第17話 穏やかな日常を一生過ごそう計画の破綻



 私、レマールの里のエルフの少女エーネの波風一つたたずに鏡のようなたたずまいの水面のごとく穏やかな日常を一生過ごそう計画は、すでに破綻へと向けて歩み出しているかのようだった。



 ライオネルは、私に腕輪を左右二つ分、指輪を二つ、首飾りに髪飾り、髪留めの紐までスーッと宙に浮くトレイに乗せて運んで来て、身に付けておけと言う。



 『すべて魔道具です。あなたの身を守るでしょう。エルフの細工物風に加工してあります』。



 おい、ライオネル。お前は女の子というものをわかっているのか?



 さっきまで魔砲の魔弾の着弾音に気が動転して逃げ惑っていたはずのレマールの里のエルフの少女の私が、しれっと同じような状況にいた皆と合流した時、朝見た時は身に着けていなかったはずのしかも見慣れないアクセサリーを身に着けているとどうなるかというとだな。



 無茶苦茶、怪しまれる。



 一番好意的で軽い解釈で「隠れてあい引き中に彼氏にもらったの?。相手は誰?。白状しなさい」。



 これで一番ライトコース。



 一番ディープコースだと。



 「何故この隠れ里に攻めて来た?誰か手引きをしたのか?エーネ、見慣れぬ装飾品をどっさり身に着けているが、まさか言葉巧みに誰かに騙されて手引きをしたのではあるまいな!」と追及の嵐。



 いや、私の想像の及ばないもっとハードなコースもあるのかも知れない。



 おい、ポンコツ。お前そういう所がポンコツなんだよ。ライオネル。



 「嫌、里の人に怪しまれる」と切って捨てる。



 『少なくとも持って行って下さい。万が一ということもあります』。



 隠して持っていく分には、まあいいか。後で家族には大賢者のおじさんが残して置いてくれたらしい。困ったら開けろと言われた箱の中に入っていた。緊急事態なので開けたら、こんなのが入っていた。何かの足しになればと女の子に送るものを置いていったのかもしれない。とかなんとかで押し通そう。で、本当に万が一いざって時があったら「わー、魔道具だったんだこれ!」うん。これだ。決定。



 そもそも私には普通の生活がこれから待っているんだ。確かにレマールの里はエルフ狩りに襲われたが、私はたまたま村の奥の湖の側にいて気が動転して逃げ惑っていた、ただのエルフの可憐な少女(そういえばあの湖、正式名称はレーヌ湖って言うんだよな。エルフの女性名なんだけど、由来は聞かないな。昔から里人からそう呼ばれているだけ。誰か昔の人がエルフの思い人の女性の名でも付けたのかな?)。



 後はエルフの族長会議でも、世界賢者協会員でも、レマールの里の大人のエルフ達でも、誰でもよいから大人達が責任を持って、後始末の方をつけてくれたまえ。



 そんな一般大衆の一少女の私に、万が一なんてあるはず無いじゃないか。何を言っているのだねライオネル。



 あー、それにしても私は頑張りましたよ。きっと一生分頑張りましたよ。



 「何を頑張ったのだ?」とか聞かれるとつらいけどさ、何だかんだで凄かったのはおじさんとライオネルだけどさ。私がいなかったら多分、レマールの里は終わりだっただろうし、その分だけでも言わしてくれよ。そして何より、ポンコツの権化のライオネルの相手をしただけで精神をすり減らし切ったんだからさ、もう敢闘賞もよい所だよ。



 自分で自分を褒めてあげたい。



 エーネ、あなたは頑張りました。もうよいです。平穏な日常に戻りましょう。



 「よーし、ライオネル。人目につかない所で下ろして。あなたはあの転移魔法陣が使えるなら、おじさんの隠れ砦とやらに転移して帰って、おじさんや世界賢者協会に連絡。出来ればエルフの族長会議にも。それでまあ、あなたが言っていた『大賢者を表だって巻き添えにすればすべて丸く収まる』というやつを具現化して来てよ」。



 『いささか言動のニュアンスが違う気もしますが、各種関係者への連絡は必要でしょう。了解しました。索敵の結果、残党もいないようです。取り合えず今回は引き揚げます。また会いましょうエーネ』。



 いや、または無い。ずっとその隠し砦とやらで、永久に待ち続けておくれ。今すぐにでも所有権をおじさんに帰すのが吉。お前もその方が都合がよいのでは無いか?いつまで経っても呼び出しの無い主を永久に待つことになるぞ。



 そしてライオネルは私を下ろした後、ド派手に青白く光って消えた。



 てっきり湖に行くのかと思ったら(あの湖を囲む石碑三つが転移魔法陣だよね。あんな小型のものを見たことも聞いたことも無いけれど)その場でド派手に光って消えやがった。



 あんな大きさのヤツが・・・。



 いや、嫌な予感がガンガンするのだが、無視、無視、私は何も見なかったし、何も気付かなかった。



 転移魔方陣と転移用魔道具が双方に無しに、転移可能な魔法とか無いはずだ。



 いつでもどこにでも転移可能な何かなんてあるはずが無い。



 そんなのこの世界の魔法文明の基盤が揺らいでしまうじゃないか。



 無い。無いものは無いのだ。無い。無いったら無い。



 よーし、これで世の中すべて安泰。私の未来も安泰。もう休もう・・・疲れたよ・・・。




 そして翌日。



 例のおじさんの置いた湖の一番手前の石碑がビカッと光って。 



 さっそくエルフ族長会議配下のエルフ達も、世界賢者協会の構成員達も(こちらも状況を鑑みてかエルフが多い)転移してやって来ました。



 世界賢者協会の(賢者の宿り木の紋章を首からぶら下げている)構成員、しかもこのエルフの青年、賢者だ。まだ若い方なのにすごいな。子供の頃から超優秀だったのだろうな。これで大魔導士兼大聖者クラスか(他の系統の兼務かも知れないけど、エルフだから特に)ご苦労様です。



 後はよろしくお願いします。



 そうしたらこの青年賢者、スタスタと私の前に歩いて来て開口一番。



 「あなたが国捨ての大賢者サイレンドルに、エルフ狩りが未来にあることを予見して「もしこの里がエルフ狩りに合う時があったら出来る限りでよいから助けて欲しい」と願い、今回のことを引き起こした張本人のレマールのエーネか。話は聞いているよ。私は見ての通りエルフの賢者のトリューテ。世界賢者協会のものだ。早速で悪いが、色々経緯を聞きたいのだが」。



 一瞬で、すべてが打ち砕かれました。



 うわー!おじさん、私を売ったな!



 信じていたのに!



 ひどい!



 くっそー、おじさんに生贄になってもらって、すべてを丸く収めよう計画が!!



 おじさんから生贄返しを食らうとは!!!



 ちっ。



 この自分でも訳の分からないごたごたを、どこまでどうしゃべれと言うのだ。



 しれっと里人に溶け込んで「穏やかな日常を一生過ごそう計画」以外は見向きもしなかったから、ライオネルとも何の打ち合わせもしていないぞ。



 ので、ライオネルの腹の中にいましたとかは、間違っても口にせず「突然、おじさんの置いた湖を囲む三つの石碑が光って、あの巨人?巨大ゴーレム?が現れて、すべてを片付けて行きました」云々で押し通した。



 さすが賢者様なのか、ちょっと含み笑いをしながら(どこまで何を知っているのだこやつは。私の予想ではおじさんは余計な事はしゃべっていないはず。ここはまあまあで済ましておいた方が無難だろう)大体うなずいて聞いてくれて、ついに放免。



 ただ・・・「じゃあ、今回の出来事の一番の当事者として、エルフの族長会議へのオブザーバーとしての参加と世界賢者協会のエルフの大賢者との面談は避けて通れないから。よろしくお願いね」と言われてしまいました。



 終わった・・・私の平穏な日常が・・・微塵も無く・・・。



 パンパカパーン!



 おじさん。



 朗報があります。



 この度、めでたくエルフにあるまじき私の心の中の呪いのリストの筆頭に、ライオネルをぶっち切りで抜いて、おじさんの名が燦然と輝くこととなりました。



 この度、名誉永久筆頭にも認定いたします。



 十分に、十分に、十分に、私に呪われて下さいませ。



 ええ、エルフの少女の底知れぬ恨みを知れ!



 このポンコツ共!!!





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