戦ったら負ける相手とは戦わなくて済むような努力をする。それでも戦わねばならなくなる状況に追い込まれ、援軍も外交交渉も望みが無いのなら、降伏を考える。後あるとすれば降伏条件を示してどれだけのものを勝ち取れるかだろう。それさえ許されないのなら、死ぬまで戦うか、無条件降伏かのどちらかになるだろう」。



 「正しい認識です。そして我ら魔族も大賢者達とはできうる限り関わらないようにし、もし関わってしまったのなら、全面降伏です。そして事後処理を大賢者側が納得いくようにこちらから進んで為す。それを今、行なっているのです。これは我らからすると一種の戦争。全面撤退戦なのです。前は言わば死ぬまで戦っていたのですよ。魔族とはそういう種族です。己のエゴですべてを制す。すべてを己の手に。自我肥大こそ我らが本能。覇者たる魔王を目指さぬ魔族などおそらく一人もおりますまい。その魔族が原理的に決して勝利できない相手に遭遇した時の衝撃があなたにわかるでしょうか?」。



 「何が・・・何があったのだね。大賢者と魔族との間に。因縁と言っていたな。我らの知らぬ歴史とは何のことなのだね?」。



 「先ほど伝えかけました。魔道大戦当時の情勢からお話した方が早いでしょう。魔道大戦当時、世界は疲弊し切っていました。我ら魔族の魔領ですら例外ではありませんでした。その魔族と最も激しく戦ったのが人族でした。逆に人族から見れば我ら魔族の進攻はおそらく文字通り迫りくる悪魔、悪鬼羅刹の類との戦争に見えたことでしょう。魔族、人族、エルフ、ドワーフ、ドラゴニュート、獣人族、その他の希少種族をも含めた総当たりの虐殺合戦が魔道大戦末期の正確な姿だったことでしょう」。



 「まだ優勢だったと言えるのは魔族と人族でしょう。魔族は単体なら、魔法力も魔法保持量もトップです。あなた方の言う悪魔的な知性や残虐性や個別至上主義もことを有利に運んでいました。人族の優位性は人口です。単体戦闘能力は一番弱い位でしたが、集団の力というものをこれほど有意義に使用した種族はいないでしょう。繁殖能力も全種族トップクラスで高く、我ら魔族には基本的に無い団体教育等も一定以上の質の戦士や国力を担う国民を育てました。また人族からは時に傑出した人材が生まれました。様々な分野の逸材が、その高い人口比率に応じて同じく一定数生まれることは魔族には脅威でした」。



 「魔道大戦末期は、すべての種族やすべての勢力が自分達以外の種族や勢力を根絶やしにするまで止まらない様相を呈していました。我々の推定では、魔道大戦末期のすべての種族の人口比は、魔道大戦勃発前に比べて十分の一以下まで低下していました。そしてなおその比率の低下を増していたのです。当時魔族側のなしたことだけでも魔道大戦最末期には、大量破壊や大量虐殺用の魔道具や魔法等々が、限界まで極めて開発が行われていました。その過程で今ならわかるのですが、大戦当時は見過ごされていたこと。とても恐ろしいことが進行していました」。



 「魔族は世界そのものを破壊しかねない領域を犯すものを、それも複数、しかもそれぞれ原理が違うものの開発に手をかけ成功しかけていたのです。我ら魔族だけが生き残るのなら話はわかります。また大虐殺を引き起こしたり、大規模破壊を引き起こす程度の規模のものならわかります。しかし、世界のすべて、星のすべて、生きとし生けるものを魔族ごとすべてを滅ぼしかねない魔法や魔道具というのでは、根本から話が違ってきます。でも、当時の魔族は自分達だけは生き残ると根拠も無いのに信じていました。そもそもそこまでの破壊をもたらすものと自覚もあまりしていなかったのです。総じて自滅魔法具や自滅魔法を開発していたようなものなのですが。それも他のすべての生命体を巻き添えにしての心中用のものを」。



 「実感がわかないでしょうから、いくつかお話しておきましょう。ある大陸破壊魔法と魔道具が開発され、成功直前でした。大陸そのものを砕くなんてできません。膨大な魔力とその行使の結果が求められます。文字通りそんなのは当時の各勢力が夢見たでしょうが、しょせん絵空事でした。ですが、当時の魔族のある魔王と魔領は効果的な方法を効果的な方法で行うことにより、それに極めて近い結果を出せることに成果を見出そうとしていました。それは実現一歩手前まで行ったのです。すなわち大地の裂け目、大陸と大陸の間の裂け目にて、地下深く強大な破壊の力を一点に集中して特殊な破壊魔法を行使できれば、その大陸と大陸を揺るがすことが出来ると考えられました。そして世界中の中から攻撃に一番効果的だろうという大地奥深くのポイントの一点を見付け出し、後は大規模破壊一点集中を行う魔法と魔法具、それらを地下奥深くまで送り届ける特殊な転移魔方陣。その転移魔方陣の一方を地下奥深くに設置する魔法具の開発がそれぞれ行われ、成功一歩手前まで行っていたのです。それらがそろっていたら間違いなく実行されていたでしょう。魔族の最も住むゴドルガ大陸は避けていたのですから。ですが我ら魔族の戦後の研究でわかっています。もしそれが実行されていたら、すべての大陸と大陸の割れ目からマグマが噴出し、世界中の気象条件が全世界規模で壊滅的影響を受け、場合によっては複数の大陸が沈み、マグマの大噴出は数百年収まらず、地軸の移動さえあり得、生態系は完全に破壊され、おそらくバクテリアくらいしか生き残らない世になっていた可能性が一番高いと。もちろんゴドルガ大陸も壊滅。魔族も滅亡の可能性が高い。なぜそんなよりにもよって世界中の中から全生物破滅のための地層のポイントの一点をまさぐり出したのか?疑問でした」。



 「もう一つお話しておきます。魔族以外の高等知性対の人型種族生命体の体細胞のみを崩壊させる呪いの開発もある魔王と魔領で研究され、ほぼ完成していました。開発した側は文字通り魔族以外の高等知性対の人型種族生命体の体細胞のみの崩壊を予期していました。実際、魔族だけがしばらくは平気だったのです。ですが残った研究資料を詳細に読み解くと、すべての人型種族生命体はいざ知らず、魔族を含むすべての細胞を持つ生物の細胞を崩壊させる伝搬し増殖する呪いを開発していました。単に魔族は潜伏期間が長いだけで、最終的な効果自体は一緒でした。また人型種族以外の細胞はじわじわと効果自体が人型種族の300倍以上の遅さで進行するもので、これも最終的な効果は変わらないものでした。今なら解呪は大変に難しいものの不可能ではありません。ですが、当時、これが爆発的増殖力で呪いを発動していたら、解呪方法を見つける前に全種族が滅亡していた可能性がとても高いものでした。魔族も滅亡の例外ではありません。この呪いの当時の開発の画期的だった所は、普通は呪いは伝搬は出来ますが増殖は出来ません。増殖するならそれにふさわしい例えば同じ恨みを抱き、呪っている人々等の媒体を同数必要とします。それが基本形です。しかし、この呪いは細胞の増殖と同期させることに異常な手段で成功し、生きていること自体が呪いなのだという定義に書き換えることに成功していました。それで呪いの増殖に成功していたのです。この計画も、もし実行に移されていたら、魔族共々、すべての細胞を持つ生命体は死に絶えていたでしょう」。



 「こんなのが少なく見積もっても十以上、魔族側で開発されていました。そして魔道大戦後、殺し合いに疲れ果てた各種族が、主に大まかな住み分けでかりそめの平和を甘受し、世界賢者協会が発足し、意外にもそれなりの世界への奉仕者としての役割を果たし、国際的な一時平和を成し遂げたころ、我々は戦時中に得た情報を元に人族を始め、各種族や勢力が魔道大戦時、何を持って他の種族や勢力への最大攻撃手段として開発をしていたのか調べました」。



 「続々と集まって来た情報に我々魔族は唖然としました。我々と同じようなことになっていたのです。人族側で少なくとも同じく十以上、その他の種族や勢力もそれぞれの規模に合わせて最低一つ以上から、後々から見れば致命的な破壊魔法具や破壊魔法、その他の全種族や全生命体への致命的な攻撃方法を確立寸前か使用寸前に至っていました」。



 「ここに来て我ら魔族は、魔道大戦最末期に異常過ぎるほどの異常事態が起きていたことに、さすがに気が付きました。しかし、なぜこのような状態になってしまっていたのか?疑問は尽きませんが、この現象の真実の答えにはたどり着けませんでした。色々な仮説が出されはしましたが、その内のどれかが当たっていたのかどうか定かではありません。おそらくすべて外れていたでしょう。例え近くても、当たらずと言えど遠からず位だったのではないでしょうか。歴史的には前からその原型のようなものはあったのですが、魔王の首飾りが完成したシステムとして実行されたは、この時からでした。魔王同士の争いや、魔領同士の勢力圏争いや、他種族との戦争よりも魔族全体として、魔族という種として、最優先して一致団結して当たらねばならないこともある。それを我らは心底学んだのです。魔族全体の不文律として魔王の首飾りは機能し始めました。まずは魔道大戦最末期に開発されたそれらの魔法や魔法具を後世への研究のためを除いて破棄、関係する開発も禁止。「うまくやれば望んだ効果だけを期待できるのでは無いか」と言う意見も根強かったのですが、このことに深く関わり調べた者ほど「あの時期のものは危険すぎるほど危険だ。一種の見えない共通の呪いがかかっているようだ。それもすべてを滅ぼさなければ気が済まないというような呪いが。我らの理解を超えている領域の可能性が高い。関連含めて絶対禁止にしておいた方がよい。でないと良かれと思って実行寸前だった連中の二の舞を踏むだろう」という意見の方が最終的に実感を持って受け入れられました。ですから魔王の首飾りの魔石の一つは、魔道大戦最末期に開発されたそれらの魔法具や魔法を後世への研究のためを除いて破棄、関係する開発も禁止と定めたものになりました」。



 「次に我らが始めたのが、同じだけの危険性を秘めているだろう人族その他の種族や勢力が開発した同類の魔道具や魔法を闇に葬ることでした。また、それらに関連した研究や開発などの後継をも存続させないことでした。この作業は危険性を秘めていました。例えば人族側から見れば、自分達が開発した切り札を破壊や盗みに来たと思われる可能性がありました。普段であれば我らでさえそうしたでしょうし、それが当たり前でしたでしょうが、おかしな話ですが、この時点で我ら魔族は、少なくともこの一連の事に関しては、世界を守るために行動しておりましたし、手に入れたものを応用する気も一切ありませんでした。ただただ破棄。闇に葬ることだけが至上命題でしたし、そしてこれは魔族の歴史上始めて、全魔族が協力して行った計画となりました」。



 「ここで大賢者と我ら魔族との最初の本格的な遭遇が起きます。我々は大変に奇妙な現象と向かい合うことになります。闇に葬ろうとしたそれらを我らは秘かに「自滅遺産」と呼ぶことにしていました。以後、この名で呼ばせていただきます。我ら魔族が人族らの「自滅遺産」に手を伸ばした時、それらは記憶の片隅に置かれ、消えかけていました。何と後続の研究は一切無し。そして資料もいつの間にか消え、計画があったこと自体、忘れ去られて行きました。大変に奇妙なことでした。ことの重大性に気が付いている我らは、その痕跡をあらゆる方法で追いかけました。すると薄っすらと残り香が残っているように、かすかな痕跡を各種の現場で見つけました。それが・・・大賢者達の痕跡でした・・・」。



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