第24話 命の総代
「私や本当に私の先祖が大賢者に会っていたとしても命の総代とは何ですか?大賢者は、もし今までの話が本当だとして、その時の願いを聞きいれたとしても、世界の現実を変えるだけの力を持っているのはなぜですか?その他にもわからないことがいっぱいあります。ちょっと話が大き過ぎて、ついていけない所もあります」と私エーネは漏らした。
「ええ、そうね。無理もないわ。約束通り、あなたの質問に私なりに誠意を持って答えるわ。ただね、一方でこのことも自覚して欲しいの。あなたはもうわかっている。あなたは本当は知っているわ。ただ、それが意識の表層に自分の理性で理解できる形で浮かび上がって来てはいないだけなのよ。でないと今、私とここでこうして会うことも会話することもなかったでしょう。これはそういう話でもあるの」と女大賢者のサリュート。
「あなたの先祖のエルフの少女レーヌに話を戻しましょう。当時、10歳の少女だったそうよ。その時に何が起きていたのか。魔道大戦最末期、もはや人型種族の集合意識は集団自滅の決定をしてしまっていた。もはや当時の大賢者達もその決定と現実化に手を出すことは出来なかった。鏡である大賢者達はその決定に逆らえない。無限の創造性の使い道として、自分達以外の全ての種族を消滅させるという名目で、自分達をも含む全ての生命を消滅させることが、実行に移されてしまっていた。ディストピア(死の理想郷)に向けて世界はひた走っていた。ディストピア(死の理想郷)の実現まで、あと数か月も猶予はなかったはず」。
「当時唯一、他の種族を滅ぼすための自滅遺産を作らなかったエルフは、もはや自分達の種族が搾取と略奪と死の対象でしか無いことを骨身の髄まで思い知らされたと感じたわ。そしてこの地に住まう者すべてが、エルフがエルフとして生きることを許さないと言うのなら、エルフという種族は生まれる世界を間違い、生きる世界を間違ったのだろうと考えたの。ならば、自分達の波長に最も合った世界を見つけだそう。本来、自分達が生まれるはずだった世界を探し出そうと決心して実行をしたの」。
「そしてエルフ達は、その望みの通り、常春の地を見つけた。常春の地というのは、本当は他種族にこの大脱出計画を知られたくなかった当時のエルフ達が付けた正式名称を表立っては言わずに隠語として語られていた名称の方だったのよ。でも、もはやその名でしか呼ばれなくなってしまった。実際は、見つけたというより、全ての時空から当時のエルフ達の願望に一番合致した波動領域の中のただの一点へのアクセスに成功したというようなものなのだけど。そしてほぼ全てのこの世界のエルフは次元移動の大魔法で常春の地へと旅立ったわ。もっとも、それはこの世界の人型種族が万物の霊長として、身体で言う脳に当たるという例えで言うと、脳から調和をつかさどる部分が全部消えるということを意味していた。あとはもう殺し合うしか無い。調和をつかさどる部分の無い脳なんて破滅は時間の問題だけになるわ。エルフがこの世界から消える事それ自体が自滅遺産だったのよ」。
「そして、ごくわずかのエルフ達がこの地に残った。主に死ぬならこの地でとあきらめきった者達と、まだこの地で最後の最後まで調和をあきらめないとの思いを胸に抱き続けた者達が。そのエルフ達が残らなければ、この世界は終わっていたでしょう。エルフの本分の調和の可能性を最後まで持ち続けた者達は、それまでもそうだったのだけど、もう常春の地にほとんどのエルフが旅立つ前に、打つ手は全てといってもよい程、打ち尽くしていた。残った者達に出来ることはほとんどなかったの。その中で一番ましそうで、まだ少しでも可能性がありそうで、実現も何とか可能そうだったのは、全ての大賢者への使節を派遣する事。大賢者達へのこの事態に対する平和への協力の懇願使節。最後の人材と能力を駆使して、わかっている限りの情報を元に全ての大賢者へ使節団が派遣された。そのほとんどは生きては返れなかったわ。なぜなら、人型種族の集合意識がすでに決定してしまっていた、無限の創造性を他の種族を滅ぼし尽くす殺し合いに使うと決め行動した果ての全てに死をもたらすディストピア(死の理想郷)の現実化が容赦なく調和と平和を求めるエルフの使節達に襲いかかったのだから」。
「人族の大賢者ダウレンの故郷も死の灰に覆われていた。大賢者ダウレンは、ただそこで最後までたたずんでいるつもりだった。全ての種族が殺し合い、自滅遺産の数々が発動し、全ての命が消し去られるその日まで。そこに現れたのがエルフの少女レーヌ。両親はすでに殺され、使節団の兄もすでに亡く、使節団の団長はレーヌをかばって亡くなったそうよ。残った使節団員はレーヌ一人だけ。しかも死の灰に犯され瀕死の状態だった。大賢者ダウレンの目の前に立ったレーヌはこう言ったそうよ「この殺し合う世界をどうにかして下さい大賢者」その時、大賢者ダウレンは感じたの。レーヌの後ろにこの世の生きとし生けるものの命がきらめいているのを。レーヌは一人でその場に来たのでは無かった。世界中の命を背負って、命の総代として来ていたの。これがもう一つの意志。生きとし生けるものの総意。それを大賢者ダウレンは大賢者の権能として、鏡映しに映して現実化したわ。大賢者ダウレンだけではないわ。驚いたことに当時の全ての大賢者の元に全てのエルフからの使節達がたどり着いていた。エルフ使節の死者は数知れず、たどり着いた者達も満身創痍だったそうだけど、最低一人は、全ての大賢者の元にたどり着き、その前で平和を願ったの。それぞれがこの世の命の総代として、きらめく命を背負いながら。調和の担い手達は本当にその役目を果たしてくれた。私は自分がエルフであることを誇りに思う。調和の担い手である種族であることを。その特質を心から誇りに思うわ」。
「そこから先は大賢者達の仕事だった。ディストピア(死の理想郷)だけは打ち消すことは出来なかった。それは確かに人型種族の集合意識の決定と行動だったから。だから大賢者達は「この殺し合う世界をどうにかして下さい」という願いの通り、時間稼ぎをしたの。約千年ほどの時間稼ぎ。約千年ほど巻き戻して、仕切り直し、やり直すための時間と猶予と可能性を与えた。これが当時の大賢者達とその後の約千年の間に大賢者になった者達がなし遂げて来た事なのよ。そしてこの星の全ての生命の脳の役割を担った万物の霊長たる人型種族達は責任を背負っている。なぜ約千年かというとそれが限界なのよ。かせげる時間の。人型種族の集合意識の決定であるディストピア(死の理想郷)自体は未だ健在。じわじわと迫り続けているの。もうすぐ全ての種族が衝突する事態は必ず起こる。その時、全ての種族や勢力はどうするのか?違いを認め、違いを生かし、お互いを認め、お互いと共に生きようとするのか。他の種族や勢力は自分達に取って利用できるか出来ないかの価値しか持たず、利用出来ないのなら自分達を脅かすものとして滅するのか。残念だけど、本当に残念だけど、殺し合う可能性の方がよっぽど高い情勢なのよ。今のままではね。私達エルフに取っても、ここはエルフ狩りが行われることもある世界よ。悲しい事だけどね」。
「この話が本当だとしたらですけど・・・本当だと私は感じてしまいますけど。このことを発表できないのですか?信じてもらえるのかどうかの問題はあるとは思いますけど、大賢者の言うことや世界賢者協会の発表なら、今までの実績から、かなりの信ぴょう性を感じてくれる人が多いのではないですか・・・」私、エーネは震えながら聞いた。そう、身体の震えが収まらない。
「一つは、これは本当は自分達で解かなくてはならない問題なの。それぞれの種族や勢力、またそれぞれの個人がきちんと向かい合って答えにたどり着かなくてはならない性質のものなのよ。そしてそれは本当は、出来る事なのよ。それと、あのね、エーネ。私達大賢者は未来の可能性をかなりの精度で知覚できるの。だって本当にそうなった世界にアクセスしに行くのですもの。それでね、今、これらのことを発表した後のこの世界を感じるとね。戦争が始まってしまうのよ。用意ができていないの。本当にこれらのことに向かい合うだけの用意が。それに知った途端、人型種族の集合意識も、うごめくわ。だってそこは約千年前からディストピア(死の理想郷)を選んだままなのですもの。知るということは、よくも悪くも責任を背負うことなのよ。知って知らないでは済まされないわ」。
「じゃあ、あの、昔はそうだった。今もその状態が続いているとして、私の先祖がそのレーヌというエルフだったとしましょう。でも、私はただの片田舎の隠れ里の一少女のエルフですよ。それ以上でもそれ以下でも無いです。そんな状況のレーヌが背負っていたというような命のきらめきや総意なんか背負っているはずが無いじゃないですか」。
「本当にそう思うの?言ったでしょ、本当はわかっているはずだって」。
「わかりません。本当にわかりません。わかりたくもありません。これらの事を知ったからには、耳をふさいで生きようとも思いません。それはそれで無責任で卑怯だと思いますから。でも、勘違いをされて期待をされても困ります。困るなんてもんじゃなく困ります。無理です。無茶苦茶です。私に対して何をどうしたいのかわかりませんけど。誰かと間違っています。間違いなく。もっとふさわしい者達がいるはずです。そんな器じゃないです私」。
「わー、まくしたてたわね。凄い勢いね。感心しちゃった。でもね、エーネ。私達大賢者が見間違うなんてことがあると本気で思っているの?言っちゃあ何だけど、化け物と言えば化け物よ、私達。自分で言っちゃったけど。とっても不本意だけど。じゃあ、約束通り私なりに誠意を持ってきちんと詳細に答えてあげるわ。でも「聞かない方がよかったのに~」とか後で言っても、可哀そうだけど後の祭りだから。その時はあきらめてね」。
そう言うと、エルフの女大賢者サリュートは、美しいそれは美しい微笑みを浮かべられた。
ああ、ここまでの麗人の微笑みって、凄みがあるなと感じながら、ああ、処刑が始まるって思っちゃいました・・・くすん。
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