第2話 隠れ里への襲撃
魔砲による砲撃音に着弾音が連続して響き渡る中、私、レマールの隠れ里のエルフ、エーネは湖に向かって走っていた。
息が苦しい。でも急がなきゃ。まだ砲撃音も着弾音も遠いけど、やがてこの隠れ里まで到達するだろう。ハアハア言いながら足もガクガクになりながらも、やっと湖のほとりにたどり着いた。
湖を囲うように立った三つの石碑の内、湖に続く小道を抜けた所にある一番手前の石碑に手を添える。
きっとあの大賢者のおじさんなら、何かを考えてくれたはず。
それが何なのかは見当もつかないけど・・・。
きっときっと約束を果たしてくれるはず。
その一念で。
それでも心の内では揺れた。この石碑は実は張りぼてなんじゃないか。あれは無理を言う私に対して、子供相手に納得してもらうための方便だったんじゃないか。
あるいはおじさんが何かを残してくれていったとしても、この状況をどうにかなど出来るはずも無く、無いよりはましだけどという名目だけのものを何か残していっただけなんじゃないか(もしそうだったとしてもそれはそれでしょうがないし恨みもしないけど)。
それに大体、たった一日で何ができるだろう?。あのおじさんと別れた日の昼下がりから翌日の朝までの間にこの石碑は立っていた。
実質一日も無かっただろう半日ぐらいの間で、いかに大賢者といえども何を出来たのだろう。何を残していけたのだろう。
それでも・・・もうこの状況で私が頼れたのは、あのおじさんとのやり取りと約束だけだった。
私は石碑に向かって叫んだ「おじさん、エルフ狩りが来たよ。今、魔砲の砲撃を受けているよ。だからお願い、あの時の約束。私達をできうる限り助けて」。
私が叫ぶと同時に石碑が青白く光った。私は思わず後ずさりしてしまった。
湖を見渡すと同じように湖を囲う石碑が全部青白く光っていた。
その後に起こったことは何もかも、本当にありとあらゆる意味で何もかもが私の予想を超えていた。
湖面一帯に幕が張ったような青白い光が満ち、その光る湖面から何かが浮上してきた。
これは・・・湖の中から浮上しているんじゃない。えっ、もしかして転移魔法?でもこんな巨大な?あり得ない。聞いたことが無い。そんな、こんなことってあり得るの・・・。
湖面上に設置された光り輝く転移境界面からせり上がってくるもので最初に見えて来たのは何か青く光る金属で出来た巨大な亀の甲羅のようなものだった。それがさらに光りながらせり上がってくると今度は巨大すぎるほど巨大な青く光る騎士の鎧の兜みたいなものに私には見えた。
そして・・・目が合っちゃった。
目だ。目があるよ。こいつ。生き物の目じゃないけどこれは目だ。
ガラス細工か宝石で出来ているかのような所々チカチカ光っている巨大な目だ。
えっ、でも目。目なの。この大きさでこの位置に目?てことは・・・。
湖面一杯に広がった転移陣を使ってそれは転移境界面からどんどんせり上がってきた。
亀から兜のように見えていたものは本体じゃなかった。まだそれは止まらなかった。
肩が見えて、胸が見えて、腕が見えて、腹が見えて、太ももが見えて、足が見えて、つま先が見えた時・・・私は信じられない大きさの金属っぽい輝きをした青色の巨人を見上げていた。
首が痛いよ。
何だこれ?
いや、顔というか兜みたいなのに一応、手とか足とか付いているから巨人みたいに感じるけど、色んな所が突っ込んでも突っ込み切れないほどオカシイ。
これはゴーレムなのかな?
私の知っている限りで近いものをあげるならゴーレムだろう。のはずなんだけど。
ゴーレムって確か人と同じくらいの大きさが基本だよね。
一番大きいものでも人の五倍くらいの大きさだったよね。
レマールの里には無いし、エルフは基本的にゴーレムを使わないし。
あれは人族が主に使うけど、どちらかというと、とてもマイナーな魔法存在だよね。
コントロールが難しいことで有名で、外部から施術者の簡単な命令に従うことができるのが関の山で、歴史上たった一人、伝説のゴーレム使いが卓越した存在として実在しただけで、その人の作った人型ゴーレムが表情の無い愚鈍な人と間違われたくらいで色々命令されたことをこなしたという話だよね。
材料も魔石を始め、魔力をしみ込ませた粘土とか色々使って作るし、確か魔鋼を使った騎士型ゴーレムを試作することもいくつかの国で試みられたけど、まともに実働に耐えられる物は作れなかったと聞いているし。
この見上げなければ顔も見れないこいつは何だ?
高さは・・・湖の周りの木々が大体100フィッルテくらいの高さ(約30メートル)その倍はあるから200フィッルテ(約60メートル)くらいの全長はあるよね。
それにフォルムがとてもオカシイ。
何というか近いものをあげるなら騎士の鎧かドラゴンなんだけど、どっちとも違う。
強いて言うなら騎士の鎧、全身甲冑とドラゴンを足して2で割って、それをタテにぐっと8等身を3頭身ぐらいに圧縮して、さらに色々あっちこっちいじったらこんな感じ?
いや、ちょっと違う。これは直感だ。これ何か混ざってる。私の知らないこの世界にあるかどうかもわからない何かが混ざっている。
絶対に何かヤバイものが混ざってる。混ぜちゃいけないものが混ざっている。それが何なのかわからないけどわかる。これはとてもヤバイものだ。
その深い青色の全身甲冑鎧風の何かは転移境界面から全身を表すとそのまま前にスーッと浮遊してきた。私の目の前に迫ってくる。
これ、浮遊魔法を使っているみたいだけど、こんな巨大なものを浮遊して移動さすって聞いたことも無い。
何もかもがケタが違う。
もう頭がパニックだった。
ズーンと地響きが響いた。遠くに聞こえる魔砲の砲撃音、その着弾音と微細な揺れがオモチャに思えるほどの地響き。
地震でもここまで揺れたのを感じたことは無い。
圧倒的質量の着地。
そしたらこの巨大ゴーレム。ゴーレムでよいんだよね。多分。
なんと私の前で片膝を曲げてひざまずいた。
ちょっと不覚にもおじさんを思い出してしまった。
何だパフォーマンスなのか?もうなにもかも訳が分からない。そんな中。
パカッと巨大ゴーレムの腹が突然開いた。
まず上下に開き、その中がまた複雑な動きで開いた。
椅子なのかな? あれは椅子なのかな。暗い奥の方にクッション性の高そうなくぼみが何だか椅子っぽい形状で待ち構えている。
カシャカシャと音を立てて折りたたみ式の階段が下りてきた。
『お乗りください。マスター・エーネ』大音声が響いた。
開いた口がふさがらなかった。
しゃべったよ。しゃべったよこいつ。しゃべりやがったよ。
それに乗れって・・・馬車に乗るみたいに。ゴーレムに?
この巨大ゴーレムのお腹の中に入るの?
第一感で思ったこと「食われるの私?」。
いや、口に出して言っていた。
『意味不明です。私の操縦者としてメイカーとマスターの二名のみが登録されております。現状で私への搭乗はその二名のみ可能で、それ以外の方の搭乗は不可です。マスター・エーネ。操縦者としての搭乗を』。
メイカー?製作者?大賢者のおじさんの事か?マスター?主人とかいう意味だよね。マスター・エーネがこの巨大ゴーレムからの私への呼び名。私がこの巨大ゴーレムの主人ってこと?まさか、あり得ないでしょう。何だそれ?ああ、情報過多だ。もう、訳が分からな過ぎる。
「私、魔石の代わりの魔力の燃料として食べられて消化されたりしない?」。
『意味不明です。当機の動力は半永久機関の魔力反応炉です。原則補充の必要はありません。時空間構造そのものから魔力を吸収補填し備蓄します。一時的な枯渇はあり得ますが、生体からの補充機能はありませんし必要がありません。マスター・エーネ。当機への搭乗を推奨します』。
何かさらっと聞き捨てならないことをずらずら述べられた気がする。
この文明の根幹を揺るがすことを平気で羅列された気がするのは気のせいだろうか?
それに・・・乗る?ゴーレムのお腹の中に入る?
事実上のゴーレム使いなのか私。ゴーレム使いがゴーレムの中に入る必要性ってあるのかな。ゴーレムってそんなものでは無いよね。
おじさんに常識は通用しないだろうけど。それにこの巨大ゴーレムが既存のゴーレムという定義に収まらないものであるのは嫌というほど思い知らされている真っ只中だけど。
ゴーレムの中に入る必要性は?操縦者?操縦?これを?
『魔砲の砲列砲撃の着弾は順を追ってレマールの里に迫りつつあります。何らかの制圧行動を取るなら今の内です。マスター・エーネ。当機への操縦者としての搭乗を推奨します』。
ああ、頭パニックで真っ白になって全部吹っ飛んでいた。今、魔砲で砲撃されている最中なんだ。もうすぐ里に当たる。そうだ、真っ先に確認しなきゃならないことは・・・。
「あなたもし魔砲の魔弾が当たったらどうなるの?」。
仮にこれに乗ってのこのこ魔砲を撃ちまくっているエルフ狩りの連中の目の前に躍り出たとしよう。
度肝を抜いて十分な威圧効果があるとは思うけど、相手が軍隊規模なら指揮を執っている戦術家の冷徹な判断からでも、あるいは恐慌に至って恐怖にかられてからでも、まずやることは魔砲の魔弾をこの当たらないはずの無いでかい的に雨あられと降らすことだろう。
その時、どうなるの?
『質問の定義の明確化を求めますマスター・エーネ』。
「うん?」。
『取り合えずそれは、魔法障壁を展開した上で着弾した場合のことを指すのでしょうか?それとも一切の防御展開を行わず、魔鋼装甲に直接着弾した場合のことを指すのでしょうか?』。
カンカンカンカンと音が響く。
私は何も言わずに一心不乱に巨大ゴーレムのお腹の中へと続く階段を駆け上がっていた。
ああ、おじさん。おじさん。おじさん。
色々言いたいことは山ほどあるけど、今、わかった。
おじさんは本当にこの里を守れるだけの力を貸してくれたってことが・・・。
約束を、あんな子供だった私との約束を本気でかなえてくれていたんだってことが・・・。
今、たった今、わかったわ・・・。
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