第26話 大賢者の正体



 あまりにショッキングな内容が多すぎて、まだ身体の震えが止まらない。



 そして、エルフの女大賢者サリュートの「あなたが何をやったかを話しあげるわね・・・」という言葉に。



 ああ、説明と言う名の死刑執行が来ると思いました。



 そしてここで語られたら、いや、多分、微にわたり細にわたり、私エーネが、あまたの命の願いを背負って来たと。命の総代状態だの何だの、完膚なきまでに刷り込まれて、ぐうの音も出ずに終わると感じました。



 多分、私の先祖だというレーヌの場合はこうだったけど、私エーネの場合はこうだったという説明がこれでもかとやって来るはず。そして私も妙に納得してしまうはず。それならば・・・先回りをして・・・。



 精神的打撃を出来るだけ軽減するために、もう先に降参することにしました。



 「ああ、もうよいです。命の総代でも何でも。認めます。降参します。「聞かなきゃよかったー」じゃなくてこれ以上傷を広げないために、聞かないという選択をします。先に教えてもらえませんか?どうしても疑問です。大賢者って何ですか?アカシャの記憶とは何ですか?。今までの話とどうつながるのですか?」。



 「おー、そうきたのね。賢い子ね。ふむふむ。ちょっと楽しみが減っちゃた気がするけど、わからないでもないから、この辺で許してあげるわね。うん、じゃあ、大賢者についてね。大賢者の説明として世に流布しているものに別に嘘は無いわ。でも、それから先の説明が省かれているものだとは言える。あのね、エーネ。考えたことは無い?「全てを知りたい」と。「世界の全て。宇宙の全て。時空間にまたがる全てを知りたい」と。子供がまず抱くような夢。あるいは世界の神秘を解き明かしたい真理の探究者が見る究極の夢。そんな夢をね、本当にかなえてしまった者達なのよ、私達大賢者はね。でも、それは思っていたのとはちょっと違っていたのよ。よく考えたら全てのつじつまは合っているのだけどね」と女大賢者のサリュート。



 「アカシャの記憶。宇宙の万物。時のはじめと終わり。すべての次元と空間の記録。「アカシャの記録」と呼ばれるその時空間のどこかに存在するという「記録」へ、何らかの形で少しでもアクセスしていると思われるものが「賢者」を超えて「大賢者」と呼ばれる。でも、そんな記録が保管されている場所なんてどこにもなかった。ある意味、当たり前よね。そんな記憶が保管されている場所があるとしたら、その記憶はどんな記憶のための媒体に記憶されているというの。無限の記憶をどうやって保管しているの。そもそも記憶の定義とは?そんな感じになってしまうでしょう?だから私達がたどり着いたのは、記憶の保管庫じゃあ無くて、宇宙の全てを生み出している場所そのものだった。そこにあったのは記憶では無くて、宇宙の森羅万象の本物。つまりね、この言い方は正確じゃないけど、神と神が創造を行っている現場にたどり着いてしまったのよ、私達は。それがアカシャの記憶と呼ばれたものの正体だった」。



 「本当は神とは言わない方がよいでしょう。神と言うとどうしても人格神のようなイメージを持ってしまう。いいえ。人格なんか無かった。そもそも「それ」は生命そのものだったのよ。ああ、でも私達が生命と思っているようなものでも無かった。宇宙の全てを作り出している仕組みも私達が思っていたようなものでは無かった。むしろ逆だったのよ。宇宙には「それ」しかいなかったの。ここで宇宙と言っているのは物質の世界だけを指してはいないわ。すべての多次元を含む、文字通り全て。何もかも。全てはね「それ」で出来ていたの。「次元」とか「法則」まで何もかもが「それ」で出来ていた。ううん、この言い方も正確では無い。こう言うと「それ」を分割して、なにか粘土のような材料としてこねて作っているようなイメージを抱かせてしまう。違うの。本当に「それ」だけが唯一の実在だったのよ。完全で完璧で唯一の生命そのものである「それ」が真理そのものであり、宇宙の実体そのものだったの。じゃあ、私達は何かと言うとね、「それ」しかいない中で「それ」が自分自身に錯覚か催眠術のようなものをかけて分離しているという幻の状態をわざと作って、それぞれ自他という区分を持たしたものなのよ。夢を決して見ない者が見ている夢のようなものなの私達は。そして私達も「それ」で出来ている以上、原理的にやろうと思えば「それ」に戻れるの。夢から覚めるみたいなものかもね。それをもしかしたら「愚かにも」と言えるのかも知れないけど、私達大賢者となった者達は選んでしまったの。目を覚ますことを。そうしたらどうなったかと言うと「それ」に還元されてしまったのよ。この世的に言うと突然消えてしまったわ。だって宇宙という幻を生み出して様々なドラマを生み出している大本の実体の方に戻ってしまったのですもの。大賢者になった者達のほとんどがね。戻ってはこなかったの。「それ」に還元されてしまったのよ。いなくなってしまったの。正確に言うと、大賢者になった者達では無いわね。大賢者とは、そこからぎりぎり戻って来た者達の総称だから」。



 「ねえ、エーネ。大賢者の定義を思い出してみて。「アカシャの記録」と呼ばれるその時空間のどこかに存在するという「記録」へ、何らかの形で少しでもアクセスしていると思われるものが「賢者」を超えて「大賢者」と呼ばれる。まったくその通り。嘘はどこにも無い。だって少し触れた者しか帰って来れなかったのですもの。完全に触れた者は誰も帰ってはこなかった。こんなことが実は起こっていたんだと、その帰還者達、つまり私達大賢者達の証言があって初めてわかった事だったから。そして大賢者達、帰還者達もやがては「それ」に還元されてしまう。ディストピア(死の理想郷)じゃないけど、期限付きなのよ、私達大賢者は。ぎりぎり帰って来ただけでは済まなかった。いわば、一度触れた者はもはや後戻りできない。日に日に「それ」の圧力が高まって行くのを感じるの。いつかはこの世界から消えてしまうわ。「それ」に還元されて。「死」とは違うの。「死」はこの世界では一番外側の媒体である物質の肉体という表現を捨てることを意味する。幽体とか霊体とか魂という表現があるように、また魔力や神聖力の目には見えない次元の実態があるように、他の次元での新たな体験と表現が始まるわ。でも、私達大賢者は違う。そういう相対性に満ちたドラマの現場すら全部飛び越えて、大本の「それ」に還元されてしまう。それを選んだのは私達よ。ちょっと思っていたのとは違ったけど。世界を知りたくて、世界の果てを目指して、限りなく先に進んで、星を一周したら実は元の場所に戻っちゃったみたいな面もある結末だったけど。そしてそれが怖いわけでも苦しいわけでも無い。逆に究極の喜びだとも言える。私達大賢者はね。もう個である薄皮一枚を被って何とかこの世界にしがみついているような状態なのよ。大賢者ってなんだか平等感がにじみ出ているでしょ。あれは理念とかパフォーマンスとかじゃないの。本当に生命の平等性を感じているから自然とそうなっちゃうのよ。私達大賢者は、他の物や他者を自分自身とも感じながら生きているの。エルフの精神感応能力を究極まで高めたような状態?という理解が近いかな。あなた達の究極の正体も「それ」だし、現実化を果たしているために使っている力の究極の正体も「それ」だから。「それ」に最も近い私達大賢者は全ての者、全ての出来事、全ての事柄の背後に究極の正体として「それ」を感じてしまう。それは一人のこの世を生きている個人としてちょっと困った状態でもあるのよ。私達大賢者はねエーネ。いわば期間限定の神々のようなものとも言えるわ。ただし、自由は効かない。私達はあまりにも「それ」に近づき過ぎてしまったの。「それ」はね。皆の究極の正体でもあるの。例えば、エーネ。こんなことも出来るのよ」。



 私エーネは、すっと右手を上げていた。それは本当に自然に自分の意志でやったことだった。今、私は自分で右手を上げようとして上げた。でも、おかしい。今、右手を上げる必要性は無い。



 「今、自分で右手を上げたでしょ。それはね。今、私サリュートがエーネになっていたのよ。エーネとして自分の右手を上げたの。これは洗脳とか催眠とか魔法とか、その他のどれでも無いのよ。本当に今、私はあなたエーネとして、右手を上げたの」。



 ああ、それが本当なら、エルフの女大賢者サリュートの言葉に嘘は無い。「言っちゃあ何だけど、化け物と言えば化け物よ、私達。自分で言っちゃったけど。とっても不本意だけど」と言っていたけど、もうそんな表現は、はるかに超えるじゃないか。誰が何をどうできるというのだこんな者達に対して。もう本当に化け物の中の化け物じゃないか。こんなの。とても失礼だけど・・・。



 「私達はね、この世界もある意味完璧であることを感じてしまうのよ。人型種族の集合意識が結果的にディストピア(死の理想郷)を選んでしまったのは、人型種族の大半が、殺し合いの果てに自分達だけが生き残ることを選んでしまったから。さっきから何度も言っている通り、その決断と実行は事実上の自滅の選択。それも究極的には「それ」が決断して「それ」が実行していると感じてしまうの。その人型種種族の集合意識の究極の正体も「それ」だから。そうするとね、そう表現している「それ」をね、原則邪魔出来ないのよ私達は。それを変える責任を背負っているのは、それをなしている者達だから。そしてその者達の究極の正体も「それ」。皮肉だけど、私達は行き過ぎて傍観者に近い立場になってしまったの。サイレンドル、おじさんが言っていたわ。「大賢者とは記憶の中にある別の世界のゲームのゲームマスターとか、あるいは運営の立場に近い原則中立者になる」と。あの話は何度聞いてもよく意味がわからなかったけど・・・彼はそんな風に大賢者をとらえていた。ルールを作り出している側に限りなく近づいた故にルールを破れない。それはそれで世界の破綻を招いてしまう。彼は「私達は純粋な意味でプレーヤーではなくなってしまった」と言っていたけど、この世界の物語の主人公ではなくなってしまうのよ、私達は。この世界を変える責任を背負っているのはあなた達の方なの。それを私達は私達になりに、ほんの少し手助けできるだけ」。



 「サイレンドル、おじさんの記憶にある別の世界にも何人かこちらの世界での大賢者に相当するような人々の記録があったらしいの。そのあるエピソードを話してくれたわ。あるその別の世界の大賢者と思われる者は、人々の病を奇跡的に治すこともあったというわ。この話だけだと神聖術みたいだけど、死者すら蘇らせていたというから、それは神聖術でも無理。大賢者なら可能は可能だわ。まずそんなことをする羽目には陥らないけど。それでね、たくさんの人々が病を治してくれることを期待してその人に群がっていたんですって。そうしたらね、その別の世界の大賢者と思われる者は「今、力が私を通して出て行った。誰かが私に触れたのだ」と言ったそうよ。周りの人々は「こんなにたくさんの人々があなたに触れているのに?」と疑問を呈すると、その別の世界の大賢者と思われる者は「いや、今誰かが私に触れたのだ。私を通して力が出て行ったのだから」と言葉を繰り返したそうよ。その時、その人に触れていたあまたの群衆の中で、ただ一人のある女性だけが、長い病を癒されて完治していたの。この話をね、私達大賢者はよくわかる。こんな感じなのよ。私達からするとね。その存在が存在を呼び、ふさわしきものがふさわしき所へ届けられる。鏡のようにその存在と願いを映し出し、私達は現実化をする。なぜそれをなしているのかもよくわからずにね。でも私達はそれがふさわしいものだと知っている。知っているのよ。そしてエーネ。あなたも私達がそう感じる存在の一人。世界への影響力を持ち、正しい見識を直感で持っている存在。心ある存在。私達はね。鏡映しに映すにふさわしい、あなた達のような者達を待っていたの」。



 「魔族がね、私達大賢者と魔道大戦後、しばらくすったもんだやっていた時期があったのよ。それ以降、連中は長きにわたって私達を監視したりしていたのだけど、連中の私達への見立ては「宇宙の法則の一部が顕現化したようなもの」なんですって。当たらずと言えども遠からずって所かしら。実際は宇宙の法則を通り越して、その奥の根源まで行ってしまったのだけどね。私達は」。



 「そして私達大賢者がこの世界にとどまり続けていられる期限は、その大賢者の心残りと関係しているの。個であることを絶えず侵食され続け、やがては「それ」に還元されてしまう私達は、その個であることの碇に心残りを使っているし、ある意味でその心残りを果たすためにこの世界に残っているとも言えるの。そしてその心残りは何故かその大賢者の紋章に現れていることが多いわ。私なら世界樹の紋章。四方八方に枝葉と根とを伸ばしたこの紋章は、エルフ全体の悲願を表しているとも言えるわ。エルフがいつの日にか、その本来の能力を発揮し、エルフがエルフらしく生きられる世界。同時にすべての者が自分らしく生きている世界。それらがつながっている世界。サイレンドル、おじさんなら、多分、全ての人が心から笑っていられる世界ね。それらの実現が私達がまだここに個としていられる支えとなっている。でも長くてもあと百年も持たないでしょう。私達は消えるわ。この世界から。そして世界のどこかでまた誰かが大賢者へと至っているでしょうね。もしかしたら私達を生み出すことさえ、世界は織り込み済みなのかも知れないわね。世界の安全装置兼最後の切り札として。でも本当の切り札は私達じゃあない。私達の元へ鏡映しに現実化を映しに来る者達。それにふさわしき存在を満たしている者達。本当の主人公達よ」。



 「エーネ。ちょっと見ていてね」。



 そう言うとエルフの女大賢者サリュートは、椅子の上で目を閉じて、まるで瞑想をしているかのような姿になった。



 女大賢者サリュートが光り出した。



 転移陣のような光では無い。



 あれはどこまで行っても魔法の現象の光だが、これは違う。



 まるで光り輝くモザイクのような粒子が飛び交い、女大賢者サリュートの身体が輝きながらぼやけだした。



 引き込まれるような、向こう側に宇宙そのものが待っているかのような。



 ものすごい光の奔流。



 意識が持っていかれる。すさまじ過ぎる



 そして私は「深淵」を見た。



 やがて光の奔流は収まって行き、女大賢者サリュートの身体もはっきり見えだし、粒子は消えて行った。



 後には、ただ普通に女大賢者サリュートが椅子の上に座っていた。



 やがて女大賢者サリュートが眼を開けると「ちょっと気を緩めるとすぐこうなってしまうのよ。これが私達大賢者の正体。あのままにしておいたら私は「それ」に還元されて、この世界から消えてしまう。エーネ、私がこれを同じ大賢者以外で明かしたのはあなたで三人目。まだそれだけの者にしか、私は語れなかった。ふさわしくない者の前ではしゃべりたくてもしゃべれなくなってしまうの。言葉が出てこないのよ。もちろん何かをすることも出来ない。多くの場合でね。でも、あなたはここに来る資格を持って現れた。それだけの存在を満たす者としてここに来た。さあ、エーネ。あなたはこのエルフの世界樹の女大賢者サリュートという鏡に何を写し出すの?何を現実化するの?決めてもらえるかな?」。



 そう言うと、女大賢者サリュートは、本当に美しい笑みを浮かべて微笑まれた。



 「ああ美しい」と思ってしまいました。



 ただのエルフの少女は・・・今ものすごい災難に合っています。



 誰か助けてくれよ・・・。






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