第23話 ディストピア



 ああ、言っちゃったなぁ。



 もう後には戻れないぞ。



 さあ、聞くだけ聞いて最善手を打つまで。



 ここは自分を信じる所だ。



 これで、もやもやも解消!



 ずれるだけずれたが、ここで強引に軌道修正をおこなって「穏やかな日常を一生過ごそう計画」の書かれた「未来設計図」を、今度こそわが手に取り戻すのだ。



 からくりが全部わかってしまえば、それに基づいて組み立て直しも出来るはず。



 うん。がんばれエーネ。私はやればできる子だ。そのはずなのだ。



 さあ、どんと来い!



 とか、甘い上にも甘い事を考えていたんだけど・・・そんなに甘い話はどこにも無かったよ・・・ふぅ。



 「何から話そうかしら。」と、エルフの女大賢者サリュート。



 「エーネ。あなたも知っている通り、この世界は様々な種族がいるわ。そしてこの世界の万物の霊長として人型種族がいる。人族、魔族、エルフ、ドワーフ、ドラゴニュート、獣人族、その他の人型種族が。ここまではよいわよね。そして約千年前の魔道大戦において、各人型種族は事実上、お互いに殺し合い、自分達の種族以外の種族をすべて絶滅させることこそが唯一の解決策という思いに取りつかれて、その実行に努めていたわ。そして最悪な結末を迎えようとしていたの。自分達の種族だけが生き残るということは決して無く、すべての種族が死に絶えるという結末を。被害は人型種族だけに収まらなかった。あの魔道大戦最末期に開発されていたそれぞれの最終魔道兵器とでもいうものの数々が発動されていたら、この世界の生きとし生けるもの全てが死に絶えていた事でしょう」。



 「このことは魔族が詳しいのだけど、事はもっと複雑でそして壊滅的だった。魔族は魔道大戦後、このことに自力で気が付き、しかも誠心誠意それらの消滅に勤しんでいたから、私達もそのまま手を付けず放っておいたわ。当時、魔族も人族もその他の人型種族も、世界そのものを破壊しかねない領域を犯すものを、それも複数、しかもそれぞれ原理が違うものの開発に手をかけ成功しかけていたわ。世界のすべて、星のすべて、生きとし生けるものを滅ぼすであろう魔法や魔道具を、自分達だけは生き残ると根拠も無いのに信じて開発していたの。そもそもそこまでの破壊をもたらすものと自覚もしていなかったのよ。そしてそこには恐ろしいからくりがあった。でも、そのからくりを仕込んだのも、実は自分自身達だったのよ。魔族達は総じてそれらを「自滅遺産」と名付けた。まあ、言いえて妙な命名だから、私達大賢者もそのまま使っている位よ。でも、魔族達がわかっていなかったのは「自滅遺産」は本当に残された「遺産」で過去のものでは無く、今のこの時代に似たようなものが再現される可能性はとても高いものだという事。なぜなら魔道大戦とは、本当は終結したのでは無く、巻き戻されて千年ほどの時間的猶予と立て直しの猶予を与えられただけで、必ずやまたその問題と直面して向かい合わねばならない性質のものであったから」。



 「ねえ、エーネ。あなたはどう思う?この星の生物の頂点。万物の霊長と自認する人型種族が、自分達の種族だけは生き残ると盲目的に信じて、他の種族を全て抹殺するための魔法や魔道具、最終魔道兵器等を作り、それを実行したらどうなると思う?」。



 「それは・・・サリュートのおっしゃる通り。全てが滅ぶと思います」。



 「そうよね。そんな当たり前の事をそれでも無視してしまうのが、こういう場合の狂気。でもね、そこにある真実はそれをはるかに超えるものなの」。



 「逆に問いましょうか?エーネ。生物とはなぜこれだけ多様なのだと思う?何故、こんなに色々な生き物が必要なのかしら。そして万物の霊長って何?私達のこの世界の人型種族の存在価値とは?他の生命と比べて何が違うのか?わかる?」。



 「それは・・・何となくこういうものだとは言えますが、突き詰めてしまえば、抽象論や認知論になってしまうのでは無いですか?人の数だけ答えはあるみたいな」。



 「半分正解。半分大間違い。ねえ、エーネ。むしろあなたの鋭い直感や感性で答えてみて。どう?」。



 「じゃあ、えーと・・・さみしいからだと思います。つまらないから。世界に色々な連中がいないと、世界が色あせて見えてしまうから」。



 「ああ、よい答えね。本当にあなたはここに来るにふさわしき者として来たのね。じゃあ、万物の霊長を自認する人型種族の意味は?」。



 「うーんと、半分は傲慢による思い違い。半分はまあ、世界をいじれるだけの力を持ったものの責任を負いながらそれをちゃんと果たそうとはしていない欠陥種族の事」。



 「ああ、なかなか皮肉も効いていてよいわね。まあ、言えているけど、ちょっとだけ惜しいかな。じゃあ、私のそして大賢者達のほぼ共通の認識を言ってみるね。エーネ。これは私達大賢者というものにも関係してくるのだけどね。万物の霊長たる人型種族っていうのはね「リミッター(制御・制御装置)の外れた(それが無い)生き物」のことなのよ。例えば、他の種族は本能というものを持っていて、それを逸脱したことはできないわ。例えば、自分が食事をする以上の獲物を殺したりは基本的にしない。空腹を満たすという目的を達してしまえば、もう狩りは必要無い。同族同士でも雄雌のより子孫を残す上で優秀なものを選別する目的以上の争いも殺し合いも無い。あとは飢えた状態でお互いが出会った時の獲物の取り合いの延長かしら。それに雄の雌をめぐる戦いとかでも過度な同族殺しは、自分の種族自体の勢力の低下を招くため、避けられるための仕組みが幾重にも刷り込まれているわ。本能にきちんと」。



 「でも、万物の霊長たる人型種族だけは違う。本能はもちろん持っているわ。でも、本能だけに縛られてはいない。本能を超えてしまう機能がちゃんとある。万物の霊長たる人型種族は、同族だろうが他の生物だろうが、際限なく殺そうと思えば殺すことも出来る。本能に縛られた他の生物では出来ないだろう全ての生物の殺戮の手段まで開発してしまい、それを実行することもできる。なぜなら、「リミッター(制御・制御装置)が外れた(それが無い)生き物」ということは、逆に言うと「無限の創造性を持っている生き物」ということだから」。



 「あのね、エーネ。私や他の大賢者はね、感じようと思えば、他の星や他の時空の生態系を感じることも出来るの。そうしてあまたのこの世界とは違う世界を見て来た。多くの星や他の時空の生態系では、人型種族とは限らないけれど、その星や生態系での万物の霊長のポジションの生き物がいたわ。他の世界でも結構採用されている方式なのよ。じゃあ、私達の世界の人型種族のような、他の世界でも多く採用されているこの万物の霊長のポジションって何かというと、身体でいう脳や神経系みたいなものなのよ。そして他の生命体が心臓や胃や腸や目や骨や筋肉を担当しているわ。そして脳が身体への命令役として、身体の行く方向とかを決めるように、万物の霊長のポジションの生命体は、その星の全ての生命体の行き先を決める責任を背負っているわ」。



 「そして私達の世界では、その万物の霊長のポジションの人型種族はさらに細分化されていた。例えばもっともオーソドックスで脳の基本形を占めた人族。調和と調整をつかさどる部分を受け持ち、他の脳の部分との緻密なネットワークを本来は形成していたエルフ。個性と個別化と欲望を受け持ち、主に脳の機能としてエルフとは逆の部分を受け持っていた魔族。こんな感じよ。そして、例えばだけど同じ脳の中の調和と調整を受け持つ部分と、個性と個別化と欲望を受け持つ部分が、お互いを滅してその機能を持った他の脳の部分を壊死させたとしても、起こることは脳のその部分だけが壊死することでは無いのよ。皆、最終的には連鎖的に脳が壊死し、心臓や胃や腸や骨や筋肉ごと、その生命体も死ぬわ。しかもこの次元だけで終わっている話では無いの。私達は本当にそれを感じるし、見ているの。生命体は全てつながっているし、その背後にあるのは、たった一つの命なのよ」。



 「魔道大戦最末期、各種族が開発した自分達の種族以外は全て消滅させるための魔法や魔法具等の最終魔道兵器開発とその実行は、人型種族の集合意識からすれば自滅や自殺のための合意だったわ。だからその反映としてこの世界の現実として、それらの魔法や魔法具等の最終魔道兵器は、自分達の種族以外は全て消滅させるためのものとして現実化はされずに、全ての生命を消滅させるものとして現実化されたの」。



 「そして約千年前の魔道大戦最末期というのは、進化のターニングポイントだった。それまでに何億年もかけてここまで来た進化の果てに、万物の霊長のポジションの人型種族を主体として、次の段階にこの星の生物と生態系は進化するはずだった。そこで、私達は、次の段階への統合と融和を果たせなかった。こういう場合、もう一つの統合と融和の仕方があるの。それはディストピア(死の理想郷)。等しく「死」が訪れるという平等性の中に統合と融和を果たす。命一つない死の大地がその成果。何億年もかけた生命のドラマの帰結。その生態系の意識の到達点。それをあの時点での万物の霊長のポジションの人型種族は事実上、総意で選んでいた。人型種族の集合意識がディストピア(死の理想郷)を選び切っていた。だって、最後まで殺し合っていたのですもの。それが「無限の創造性」の使い道だったのよ。信じられる?「無限の創造性」を殺し合った果てに、全てを滅ぼすことへの現実化に使ったの」。



 「その最後の最後の瞬間に、世界の命の総意として、もう一つの声を大賢者達に届けた者達がいた。「常春の地」に旅立たずに、この世界に最後まで残ったごくわずかのエルフ達。調和と調整をつかさどる部分を受け持ち、他の生命と緻密なネットワークを本来は形成していたはずのエルフの最後の生き残りである調和の担い手達が。エーネ、あなたの先祖のエルフの少女レーヌもその一人。あなたが今、背負って来たように、あまたの命の総代として、後に世界賢者協会、初代協会長となった人族の大賢者ダウレンの前に、瀕死の姿で現れたわ」。



 私エーネは・・・今、どれだけ想像を絶する壮大な話を聞いているのだろう?



 ああ、やっぱり、逃げられなかったか・・・何となくは、わかっていたんだけどね・・・。





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