第19話 世界が終りかけたある日の事



 ここは死の世界だ。



 生きているものは何もいない。



 灰が舞い、何もかもをモノトーンの世界へと覆い隠している。



 ここまでいけば、苦しみも無いというのだろうか。



 死の静寂だけがすべてを支配していた。



 聞こえる音が、自分の足音だけ。



 耳もあまり聞こえなくなって来た。



 歩く足からは血がにじむ。



 怪我が治らない。



 鼻血も止まらない。



 目もかすんできた。



 視界も狭まってきた。



 これでも、できうる限りの治癒魔法を自分にかけ続けている。



 死の影の方がどうしても強い。



 ああ、時間が無いな・・・。



 もうすぐ私もあの圧倒的な死に覆われて終わりか・・・。



 ここまで頑張ったけどな。



 私、頑張ったんだけどな。



 何で、皆で殺し合わなきゃいけない。



 それぞれに父も母もいて、また父や母になりもしただろうに。



 子供を抱いたその手。未来に抱くであったろうその手を。



 奪い、奪われ、その先に何がある?



 父も母もとうに殺された。



 兄は私を連れ立って旅だったこの旅の途中で命を失った。



 この使節団の団長だった人は、最後に私をかばって死んだ。



 私に当たるはずだった攻勢魔法式の呪詛を、私に覆いかぶさって身代わりになって呪いを受けた。



 ドロドロに溶けて亡くなる前に、「生きなさい」と言われた。



 だから・・・私は精神崩壊することも許されなかった。



 死ぬことも許されなかった。



 ちょっとずるいと思う。



 皆、こんなこと望んでいないはずなのに。



 何故?



 殺し合わなきゃいけない。



 おかしいよ。



 こんなことは、おかしいよ。



 エルフの使節団の団長が、目指したその場所へ。



 もう、その地はすでにどこかの勢力が放った攻撃で、灰塵舞う死の荒野になっていたけど。



 もう他の何かの目的地を知らないのだもの。



 せめて終わりの日が来るのなら、どうしても兄と離れたくないと、わがままを押し通して、使節団の一員だった兄についていった。



 最初は反対した大人達も、いずれは滅ぶのもわかり切っていたし、おそらく戻らないだろう兄、この中継地点のエルフの隠れ里のレマールで一人で死ぬであろう私のことを思いやり、黙認という形で使節団との同行を許された。



 大賢者への使節団。



 この大戦争を行っている各種族、各種勢力への様々な折衝や和解の申し出はすべて、葬り去られた。



 最後に残った項目は大賢者達。



 今までも接触はあったけど、ただ傍観するばかりに見えた大賢者達。



 私達エルフの大賢者でさえ、悲しい色をその瞳にたたえながらも、悲しげに首を横に振るばかりだった。



 もう残っている訪問可能で、可能性の扉になりうる項目は大賢者くらい。



 ほとんどすべてのエルフが次元移動の大魔法で「常春の地」に旅立ってしまった。



 残ったごく少数の私達は、最後の可能性にかけていた。



 兄もその一人。私に「常春の地」に皆と付いて行けと説得されたけど、断固拒否。



 それに・・・一人のエルフとしても、私は残留組に残るよ。



 逃げるのも自由だけど、私は嫌。最後まであきらめたくない。



 この世界が殺し合いの果てにしか、答えの無い世界だなんて。



 認めたくは無い。



 でも、その兄はすでに亡く、団長も私の身代わりで死んだ。使節団は皆、死んでしまった。



 皮肉だな・・・正式な使節団員では無かった私が、生き残った最後の使節だ。



 最後の使節になってしまった。



 もういるはずも無い人がいるその場所へ向かう。



 この地に住まう大賢者。



 他の使節団はどうなっただろう?



 世界中が殺し合っているのだもの。



 誰か一人でも、他の大賢者に会えたのかしら?



 私は無理だったみたいだから、せめて誰かが大賢者に出会えるくらいは、かなえてくれていたらうれしいな。



 もう漠然とした区画しかわからず、灰に全てを覆われた角地を曲がった時だった。



 何だかぼんやり輝いている人が、灰の積もった瓦礫の上に腰かけていた。



 ああ、あなたが兄達の探していた目的の人だったらうれしいな。



 最後に会えたと兄や団長さんや使節団の人達に胸を張って言える。



 こんな悲惨な結果だけど、残ってよかったよ。



 どこかの天国のような世界に自分達だけで逃げ込むよりは、私達はこの地獄のような世界で、最後まですべてが何とかならないかと頑張って、ここまで生き抜いたのだもの。



 結果が残念過ぎるけど。



 ここまではやり遂げた。



 もう私の命も残り少ない。



 最後の仕事だ・・・。



 「エルフの子供?女の子?この死の灰の中を?どうして・・・」。



 その黒い髪、茶色い光彩、何だかぼんやりと輝いている人族の男性は、ちょっと驚いているようだった。



 「ごめんなさい。もうしゃべるのもきついんです。エルフの使節団です。付いて来た子供でしたけど、もう私以外は皆、死にました。使節団があなたに何を伝えたかったのかもよくわかりません。でも、人族の大賢者ダウレン様ですね。世界中が戦争をしている中、平和と和平の使者としてここにまいりました」。



 私は頭を下げて礼をした。血が地面に滴り落ちた。



 「何を頼んでもよいのかもわかりません。どうしたらよいのかもわかりません。でも、私はここに来ました。兄や使節団があなたを探していたので。私ももうすぐ死にます。だから・・・最後のお願いです。この殺し合う世界をどうにかして下さい大賢者」。



 言った。



 無茶な要求だとはわかっている。



 そもそもどうにかなんて出来るはずが無い。



 でも、この叫びは本当だと思うな。



 大賢者にすべてを背負わせるなんて卑怯なのだけど。



 この世界をここまでにしたのも大賢者じゃないのだし。



 それぞれの当事者が背負うのが当たり前だけれども。



 背負うべき者達が全員殺し合っているし。



 やつ当たりに近いのかも知れないけれど。



 もうやつ当たり出来る相手も大賢者くらいだったんだよ。



 誰も耳すら貸してくれないのだもの。



 ごめんなさい。



 これは、私のわがままです。



 でも、もう最後だから大目に見て下さい。



 世界をどうにかできるはずも無いけれども。



 最後まで頑張ったんです。私達は・・・。



 「ああ、そうか・・・そういうことか。あなたが世界からの使者なのか。生きとし生けるものからの使者なのか。これが真の総意なのか」。



 大賢者は、両膝を折ってかがみ、私の目を覗き込んだ。



 「名前は?」。



 「レーヌ。兄の名はルーテ、団長さんはセリンと言いました」。



 「それではレーヌ。ここは私の故郷だったのだけど、戦争で皆、亡くなってしまったよ。世界は死を選んだのだと思った。ここで世界の最後の日を一緒に見守っているつもりだった。私達大賢者は鏡のような存在だ。あなた方が殺し合いを選び切ったら、私達は止められない。集団自殺を選び切っても、止めることは出来ない。でも、調和の申し子よ、調和の担い手としてあなたが届けた真の声が、生きとし生けるものの総意として届けられた声なのなら、私達は真実を映し出す鏡としてそれを映し出さねばならない」。



 そう言うと大賢者は私の肩に手を置いた。



 死が逃げて行くのがわかった・・・。



 血が止まり、フラフラだった身体は命を吹き返した。



 傷が治っていく。



 もう苦痛もけだるさも無い。



 視界もはっきりした。



 私自身もぼんやり輝いていた。



 その輝きが収まる気配は無い。



 「行こう」と大賢者。



 「どこへ?」と私。



 「まずは「死」を「殺し」に行く。世界中の各種族がそれぞれ作り上げた世界中の生命を滅ぼす兵器やなんかが発動寸前だ。人型種族の集合意識がもう集団死を選んでいた。その反映としてそれらが現実化していた。でも、あなた方はもう一つの声を届けて来た。生きとし生けるもの達の総意を。私達はそれに応じなければならない」。



 そう言うと、人族の大賢者ダウレン様は空を見上げた。



 死の灰の舞い降りる空を。



 「レーヌ、世界中の大賢者達に使者を送ったの?」。



 「そのはずです。もう私達に最後まで出来ることは、それくらいしか無かったので」。



 「それが生命の真の声なら、すべての大賢者達に届いているはず。実際、そう感じるよ。ここから先は私達の仕事だ。千年は時をかせいでみせよう。その間に用意を整えて、またこの試練にあなた達は向かい合うことになるだろう。分かり合えるかどうかの試練に。今回、ディストピア(死の理想郷)という形でしか、統合も融和も出来ない結果寸前まで行ったけど、今度こそ、分かり合い響き合い進化の担い手としてユートピア(理想郷)という形での統合や融和を築くことができるのかどうか。レーヌ、よくやったね。一人のこの世界で生きる者として、あなたに限りの無い感謝を。ありがとう」。



 大賢者の目から涙が一筋、流れていた。



 私もいつの間にか、泣いていた。泣きじゃくっていた。



 ああ、世界をもし本当に救えたのなら・・・私はこの世界に残ってよかったよ、兄さん。






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