第25話 ユートピア



「約千年前の魔道大戦最末期、あなたの先祖のエルフの少女だったレーヌは、死の灰降りしきる中、歩みを進めながらこう思ったそうよ。「何で、皆で殺し合わなきゃいけない。それぞれに父も母もいて、また父や母になりもしただろうに。子供を抱いたその手。未来に抱くであったろうその手を。奪い、奪われ、その先に何がある?皆こんなこと望んでいないはずなのに。何故?殺し合わなきゃいけない。おかしいよ。こんなことは、おかしいよ」と。ええ、まったくその通りよね。家族を皆殺されて、親しい者や自分を守ってくれた者も皆殺しにされた当時10歳のエルフ少女の実感の通りよ。でも、それでも当時の各種族、各勢力は殺し合い続けた。最後の最後まで」と、エルフの女大賢者サリュートは言葉を続けた。



 「この時、レーヌはまず万物の霊長たる人型種族の「他の種族や勢力は自分達に取って利用できるか出来ないかの価値しか持たず、利用出来ないのなら自分達を脅かすものとして滅する」という思いや「相手を殺さなきゃ自分達が殺される。すべては私達だけが勝利を収めてからだ」という思いに取りつかれて、最後の最後まで殺し合いをしていたのとは違う声をエルフの精神感応能力でつながり、拾っていたの。だってそれはレーヌの思いと全く一緒の思いだったから。それはおそらく、子供を殺された母親や、母親を殺された子供の声に始まり、それから拡大して連なっていくようなそんな思いの集大成だったことでしょう。そこで単に復讐を叫ぶのではなく「こんな殺し合いは根本からおかしい」と言う声。心の思い。「向こう側にいるのも同じ母や子であるはず。同じ命の尊さ、同じ尊厳を抱いている者同士のはずなのに。こんなことは全部間違っている」という思い。それは人型種族の集合意識にも反映される。でも、そちらの方が優勢なら、世界はこれから破滅する局面になってはいなかったでしょう。最初は欲に始まり、最後は恐怖からだったのかも知れない。向こう側にいる他の種族や勢力が、自分たちと同じ尊厳を持つものだという意識を失った時、破滅に至ることは必至だった。でも、こんな風にもう一つの声も確かにあったの」。



 「そしてそのもう一つの声を中核として、この世界の万物の霊長たる人型種族、身体なら脳にあたる部分以外の生命の「こんな形で終わりたくは無い。死に絶えたくは無い」という思いをも拾っていたわ。いわば心臓や胃や肺や骨や筋肉の声ね。そして、人型種族の「こんなことはおかしい。同じ尊厳を持つ命ではないか」というもう一つの声の認識は他の人型種族への同一視だけでは収まらなかった。そこまでの極限状況で人型種族だけではなく、今、共に滅びようとしている他の生命体達や、この星自身への命の同一視を心の底から感じていたの。ディストピア(死の理想郷)を選んでしまった人型種族の集合意識に対して、その「皆、同じ尊き命ではないか」という別の認識を持つ人型種族の者達の意識と他の生きとし生けるものの意識は共振し、レーヌという調和をつかさどるエルフの精神感応能力と、その存在そのものを通して、大賢者達の前に現れ訴えたのよ。「この殺し合う世界をどうにかして下さい大賢者」とね。それは生きとし生ける者達のもう一つの総意の声だった。だから大賢者は、その声を鏡に映して現実化し、すでに決定されて実行されていたディストピア(死の理想郷)にぎりぎり対応したの。時間猶予期限付きでね」。



 「今の時点で、約千年前のディストピア(死の理想郷)への人型種族の集合意識の同意は、解除もされずそのままよ。世界を見ればわかるでしょう。他の種族とでも、同族ですら、多くの勢力の本音では他の種族や勢力は自分達に取って利用できるか出来ないかの価値しか持っていないわ。そして利用出来ないのなら自分達を脅かすものとして滅するまで行くか行かないか位の認識よ。今の所、滅するまでは行き過ぎではないかという感覚が優位な所がまだましな所。でも、本格的に戦争や戦乱が始まってしまったら、そんな感覚も吹っ飛んでしまうのが世の常。同じ命への本当の尊厳を、上っ面の嘘の言葉で飾って己の権力拡大やエゴの肥大化や自己利益の獲得のための道具として使っているような連中ではなくて、本当に心の底からの実感として感じ、行動している者達は残念ながら少数派よ」。



 「ねえ、エーネ。エルフが今、他の種族に対して一番役に立っているのはおそらく「魔獣相手に人々の生活を守るための目くらまし」よね。エルフのもっとも得意技みたいに思われている「目くらまし」の本質は認識阻害よ。でもね、皮肉なんだけど「目くらまし」はむしろエルフ本来の能力を逆利用したようなものなのよ。エルフの本来の最大の能力は精神感応能力と遠距離想念相互伝達能力よ。それと調和調整能力。本当に皮肉なのだけど、それをまったく逆に作用さすと認識阻害になるわ。調和をつかさどるエルフは、本来は自然とも他の種族や生命体とも精神感応できるし、想念を伝え合うこともできる。調和調整の本質にいざなうことも出来る。でも、今のディストピア(死の理想郷)を選んだ者達に深く精神感応や想念伝達を行えば、たやすく精神汚染を引き起こし精神崩壊してしまうでしょう。ここ千年以上の日々、エルフはまったく本領を発揮できないでいる。魔道大戦が始まるかなり前からこの状態は続いているわ。だからほとんどのエルフは、そんな能力があることすら意識の底に封じ込めてしまった。それは無意識の内に身を守るためでもあった。私達エルフは、その種族の最大の特性をまったくといってよいほど発揮できないでいるし、発揮できる世の中でもなければ、他の種族や勢力との関係でも無いのよ。私達を狩る対象や利用できる対象と見なしているようでは、とてもとても」。



 「本当に世界中の種族や勢力が、心の底から本気で、違いを認め、違いを生かし、お互いを認め、お互いと共に生きようとしないかぎり、ディストピア(死の理想郷)は解除されない。人型種族の集合意識のほとんどが、そういう意識に切り変わらない限り、ディストピア(死の理想郷)はユートピア(理想郷)へと変換はされないわ」。



 「そもそもなぜこれだけ多くの人型種族がいるのかわかるエーネ?この違いが何を意味するのかわかる?先ほどから話している通り、私達の世界の万物の霊長たる人型種族とは身体でいう脳のようなもの。各種族とはその脳内の別々の役割を受け持つ部分のようなもの。それだけの広がりを持って初めて生命は豊かなものとなる。幅と奥行きと深みが出るの。集合意識としてもそうだし、そもそも脳の各部分が相互作用なしにまともな生命維持活動が出来ると思う?思考や意思決定や行動ができると思う?まともな生命体として存続できると思う?脳だけじゃない。その他の生命達、この例えでは心臓や胃や腸や肺や骨や筋肉らは、それらが無ければ生命体として存続できなくなるものなのよ。比喩ではなしによ。その豊かさを他の種族や勢力が、自分達の種族や勢力のために利用するための資源にしか見えなければ、進化なんかとても望めないし、生存すら望めないわ。なら、待っているのはディストピア(死の理想郷)しかないわ。ここまでで終わりという結末よ。等しく「死」に覆われるという平等性の中の終末。ここが終点というこの星の生態系の終わり方」。



 「常春の地に旅立ったエルフ達がどうなったかわかる?あのエルフ達はそれは美しい文明を作ったわ。調和をつかさどる部分がごっそり行って作った文明だもの。でもね、調和だけじゃダメなのよ。それは細く狭く奥行きもない文明であり、生命種であり、世界であり、進化系なの。遠からず行き詰まるわ。実際、千年の間に出生率がどんどん下がって行っているのよ。あと数百年もすれば、絶滅を危惧しなければならなくなるでしょう。魔族にほぼ同じ現象が起きているわ。魔族の出生率も低下の一途をたどっている。だって徹底的に他との交流の無い自分達の個別化された世界を作っているのだもの。世界や他の種族との呼応がほとんどない。健全な響き合いがないの。この世界の一員である自覚も薄く、責任も果たしていない。徹底した個別化と個人主義と欲望の追求は、自分さえよければ、自分こそが至高という子孫すら必要としないものになる。魔族の婚姻は恋愛要素は少なく怜悧な打算と能力至上主義に貫かれているわ。種族特性を加味しても行き過ぎよ。実は直感って本当に必要なものをすでに知っているという能力なのだけど、どの人型種族もその意味をあまり本当には自覚していないわ。もったいないことだけど。魔族の出生率を上げる方法なんて簡単なのだけどね。生き方を変えればよいだけなのに。一気に出生率は上昇するわ。でも魔族は未だ答えにたどり着けずに色々と遠回りをしているわ。今回のエルフ狩りもその辺の答えが得られないかの試行錯誤の一環だったみたいだけど。そんなことをやっている暇があったら、自分達を顧みろっていうのよね。本当に。常春の地のエルフも魔族もそれぞれ両極端な事をやって先細りの絶滅への道をひた走っているわ」。



 「さて、エーネ。前置きが長くなったけど、これらのことを理解した上で、あなたが何をやったかを話しあげるわね・・・」。






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