第15話 誰も知らない物語



 今から約千年前の事。



 血で血を洗った魔道大戦末期。



 エルフ達は残ったエルフという種族のすべてをかけて次元移動を成そうとしていた。



 この地でエルフは絶滅の危機に合った。



 元より温和で争いごとを嫌い、魔法特質は優れるが種族的には繊細、本能として大自然との調和を尊ぶ性質だったエルフという種族。



 この世界では生き残れないと知った。



 最後まで、平和を求めた。



 最後まで、安らぎを求めた。



 最後まで融和を求めた。



 そして・・・最後まで各種族の間を取り持ち、調和に努めようとした。



 持てる魔法の限りを尽くし。



 持てる力の限りを尽くし。



 いくつものエルフの命を散らしながら。



 最後の最後まで。



 エルフという種族がこの地で生き残ることを。



 他の種族とせめて殺し合わなくても済む世界が来ることを夢見て。



 エルフの特質である調和に努めた。



 なのに・・・。 



 すべてを打ち砕かれてしまった。



 もはや、いかなる努力も実を結ばず。



 自分達の種族が搾取と略奪と死の対象でしか無いことを、骨身の髄まで思い知らされた時。



 この地に住まう者すべてが、我らが我らとして生きることを許さず。



 この地自身が忌むべきものならば。



 我らは生まれる世界を間違い。



 生きる世界を間違ったのだろう。



 自分達の波長に最も合った世界を。



 見つけ出そう。



 本来、自分達が生まれるはずだった世界を。



 探し出そう。



 エルフ選りすぐりの力を持った者達で構成された先遣隊は、エルフという種族全体で行った大魔法、次元移動の大魔法という形で送り出され。



 それらの小人数の先遣隊だけだったらまかなえるはずだった、同じくエルフ総出でかけられた次元移動の帰還魔法では誰も帰ってこず。



 それが帰って来れないというより、あまりにも帰りたくないので、先遣隊は皆帰らなかったとは夢にも思わず。



 時空の果てに理想の地が見つかったと、結果を持って次元移動をして帰って来たのは一種の記録用魔道具だけだった。



 ついに我らエルフが本当に住むべき地を次元の彼方に見つけた。



 「常春の地」。



 エルフのすべてを連れて、その地に次元移動できるだけの魔力や魔法式を使えるのは一度だけ。



 たった一度の大脱出。



 すべてをかけて準備を整え、次元移動を行おうとしたその時に。



 ごくわずかの者達がこの地に残ると言い出した。



 ある者は死ぬなら見慣れたこの地でと。



 ある者は残りたいというものに寄り添って。



 ある者は次元移動に耐えられなさそうな負傷者で。



 ある者はまだ最後まであきらめたくないと言い。



 ある者はそれでもこの世界に生まれ、この世界を愛しているからと言い。



 ある者はエルフの調和の特質と力が一番必要なのは、まさに今のこの世界にだろうと言い。



 この地に残ると。



 決めた。



 泣いて止めても残ると決めた者達の決心は揺るがず。



 最後に出来ることとして、次元移動の大魔法の発動日は、ぎりぎりまで日延べして。



 各種の目くらましやその他の魔法をエルフという種族総出で、残る者達のためにかけ。



 「常春の地」に持っていくはずだった多くの魔道具を置いていった。



 これらのことで減った分の魔力を補給し終わると。



 ほぼすべてのエルフは、次元移動の大魔法を持って「常春の地」へと旅立った。



 一方通行の二度と戻らぬ旅へと。



 そして残ったごく少数のエルフ達は、死の渦巻くこの世界と対峙した。



 誰も知らない物語。



 大賢者達だけが知っている物語。



 この地に残ったエルフ達が一人もいなければ。



 この世界は滅び、死の星となり。



 ディストピア(死の理想郷)となり果てていたことを。



 最後の最後の希望をつないだのが、この地に残ったエルフ達だったことを。



 大賢者達だけが知っている・・・。





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