第14話 予兆
もう怒涛の日々が続いている。
ライオネルの腹の中に飲み込まれてから、何故かエルフの少女である私、レマールの里のエーネの心の中に、エルフにあるまじき呪いのリストというものが自然発生し、今までの筆頭は、なぜか本人?いわく生き物ですら無いらしいこの巨大ゴーレムのライオネルだったが、ここに来て大賢者のおじさんがリストの筆頭に向けて駆け上がって来て人気急上昇中。
ライオネルの持ち主が私などと、おふざけたことをぬかして来た。
うわー、さすが大賢者様だなぁ!破壊力半端ないわ。もう異次元の破壊力だわ。
はっはっはっ、本当にすげーな、エルフ名物精神崩壊への耐性を得るため、限界ぎりぎりを攻め続けるこれは鬼気迫る特別訓練なのかな?
あー、もう楽になっちゃおうかな・・・きっと心折れ切って、思考能力というものまで砕かれ切って、意識を宇宙の彼方まで放り出せば、もう何もわからない頭がお花畑の住人として、幸せというものをつかめそうな気がしてきた・・・。
私の人生設計図がどんどん予期せぬ方へ書き換えられていく・・・気がする。
そもそも誰が悪いのだ、この話は?ん?
「ライオネル!あり得無い。無い。無い。無いから。私、あなたの持ち主なんかじゃ無いから。私をマスター・エーネとか呼ぶの禁止。もうマスターという単語を私に使うの禁止。こんなごたごただったからほっといたけど、なんかマスターと呼ばれるたびに変な感じがあったし、そんな名称はいらないから!」。
『マスター・エーネ、そんな名称を呼ばせないことによって、所有権を有することから目をそらし、現実逃避をしても何の意味もありません。もっと現実的に行動することを推奨します』。
「さっそくマスター言っているし、それは無し。ただのエーネと呼びなさい!これは命令。大体あなたメンテナンスとかどうする気?あなたなんか請け負いきれるわけ無いじゃない」。
『それでは、エーネで。メンテナンスは今まで通り、隠し砦で行います。心配無用です』。
よーし、それなら隠し砦とやらに隠居していただき、一生呼ばなければよいのだ。我ながら名案。それでことも無く日々これ心安らかに過ぎて行くはず。よし。よし。これだ。
「大体、なんで私にあなたの所有権が来なきゃいけないわけ?意味は何?」。
『それはメイカー自身に聞いてください』。
正論である。しかしてこの場合は暴論でもある。正論と暴論が同居しているという滅多にないだろう珍事を今、私は今わが身に降りかかることとして体験している。
「ライオネルさ、そこまで言うなら大賢者に合わせて。会えるように手を尽くして」。
『留意します。それとエーネ。私から警告です。メイカー・・・と言うより、大賢者の為すことを軽くは考えない方がよろしいと思います。念頭に置いておいて下さい』。
何か、ちょっとひんやりとした。私の知るライオネルらしくも無い言い回しな気もした。
「えっ、どういう意味。どうしたのライオネル?」。
『エーネ。私を作ったのはメイカー、大賢者です。また、少数ですが他の大賢者との接触経験も私にはあります。そして私は常識で考えれば、異常現象と言ってもよい現象を観測しました』。
ど、ど、どう言う意味だ。
『大賢者達というのは、私の観測では確率論が通じない相手。確率変数が異常な相手です。理論値通りになりません。これが何を意味するかと言うと、大賢者達は偶然というものに支配されてはいない者達、そして世界の根底を流れている基盤の法則を平気で捻じ曲げられる者達だということです。あれらは見かけ通りの存在達ではありません。心にとめて対応して下さい。エーネ』。
「ごめん、ライオネル。何を言っているのかよくわからない。何か凄みのあることを言ってくれていることや、多分、私の身を案じて言ってくれていそうなのはわかるけど・・・」。
『私があなたに移譲されたことに、おそらくあなたが思っている以上の意味が、必然と言ってもよいほどの意味があるだろうという警告をしています。それが何かは私にもわかりません。いくつかの推論も成り立ちますが、おそらく外れています。データが足りません。ですが今までのメイカーの行動と結果のパターンからの推測です。エーネ。私を保有しておいた方がよいでしょう。おそらくは世界的な意味で』。
たかが田舎のはぐれ里のエルフの一少女に、お前は何を言っているのだライオネル?
いや、お前に聞きたいことも、言いたい文句も沢山あるけどさ。
けど・・・本当に一番問いたい相手は、ライオネルじゃ無い。
おじさんだ。
大賢者としてのおじさんだ。
ライオネルの所有権の話だけでは無い。
いくつも問い正したいことがある。
けど・・・質問が質問らしい形にうまくまとまらない。
私が一番感じているのは違和感なのだ。
それもある一つの事柄に関しての違和感だけを感じているわけでは無く、いくつもの事象に関して漠然とした違和感を感じていた。
あのおじさんと里長との会話の横で違和感を感じていた、あの日のように。
気が付かなければ気が付かないが、本当にちゃんと見つめてみれば、まるで張り巡らされた蜘蛛の巣のような違和感に囲まれているような。
それと・・・。
なぜだろう。
不思議なデジャブも感じるんだ。
そんな記憶は無いはずなのに。
誰かに呼ばれているような。誰かを呼んでいるような。
もどかしい。
これは・・・何?
私、バンガルド公国の老将軍グラード・デル・バニウスは牢屋の中にいた。
公国は私も副官も参謀もその他の高級将校はすべて別々の個人牢に隔離し、下士官や兵士らもそれぞれ厳重に閉じ込めた。
間違いなく、エルフの族長会議に世界賢者協会からそれぞれ国際社会に向けて、今回のエルフ狩りの件の発表がある。
その時の国際的糾弾からどう公国を守るか、実際はバンガルド公を始めとして国家上層部の既得権益をいかにできるだけ守りながら軟着陸させるかに奔走しているのだろう。
無駄だと思う。さすがに今回はそんなに甘いはずが無い。
エルフの族長会議の怒りは頂点に達していると思うし、世界賢者協会も恐ろしいほど公平公正明大を是とする機関だ。どちらも正確性の追求にはそれぞれ定評がある。
国際社会もこの期に及んで老将軍の暴走でしたで納得するはずも無い。そんな見え見えの出来レースに乗ってくれる国は今更一つも無いだろう。
それでもバンガルド公国中枢部は老将軍の暴走で片付ける気でいるようだった。他の選択肢は一切存在しないと確定路線だった。
現に私に暗にも直にも圧力がかかっている。
いや、国家中枢の望み通りに全ての罪をかぶっても、今回逃れられるとはとても思わない。
だがバンガルド公も上位貴族も、まだ覚めることの無い悪い夢を見ているらしい。
私の頭の中では魔族のギルの言葉がいつまでもいつまでも渦巻いていた。
あれが・・・魔族側から見た歴史だと言うのなら・・・すべてが塗り替わってしまう。
今まで自分の知っていた歴史とは何だったのか。
枯れても一国の軍事関係者、それも軍中枢に属する将軍だ。
歴史、特に戦史は正確性を旨として、軍事的教訓と共に必須項目として叩き込まれたし、自ら知ろうとも務めてきた。
が、すべて砂上の楼閣だったということか。
カタカタと膝に震えさえ走っている。
あの老将も今回の事態にこの様かと上位貴族の侮蔑の声も聞こえたが、それで震えているわけでは無い。
魔族の言葉の数々に衝撃を受け過ぎて、自然と震えてしまうのだ。
そして、知った上でどうするかという選択を今、喉元に短剣を突き付けられたかの様に、迫られているのだ。
恐ろしい。本当に恐ろしい。
なぜ、こんな歴史のエポックのような所に自分がいるのか、わからない。
それでも、今までに無いような大きなうねりが、すべての種族、この世界のすべてに押し寄せようとしているかのような気配を感じていた・・・。
どうなるのだ?
この世界は?
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