第18話 衝撃の歴史の裏側



 魔族のギルの話は続いた。



 「我ら魔族以外の「自滅遺産」の消滅に勤しんでいた我らは、すでにそれが自然消滅に近い形で消去されつつあり、その手を下しているのがどうも大賢者達らしいという結論を得ました。そこで大賢者への意見が分かれました。「大賢者達もこの危険性に気付いて消去して歩いて回っているのだろう」というのが大方の意見。少数意見として「この「自滅遺産」の作成自体に大賢者が関わっていて、その実行に失敗した今、その証拠の隠滅にかかっているのではないか」という意見。後者は陰謀に慣れた我ら魔族を持ってしても「なぜ大賢者達が世界を滅ぼす側に回らねばならない?しかもすべての生命を滅亡させて?さらにあれだけの世界中のあらゆる種族や勢力の研究や開発に巧妙に裏から細工をしてか?そんなことが可能だったのか?」と疑問を感じざるを得ませんでした。何やら不気味ではありましたが、少なくとも「自滅遺産」の消去自体には異存が無く、やがて表面上、あの魔道大戦最末期の危険な研究開発品の数々は後継も含めて世界から跡形も無く消えて行きました」。



 「魔道大戦終了後、当時それでも様々な火種は各地でくすぶっており、特に魔族は人族を危険視していました。大戦の再戦はこりごりでしたが、主に人族の勢力を内々に削ぐことは魔族側から見た情勢から必定とされていました。幸いと言うべきか、魔族という共通の敵を当面は真正面から相手にしなくてもよくなった人族は、様々な国同士や利権関係のある集団同士で争いを始めていました。下地は十分に整っていたのです。それらに対して我ら魔族は直接魔族と人族が戦争になるような事態は避けつつも、内部工作を中心に人族同士の戦乱、また人族の視線が魔族以外への他種族への蔑視や搾取対象と見なすように努めました。ただし「自滅遺産」の問題もあります。希少種族相手といえども全面戦争になるような事態は避けるようなやり方で事をなしました。まあ、各種勢力を出来るだけ直接は手を下さずに削るやり方です。我らの得意分野でもあったでしょう。我ら魔族も魔族同士の権力争いは全種族の中でトップな位でしたが、「自滅遺産」の発見や、魔領すべてで国力が低下していたこと、魔族全体として、ただでさえ人口が少なく出生率が低い上に戦乱による魔族の大量死後とあっては、まさにここは主戦場を他の種族へと向ける所でした。魔王の首飾りの魔石の一つとして、魔族全体のための非常事態や重要項目には無条件協力をするという休戦協定の延長みたいな項目も形成されつつありました。それほどに「自滅遺産」の発見は我ら魔族に取って衝撃と脅威だったのです。この現象の正体がわかり切らないがゆえの戸惑いもありました。ともかく魔道大戦の再来につながる傾向のものは原則避けられました。そんな風に直接には手を下さずに人族を始めとする各種勢力を互いに争わせ、人口を削り、国力を削り、勢力範囲を削って行くと、我ら魔族が天敵かも知れないと一時は思いつめることになった対象がすっと前に出てきました。大賢者達です」。



 「当時の魔族の印象では、工作結果が多少のことでは出てこないが、魔道大戦時には劣るものの一定限度を超えた大量虐殺や行き過ぎた洗脳ともいえる行為。例えば別のある種族が奴隷と搾取への価値しかないという風潮を社会的に固定させようとする行為等になると、大賢者達の影がうろつき始めました。その後、起きたことは我ら魔族の口からは口が裂けても言いたくないような結果なのですが、惨敗でした。一度も勝てませんでした。殺し合いにすらなりませんでした。戦いにもなりませんでした。そもそも歯牙にすらかけられなかったというのが、実態だったのでしょう。魔族に取って気が狂わんばかりの理不尽で不条理で訳の分からない結果に追い込まれました。最終的に切れまくって選りすぐりの親衛隊を率いて、念入りに計画を練って大賢者を暗殺に行ったはよいものの精神的にズタボロになって帰って来たある魔領の領主たる魔王の言葉が残っています「我ら魔族の伝説にあるいつか現れ全てを統べるという大魔王は、既に存在していたのだ。しかもあんなに大量に・・・知りたくは無かった。知ってはならなかった。明日から我にどう生きろというのか・・・もはや魔族であるということに意味は無い」と。ですが、やがてこの表現ですらまったく大賢者達を言い表すには足りないということに我々は後に気が付きます」。



 「大賢者達とは何者なのか?我ら魔族の千年以上に渡る観察結果では、大賢者とは宇宙の法則の一部の具現化の様なものです。あれらは人の皮やエルフの皮やドワーフの皮や不本意ですが魔族の皮をかぶっている者もいますが、もはや人やエルフとは別種の生き物です。生き物と言う定義にすら収まるかどうか怪しい相手です。その大賢者が、あそこまで大賢者の紋章を掲げてエルフ狩りを力づくで止めたからには、そこにはそれだけの必然性があるはずです。大賢者がらみの出来事というのは、ほとんどのケースでそういう性格を持っています。もはや私も将軍もその当事者なのですよ。清算をしなければなりませんし、上手に読み解かなければなりません。ふさわしき落としどころに落とし込まねばならないのです。それが至上命題です」。



 「ギル殿。疑問がわく。そなたがそこまで言う大賢者を、ここまで引っ張り出すそんな事態だったと言うのなら、何故にエルフだったのかね?魔族に取って、今回のエルフ狩りの意味と必要性とは一体全体何だったのかね?」。



 ギルは初めて逡巡したような顔をした。ためらいつつも「よろしいでしょう。あなたとはすでに同じ船に乗った仲です。沈むかこの激流を乗り越えられるか、もはや一蓮托生です。絶対他言無用に願います。このことが漏れた場合、さすがにあなたの命は保証できません。ただ確かにこれは大賢者がらみの案件であり、しかも我ら魔族の事情も密接に関係している可能性もあるにはある事です。うまくいけばピンチをチャンスに変えられる可能性すらある。あなたにも賭けてみましょう。グラード将軍、私はその理由を知らないと言いましたし、ザン様も知らないとあなたに告げました。それは本当です。私達は我が魔領の魔王様から勅命を受けました。「エルフを狩れ、生きて精神も健常なエルフを大量に用意せよ」と。担当官が詳細を説明しましたが、そこにエルフを狩る理由も何を望んでいるかも言葉はありませんでした。しかし、それを読み取ったり、独自の情報網で察知していなければ、魔族の世界で上に上り詰めることなど出来ません。私のつかんだ情報はこうです。将軍、このことを漏らせば、いかな大賢者がらみであなたの保全を図ることが我らの使命の一部であろうとも、魔族はあなたに死を届ける可能性が高い。そのことを肝に銘じて下さい。今回の大賢者がらみの件では、あなたに洗脳も契約魔法も魔道奴隷具も使えない。だから自由意思のあるあなたの良識に期待するしか無くなります」。



 「将軍、我ら魔族の出生率の低さはご存知ですね。まさに人族の繁殖率の高さとは対照的です。人族は知らない事実なのですが、実は我ら魔族の出生率は低下の一途をたどり、現状では魔道大戦終了時の出生率の約二分の一以下に落ちています。しかもあらゆる手段で調べられましたが、原因がわかりません。数百年前からの魔族の総力を挙げた研究でも原因がわからないのです。ですから改めてエルフに目を付けました。エルフは奇妙な種族です。魔法保持力も魔法伝導率も魔族に勝るとも劣らない。体質的に似ているのです。ですが、両者はいくつかの面で、まるで正反対の種族です。すぐ精神崩壊を犯し、すぐ衰弱死し、自然との調和路線を歩むエルフ。個であることを突き詰め、魔王となるのが生きる意味、すべてを己のエゴの元に握り世界すら手に入れようというのが我らが魔族。エルフの出生率は、人族には劣るが魔族には勝るというものです。そして、出生率のさらなる低下などの現象はエルフには出ていません。エルフ自体の生態など、魔道大戦時前位には、ほぼすべて調べ終えています。それこそ解剖やら実験やら山ほど行って。ともかくエルフというのはすぐ死にます。へし折った花の様に長持ちしません。ただ、エルフはご存知の通り、その大半が魔道大戦時に次元移動の大魔法で「常春の地」に去ってしまいましたから、今は少数希少種族です。約千年経っても基本人口数が丸ごと抜けたのですから、人口の回復など遠い話で絶対数が少ないままです。絶滅危惧種ですらあります。ですので「自滅遺産」時の問題とかありますから、我ら魔族は基本的には魔道大戦後、エルフに手は出しませんでした。魔王と魔領の違いで多少のエルフ狩りがあったりはしましたが、我らの本質から考えれば、エルフにはノータッチに近い扱いだったのです。エルフ狩りを行っていた主体は人族の各勢力でした」。



 「ですが、今回の唐突なエルフ狩りは我らの出生率の謎の低下の加速に歯止めがかからない現象への対応のヒントや答えが、魔族と似た部分もあるエルフの生殖や繁殖システムから見つからないかを調べることを主目的としていたのでしょう。あなた方人族のバンガルド公国に手渡すはずだったエルフ達も生態調査という意味では期待されていた面があります。我々は情報収集には勤しんでいましたから。多数のエルフを生存可能な状態に置き、繁殖システムを観察し、我ら魔族とエルフとで何が違うのか、そこにヒントや答えは無いのか?おそらくそこに光明を見出そうとした計画の一環だったのでしょう」。



 「ですが、私達は大賢者に圧倒的な力でそれを止められた。そして清算を求められてもいます。しかもよりにもよってあの紋章は人族の国捨ての大賢者サイレンドルの紋章。もう早速、訳がわかりません。エルフの大賢者二人の内のどちらかの紋章だったらまだ話が分かりやすいのですが、人族のしかも国を捨てたと言われる大賢者。何故?どんな関りが?我々魔族から見たら、早速、あの大賢者特有の訳が分からないけど精神をズタボロにされる世界の入り口を私達はくぐった所です。被害の少ない内に完全撤退できるのか、これから戦略的撤退戦の始まりです。ぐずぐずしていたら悲鳴に次ぐ悲鳴が待っています。ともかく大賢者がらみのことでは、ほとんどで意味が無いことなどありません。必然が偶然の皮を被ってやって来ます。読み解かねばなりません。何が答えなのかを。正しい清算方法とその結果を。それを成さないといつまでも出られない迷宮に入り込んだようなものなのです」。



 「このことも告げておきましょう。「自滅遺産」を唯一、作ろうとはしなかった種族がいます。エルフです。これもあれほど、他の種族や勢力が必ず一つは「自滅遺産」を結果的に用意していた魔道大戦最末期の状況からすると、とても奇異でした。最大勢力であった魔族や人族はそれぞれ十以上も「自滅遺産」を作っていましたし。「まあ、あのエルフだから。ほぼすべてのエルフがこの世界そのものから大脱走してしまったし」で、片付けられて来ました。約千年後、異を唱えたのはザン様でした。ザン様は軍事や戦闘の専門家です。グラード将軍、種族や意味合いは違えど、あなたとは同職のような者です。ザン様はこれを戦術計画や戦略計画的視点から見たら「おかしい」と思ったそうです。エルフだけ例外になるとは思えない。だとすると、「エルフがこの世界からいなくなる」ということ自体がエルフの用意した「自滅遺産」だったのでは無いか?と感じたそうです。ただもしそうだったとしたらおかしな点も出てきます。何故「エルフがこの世界からいなくなる」ことで、世界が滅んでしまうのか。すべての生きとし生けるものが死に絶えてしまうのか。説明がつかないのです。それと、もしこのことが「自滅遺産」だったとしたら、他の「自滅遺産」が完成間近か、完成していても実働命令がまだ下っていなかったことで発動が抑えられたという事実からすると、エルフの場合「常春の地」へ渡らずに、この地に残ったごくわずかのエルフ達が「自滅遺産」の発動を防いだことになります。当時、そのエルフのごくわずかの生き残りも風前の灯の命でしたから、絶滅寸前という意味では最有力だったでしょう。あと少しでエルフの「自滅遺産」も発動していたのかも知れません。エルフが絶滅したその時に」。



 「まだあります。約千年前からの疑問です。逆に考えると、何故あれほど「自滅遺産」に囲まれながら、全種族は、この世界は、ぎりぎりで引き返してくることができたのか?我々魔族は総意として「自滅遺産」を徹底的に調べました。結論から言うと、あと一か月から三か月の間、戦乱が続けば「自滅遺産」のいずれかは発動していました。多分、複数で、最低でも三つ以上の「自滅遺産」が発動し、最悪なら三十を超える「自滅遺産」がほぼ同時に発動し、世界は終わっていたでしょう。あとには全ての死しか残らなかったでしょう。なぜそれがぎりぎりで止められたのか。世界の各種族、各勢力は、そんなぎりぎりのタイミングで殺し合いに疲れたと、住み分けを主な停戦ラインとする停戦そして終戦に持ち込めたのか?謎のままです」。



 「当然、あれほどの異常現象を見せつけられた我ら魔族は大賢者の関与を疑いました。何人かの大賢者に大胆にも聞きに行ったこともあります。何度も殺しに行った相手に聞きに行く我ら魔族も魔族ですが、大概、ただ微笑まれるだけで帰されました。ただ一人こう言われた魔族がいます。少年魔族だったそうです。「残念だけど、問うに値する存在が足りていないよ。本当に残念な事だけどね」と。今まで関わった全ての大賢者から我ら魔族が引き出せたのはここまでです。そして、もし大賢者の関与で破滅の淵から我ら生きとし生ける全てのものが立ち返って来ることができたのなら、もっと前にそうできなかったのかという疑問も浮かびます。さらに、そもそもあの「自滅遺産」のそろいもそろった異常ぶりは何なのか。正体は不明のままです。ちなみにこれらも大賢者達に問うてみたのですが、微笑みと沈黙で返されました」。



 「グラード将軍、覚えておいて下さい。私達魔族の約千年に渡る観察結果です。大賢者がこのような形で出てくる時は、世界規模での何か。世界的な危機やそれにつながる何か。あるいは世界のバランスが崩れている時の何か、そんな時にバランサーとしての必要性みたいな事例で、よく大賢者は絡んでくるのです。あなたは当事者です。もう当事者なのです。逃げられません。責務を果たして下さい。私達は歴史の歯車の一部にもう組み込まれてしまったのです。望むと望まざるとに関わらず。主な原因は自分達の愚かさで」。



 「光明もあり得ます。私達魔族はこの件で大賢者を引き当ててしまったということは、間違いなく私達魔族に取っては「出生率の異常な低下」の解決手段も手に入れられる可能性があることを意味します。しかし、それは正しい手順で正しい答えにたどり着かねば手に入らないものなのです。しかも我々はマイナスから始めてしまった。まずは謝罪と贖罪、そしてエルフにもそれ相応の代価を支払わねばなりますまい。我々はこの手の勝負では惨敗続きです。幸い、大賢者を殺しに行ったが失敗したという最悪の歴史の再演ではありません。しかし、エルフ狩りに行って大賢者から頭を叩かれたというのは、かなりのマイナススタートです。うまく理想的に事を運べば、我らは「出生率の異常な低下の解決策」を手にしてもはや大賢者の手を煩わす必要が無い所まで撤退ができるでしょう。分の悪い賭けですが、もはやベットはされてしまいました。あなた方人族も、おそらくバンガルド公国などと言う狭い枠内の話ではありますまい。正しい手順を踏めば何かを得るでしょう。今、一番必要な自分達では気が付いてもいないかも知れない何かを。大賢者がらみで偶然はありません。偶然の皮を被った必然だけです。宇宙の法則の一部を相手にしている様なものだということを忘れないで下さい。その上でご協力をいただきたい。まずは正直であること。誠心誠意、ありのままであること。大賢者の絡んだ案件で謀略や智謀は答えではありません。真実の中に答えはあります。必ず。今まで全てでそうでした」。



 ギルの言葉に、私は・・・もはや言葉も出なかった・・・。




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