第27話 そして世界へ向けて



 エルフの女大賢者のサリュートに対して、私エーネが望んだことは本当に大したことでは無かった。



 こっちからしたら、いや、その程度の事以外の他に何があると言うのだ?という感じだ。



 当たり前じゃないか。



 未だに人違い感が甚だしい。が、間違えたのは大賢者達なので、それも再三「人違いです」と言い続けたのに、世界の秘密まで教え込まれる羽目になっちゃったのだから、もう知らん。



 この件の責任問題は当方は、関係ございません。



 とは言え、女大賢者サリュートの言葉では無いが、知っちゃったら知らないふりで生きて行くのもそれはそれで無理だと感じる。



 しょうがない。知った責任というものもあるのだろう。不本意な上にも不本意な事この上ないが、「未来計画書」の一部変更もやむを得まい。



 まず、私が死ぬときはレマールの里でと定めた。



 ひ孫くらいにまで囲まれて大往生を遂げてやる。



 邪魔されてたまるか!



 その上で今できること。



 まずは学ぶこと。私にはこれらの事に対処するノウハウが無さ過ぎる。



 そしてその後、実際に世の中に出て、対ディストピア的に少しでもまだましな世の中にすること。そのために行動すること以外に何が出来る。



 それに行動といったって、私ごときで何か特別なこととか、何か高度なこととか出来るわけ無いじゃないか。



 話を聞いていたら、本当に私ごときでどうにかなる問題じゃ無いし、もうこんな言い方も無責任かも知れないが、対ディストピア用のふさわしき人員達よ、世にあふれてくれ。後は頼む、私は後方支援にまわって、わら一本くらいの力にはなろう。



 なのでエルフの女大賢者のサリュートには、まず最低限でよいからこれらの事に対処できるだけの素地となる「学び」を受けたいと、しかる後、エルフに耐えられるとはあまり思わないが、例えば難民保護の現場とか、世界賢者協会がやっている活動とか(おそらく対ディストピア的な事を設立当初から続けているのだろうし)あるいは世界賢者協会じゃ無くても、どこかそれに類する所を紹介してもらえるとか出来ないだろうかと願ってみた。



 あんな・・・光りの奔流の中に輝きながら女大賢者様が消えて行く光景まで見せつけられて、その上で頼まなきゃならない事かこれ?



 ああ、何もかも間違っているよ。本当、私はただのエルフの一少女に過ぎないって。



 頼むよ、もう。



 拍子抜けという位のこんな内容を突き付けられたはずの女大賢者のサリュートは、その美しい瞳で私をじっと見つめ、しかし、焦点が私を素通しして、まるで遠くを見ているかのような目つきをしながら「ふんふん、ああ、そう、そう来るのか。えー、ああ、そう。そうなるの。うわっ、そこまで。えっ、本当に?ああ、そういうことか。なるほど。おー、凄いわね、これは感心するわ」とか、勝手に「ふんふん」とか「ほー」とか「えー」とか「なるほど」とかの独り言を一通り発した語、「わかったわ。エーネ」とまたあの涼やかなお声でお返事をされました。



 「じゃあ、世界賢者協会へ就職決定ね。私とサイレンドルからの推薦状は確定だから、試験も身元調査も何もいらないわ。今日からよろしくお願いできる?あとは集中研修ね。二年位で現場に立てるわ。現地採用の特別職とか以外では最年少になるでしょうけど、かまわないわね。役職や地位も特別枠を設けるわ。いかなる現場へも行けて、独立権を持つ本部直轄のやつね。私の直属って形でよいかな?」。



 謙遜なしに文字通りの末席に加えてくれと言っているのだ。また、さっそく話をややこしくしてくれますね、麗しの女大賢者様。軽く悲鳴をあげて私の発した「そんな特別枠とかはいらない」という願いはすべて却下された。「あなたに本当に必要になるから。逆に世界賢者協会という組織の官僚機構的な部分にすら足を引っ張られかねないわよ。それじゃあ意味が無いでしょう」とのこと。



 私は、本当に何を期待されているのだろう。もう勘弁してくれ。



 「だってね。ライオネルの持ち主っていうだけでも、官僚機構的命令の下でうまく行くと本気で思っているの?一般協会員は知らないわよライオネルの事」と言われたらぐうの音もでない面はあるにはある。確かにいざって時、特別扱いしてもらわないと、あいつの証拠隠滅すらままならない。



 そんなことにならないことを祈るが、目の前で虐殺が行われようとかしてたら、ライオネルを繰り出してでも止めるもんな。後が大変そうだが。



 ああ、一切かかわらない予定のライオネルも保険という意味では頼らざるを得ないか。



 うまくいかないもんだぜ。



 ディストピアの引き延ばしも限界に近く、各種族や勢力は衝突し出すとか言っていたもんな。



 難民保護とか紛争地域への和平交渉とか、多分、これから多発して来る。



 世界賢者協会ですら、何年かに一人は殉職者が出ているのだ。



 決してなめてかかれるような状況では無いだろう。



 気に食わないが、ライオネルの言った通りかも知れない。



 「私を保有しておいた方がよいでしょう。世界的な意味で」とか言っていたけど、当たっていた予言となったか。ありがたくないけどなぁ。ふぅ。



 ついでに思うのだが、おじさんやライオネルは私を性転換でもさせたいのだろうか?



 もう内心の声の口調が粗くなる一方だ。そしてそのまま外に口に出していることも多い。



 まずい。まずいぞ。私は女の子だ。男の子では無い。



 ああ、皆でよってたかって、もて遊びやがって。



 しかし、これもちょっと不思議なのだが、おじさんやライオネルは疑いも無く、私の心の中の「呪いのリスト」に載り、色々と思い返すだけでムカムカして来るのだが、女大賢者サリュートにはそういうものを、何故か一切感じない。美人特権か?同族のよしみか?ちょっと謎だが、麗人は最後まで優雅だな。



 ああ、そういえばあの日、最後に私は女大賢者のサリュートに抱きしめられたのだった。ふわっとよい匂いがした。身体がとても柔らかくて暖かいものに包まれた。そして言われたのだ「ありがとうね。エーネ」あれは何に対する「ありがとう」だったのだろう?謎だ。



 例の魔族の魔領ゲルフギアと人族のバンガルド公国の組んだエルフ狩りの国際社会での糾弾に関しては、凄いことになっていた。元より様々な手段でごまかしてくるだろう相手に、エルフの族長会議も世界賢者協会もそれぞれ用意を整え、手ぐすね引いて待っていたみたいだが、いや、しょっぱなから魔族が全面謝罪。なおかつ詳細な今回の経緯を話し、こちらの用意が何もいらなかった状態。さらにバンガルド公国側の今回の襲撃の責任者グラード将軍は、本国から「自分の独断でやったことだと証言せよ」と襲撃前から色々と用意されていた偽造の証拠まで示され、リハーサルまでして今度の場に及んだと証言し「真実だけを話す」と主張し、一貫して魔族側の証言と相違ないことを証言し続けた。バンガルド公国側からは「裏切者」との怒号も飛び交ったと言う。魔族が正直に自白し謝罪し賠償まで申し出るという今まで国際社会が一度も経験した事の無い事態に、新たな魔族の深慮遠謀な陰謀説までまことしやかに流れたが、里一つ丸ごとのエルフ狩りの実行というここ数百年でさすがに行われた事の無い事への暴挙に騒いでいた国際社会は、この魔族の観測史上初の行為を10倍以上の驚きと騒ぎを持って迎えた。さらに魔族側は、グラード将軍の身柄の安全の保障を国際社会に求め、魔族側が亡命含めて安全を確保してもよいというこちらも前代未聞の申し出までして来た。



 もう何がどうなっているの事態だが、こんな調子なので様々な事がトントン拍子に進み。やがて魔族側からエルフ側への不可侵条約を契約魔法で正式に結ぶまでの事態に発展した。



 で、結局、「レマールの奇跡」とか呼ばれちゃってるんだよ、これが。いや、よいことだよ。そこに異論は無い。しかし、釈然としない。うーん。何だこれ?



 まあ、果てしないであろう対ディストピア戦に、まずは一勝とでも考えてよいのかな?



 釈然としないけどね。



 それとライオネルのことは、世界賢者協会の徹底的な関係者一同への立ち回りで「無かったことに」かん口令が引かれたらしい。まあ、ろくなことは無いわな。軍事的側面一つ取っても。あんな巨大ゴーレムが暴れたって。しかも性能がけた違い。



 ただ各国情報部とかにはやはりバレ始めているみたいだが、世界賢者協会がとんでもないものを持っているらしいとかの話になっているみたいで、そこは頼むよ。



 間違ってもただのエルフの一少女が持っているなんて事がバレませんように。



 くそっ、おじさんめ。



 あの女大賢者サリュートの直属という話は、条件を付けさせてもらった。



 そんな文句言える身分じゃないと思ったけど、そこは譲れないものもあった。



 組織とか、運営とかはそれでよいけど、私自身はおじさん直属にしてくれと。



 いや、まだ感謝も罵詈雑言も伝えてないけどさ、それは無いよ。ここまで巻き添えにしてくれたなら、最後まで責任を取ってくれよ。



 女大賢者サリュートは笑いながら「わかった。わかったわ。面白いことになりそうね。サイレンドル、おじさんへの説得はこっちでやっておくから安心して」と言われたが、女大賢者サリュートとおじさんの力関係をかいま見た気がした。



 おじさんにはまだ会えていない。「もう少し先で」と言っていたそうだ。「何だそれ?」とちょっとムカッとするが、まあ、大賢者のすることだ意味はあるのだろう。納得はし切れないが・・・。



 女大賢者サリュートとは時々会っている。近況の報告を求められる。ついでに色々な話をしてくれる。関係性の印象だけなら頼りになるお姉さんという感じだが、近寄りがたい美しさや麗しさは相変わらず。それに・・・大賢者だし・・・。



 ああ、大賢者でさえなければなぁ・・・心の底から喜べたのに・・・こんな麗人と知り合いに慣れて・・・。



 お・ば・け・なんだもん、あの人達。



 どうしても心が休まらない点がある。



 うむ。



 私の胸には賢者のあの宿り木の紋章の入った首飾り。いや、私自身は賢者じゃ無いんだ。これは世界賢者協会員の協会員証の宿り木マーク。そして中央部分には、その組織の所属が描かれる。あの点と点と線の一筆書きの笑顔のマーク。国捨ての賢者サイレンドルの紋章。これは色も形も略称であることも、世界賢者協会のひよこちゃん達の持つ紋章。



 ちなみにおじさん直属は今まで一人もおらず、私が唯一だそうだ。やったね!



 一矢報いた気分。逃げれると思うなよ、おじさん。責任問題は地の果てまで追求してやるからな。



 実習も含めた研修を終えたら、まあ、難民保護とかの現場から始めようと思う。



 エルフでそんな部署や地域に展開している者はいないそうだ。すぐ精神崩壊や衰弱を起こしてしまうので。でも内勤や後方支援等ではとても優秀な種族なのだそうだ。



 さらに例の狩られてしまう問題もあるので、現場の最前線は実質的に避けられて来たとの事。



 無理も無いか。



 難民保護の現場とかで、そこでやはりエルフ特有の精神的繊細さが出て倒れなきゃよいけど。ダメなようだったら配置換えを願おう。



 こんなわがままな贅沢が許されてよいのかとも思うが、何故かすべてスルーされる。この特権は何だ?人違いだって、絶対に。もう知らんぞ。間違えたのはそっちだからな。



 そして・・・いや、来ちゃったよ。



 あの首筋の髪の毛の生え際の産毛がチリチリする現象の根源。



 サポートサブユニット。



 ああ、そう来たか。そうか。



 すげーよ、ライオネル。



 ここまで全ての予想を超えて来るか?



 お前やっぱりドラゴンスレーヤーならぬハートスレーヤーだわ。



 ハートブレーカーとか。メンタルクラッシャーとか。いくらでも称号を贈ろう。



 「はははっはははははっ」って、笑っちゃったよ。



 私の目の前には、人等身大のライオネルがいる。



 巨大ゴーレムじゃ無いんだよ、このサポートサブユニットとやら。



 本当に魔鋼で出来た鎧を着た大柄の人の魔法騎士ぐらいの代物が目の前にいる。



 これがライオネルのサポートサブユニットなんだと。



 色は薄っすらと青で、ちょっと普通に使われた魔法騎士の鎧みたいに所々汚れていたり、かすれていたりする。全部カモフラージュだそうだ。



 3頭身じゃないし、6等身ぐらい。本当に大柄の人が入っている位の大きさ。



 それでこれ中身がライオネルなのだ。



 正確にはライオネルはおじさんの隠し砦で待機中らしいが、量子通信技術の応用とやらで、ライオネル本体の思考結晶がこのサポートサブユニットの思考結晶と共鳴し、事実上、ライオネルが目の前にいるのと変わらないのだそうだ。会話もできる。



 まあ、この人等身大ライオネルであるサポートサブユニット。



 私の任務について来ると言う。



 護衛魔法騎士扱いだそうだ。まあ、色々情勢が変わっているとは言え、未だエルフの少女が辺境や難民保護の現場や紛争地等に行くなど、狩ってくれと言っているに等しい面も確かにある。ただでさえエルフは繊細だし。「もうこれは決定事項よ」と女大賢者サリュートより伝えられた。



 まあ、しょうがないか。背に腹はかえられない。



 心強いことは確かだ。ただ、また余計なことに巻き込んでくれそうな予感がプンプンする。かんべんしてくれよ。



 「ねえ、ライオネルさ」。



 『はい』。



 「ディストピア(死の理想郷)って止められるの?」。



 『現状のままでの予測では止められません。それと正確には止めるというより、人型種族の集合意識の合意をいかに変えられるかがポイントとなります。人々の意識を変えることが最重要となります』。



 「そうね。はぁ、参ったわ。狩られる立場のエルフが、世界を相手にね・・・」。



 『エーネ。それでも私はあなたに可能性を感じます。それを信じてもみたく思います。お供します』。



 「ああ、わかった。わかった。いずれにせよ、向かい合うという選択以外は存在しない。よろしく頼むわねライオネル。私のポンコツの戦友!」。




  これが二人の長い長い平和を求める旅路の始まりとなった・・・。





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