エルフの里を守った超ド級ゴーレム

かものはし

第一章 エルフの里を守ったゴーレム 本編

第1話 エルフの隠れ里



「ねえ、おじさん。お願いがあるんだ」。



 エルフ特有のとがった長い耳をぴょこぴょこと上下させながら、私は湖のほとりでたたずんでいたおじさんに声をかけた。



 「おじさん、多分、もう旅立つ気でしょう?。何となくだけどわかるんだ」。



 おじさんは「この娘、カンがよいよな・・・」という声にならない声を表情に出してこっちを振り向いた。



 このもうおじいさんと呼んでもよいような、白髪の人族の男性。



 その割には何だか無駄に顔も精悍で整っているし、確かに身体も動作もその髪の毛の色にしては妙に若々しいし、呼び方が二択なら「おじいさん」より「おじさん」と呼んでおいた方がこの世知辛い世の中を渡っていく上では無難だろうと、初見で「おじさん」と呼んだ自分を褒めてやりたい。



 その成果かどうかはわからないが、この里で一番この「おじさん」と仲良くなれたのは自分だという自負がある。



 私はエーネ。この時は12歳の女の子。この「レマールの里」のエルフだ。



 そう、この何だか無駄に所々ハイスペックそうなおじさんは、ある日突然、このエルフの隠れ里の一つ「レマールの里」を訪れた。



 対人間用の(仕掛けが違うが対魔獣用のものもかけてある)目くらましの魔法をかいくぐって里に現れたおじさんは間違いなく魔術にもたけた存在だ。



 それはゆゆしきことだった。



 今、エルフは大きな部族を除けば、場合によっては人間に狩られる弱い立場にある。



 私達エルフは、大昔はとても高度な文明を築いていたそうだ。



 でも、過去のある時、エルフという種族の大半は次元を超えて「常春の地」に旅だってしまった。



 台頭してきた人族や魔獣、そして魔族との生存競争に敗れ、この地の在り方を嫌ったという。



 元より温和で争いごとを嫌い、魔法特質は優れるが種族的には繊細、本能として大自然との調和を尊ぶ性質だった私達の始祖達は、別の次元の別の地に未来を求めた。



 未だ再現不可能な古代魔法。当時のほぼすべてのエルフたちの参加した次元移動の大魔法。



 ごく少数のエルフ達がそれに参加せず、それぞれの何らかの理由でこの地に残った。



 それが私達「レマールの里」をはじめとする現存するエルフのすべての直接の祖先達。



 私達エルフは高度な先史文明や古代魔法の残り香を漂わせながらも、少数希少種族として時に狩られる立場にあった。



 さて、この大森林地帯の奥に目くらましの魔術までかけて隠れ里を築いた私達「レマールの里」の祖先達。



 正直、この目くらましの魔法自体ももう私達ではかけれないし、仕組みもわからないのだ。



 もっと簡単な目くらましの魔法なら各種かけられる。でもこの里にかかっている通称「レマールの目くらまし」は、大規模魔法だ。しかもいわゆる古代魔法。もはや再現不可能。



 それをあっさり抜けてきた「おじさん」は何者だったのだろう?



 里には緊張が走った。敵か味方か?



 ほとんどの場合、この里を目指すものは招かれざる客。敵だ。エルフ狩りの連中が真っ先にあげられる。



 結論はどっちでも無いけど、どちらかと言えば味方?・・・だった。



 「おじさん」は流ちょうなエルフ言で「色々嫌になって出奔した身だ」と言ってきた。



 「出奔」という聞きなれない難しい言葉を初めて知った。



 後々、仲良くなった時に「出奔てなあにぃ?」と聞くと「色々嫌になって逃げ出したという意味だよ」とおじさんは言った。



 じゃあ、最初っからそう言えばよいのに。



 おじさんは何だか小難しい。



 おじさんは何と「大賢者」だった。



 おじさんに言わせれば「賢者」の定義はあいまいだと言う。



 極端な話、人々から「賢者」と呼ばれれば賢者なのだそうだ。



 ただ、そんな簡単な称号でも無くて、それは他のエルフの里や、時には人間の町とも交流がある「レマールの里」のエルフ達も知っていた。



 ほとんどの賢者がまず大魔導士で、なおかつ別に大聖者などの位も持っていた。



 大魔導士は少なくとも何かしらの大規模魔法を行使できないとなれない。大聖者も最低限でも何らかの大規模神聖術を行使できないとなれない。



 賢者は複数の「大」の付く位を持ち、なおかつ「智」への深い傾倒を持っていないと成れないと言うかそう「呼ばれない」のだそうだ。



 そして「智」への傾倒の最たるもの。



 「アカシャの記録」への何らかのアクセス権を持っていると思われる者。



 宇宙の万物。時のはじめと終わり。すべての次元と空間の記録。



 「アカシャの記録」と呼ばれるその時空間のどこかに存在するという「記録」へ、何らかの形で少しでもアクセスしていると思われるものが「賢者」を超えて「大賢者」と呼ばれる・・・そうだ。



 「大賢者」は世界に20人といないとされている。そう、里の村人が話していた。



 そしてこの「大賢者」。森の外で会ったら間違いなく「頭のおかしなおじいさん」。



 あっさりと「レマールの目くらまし」を抜けてきたので「本物」なのだろうとなった。



 聞けば「旅の途中」なのだと言う。



 主に生まれたある大国に所属し、人々によかれと思って色々やってきたのだそうだ。



 でも大意ではことごとく「裏切られた」という結果に、嫌気がさしてしまったと。



 ある新規開発の灌漑用大規模魔法の結果は直行で軍事利用。



 ある種の流通革命はある種の特権階級の専属権益に。



 ある教育改革は洗脳された優秀な人材の生産工場へ。



 出す政策ことごとく捻じ曲げられ続けた結果、おじさんはついに「切れた」らしい。



 ある日、おじさんは書置きを残して「消えた」。



 もう30年以上前のことだという。



 そう言えば、そんな話が遠い大陸であった・・・と里人が言っていた。



 それからおじさんは旅をし続けたらしい。



 国家レベルの追手もかかっている関係上、何か所か「隠れ拠点」というものも作ったらしい。



 その際に参考にしたのが古代魔法のエルフの「目くらまし」。



 色々たどってこの「レマールの隠れ里」にも立ち寄ったらしい。



 ちなみに同じエルフの古代魔法の「目くらまし」でも色々と種類があり、組み合わせもあるらしい。おじさんはそう言っていた。



 再現できるのかと目を輝かせて聞いた里長におじさんは告げた。



 「無理」。



 「数万人規模でのエルフがまず必要」。



 「その上で各々いくつものパートを掛け合わせてエルフ特有のそれも上級魔法をかけていかなくてはならないので、それだけのエルフの人材をそろえようが無い」。



 その話を聞いて私がまず思ったこと。「レマールの里の祖先達はどうやってそんな魔法をかけたのだ?。今でもエルフ数百人の規模の村で?」。



 おじさんに聞いてみたら、多分、その当時のエルフ達は何らかの形で遠隔での意思疎通ができ(おじさんは遠隔通信技術と言ってた。意味がよくわからない)、なおかつ、この里、あの里と順番で、言わば残ったエルフという種族全体で魔法をかけていったようなものではないか?。多分、そんな感じの何かだっただろうと言っていた。



 うーん。小難しい・・。



 「大賢者」というのは一種のステータスだそうだ。「全体への奉仕者・助言者」の意味合いが強いという。



 特定の種族とか特定の勢力に一方的に加担することは、原則、倫理的に問題があるとされ、固く戒しむべしと不文律で定められ、今までその不文律を過度に犯した「大賢者」はいないとされる。



 おじさんはたまたま生まれた国を拠点として立ち回ったが、その卓越した知識と知恵を公開で提示する間、間に挟まった連中が先に述べた結果になるように色々やらかしてくれたそうだ。



 今、その大陸の大国は「大賢者に愛想をつかされた国」という立派なレッテルを周辺諸国から貼られ、国際信用を落としているという。



 間に挟まった連中とは言っても、バックに国家中枢がからんでいなければそんな結果を出せるはずもなかったので、どんなことが裏で行われたのか一目瞭然なのだが、そこは一筋縄ではいかず、この醜聞をつくろうため事実上の「大賢者はお尋ね者」状態なのだそうだ。



 表向きは「大賢者の意を組み取り切れなかった自分達に試練を与えるためにお隠れになったが、時いたらば生まれ故郷のこの地にお帰りになる」という名目をかかげ「大賢者」を探しているという。



 「反省なんか、してないしてない。今度はもっと巧妙に隠して利用したいだけ」と目の前の「大賢者」様はおっしゃっていた(笑)。



 おじさんは「レマールの里」では「里人」にある意味「受けた」。



 訊ねれば多くのことに的確に答えてくれたし、村のいくつもの破損した各種結界等も魔法で修復してくれた。



 代わりにというべきか、おじさんは「レマールの目くらまし」を調べたりしていたらしいが、里の者にとってはおじさんが実際になにをしているのかはよくわからなかった。



 多分、「大賢者」が実際何をやっているのかなんて、誰にも理解できないだろう。



 私はよく「おじさん」の後ろをついてまわって、何だかんだちょっかいを出し続けた。



 この里は大好きだが、いつも同じような日々で刺激は少ない。新しく出くわす珍しい出来事もなかなか無い。



 でも・・・里の外は私達エルフにとって危険な所だ。



 表向きは各国はエルフ狩りなんか認めていない。



 国家間、場合によっては複数の国家のもめごとに対する仲裁目的で主要国家の話し合いによって定められた暫定国際法でも違法と定められている。



 各国ですらまともに法律のある国はちゃんと違法と定められている。



 主だった人社会の因習としてもエルフ狩りはおぞましき事とされている。



 でも、実際にエルフは狩られる時は、狩られる。



 表立ってはできないが、陰でこっそり行われバレない内には、消極的な黙認がこの残酷な世界での実態だ。



 狩られたエルフの用途は多岐にわたるという。



 個人的な趣味の奴隷。一種のステータスのペット扱い。そして魔法の実験体。



 中でもノドから手が出るほど欲しがられているのが、古代魔法の英知だ。



 こればっかりは、そもそも当のエルフの私達ですらわからないことが多いのだ。



 あくまで祖先達のしたこと、作り上げたこと、残したものである。



 だから祖先のエルフ達を今の私達と分けてハイエルフと呼ぶ人達も人族の中にはいる。



 私達は決してそんな呼び方をしない。



 「祖先達」。



 そう呼び表すだけだ。



 敬意を込めて。



 決して違う者ではない。同じエルフだ。



 エルフは皆そう自負している。



 私達エルフの子供達は外の世界について、人族や魔族について、様々な文化の違いについて、小さい内から大人達から緻密に習う。



 自分達が狩られることもある立場だという厳しい現実があるから・・・。



 だからエルフの子供達はおしなべて早熟でとても知的だ。



 でも、悲しいかな私達は人族に比べておしなべて「お人よし」なのだ。



 争いを好まず、繊細で、魔法特性に優れ、自然と調和して生きようとする特質。



 肉食動物が獲物である草食動物を見るような目で、人族や魔族は私達を見ているのだろうかと思うこともある。



 人族など、個々の人ではエルフ寄りのよい話も聞くのだ。



 でも・・・エルフを狩る者達の大多数は人族だ。



 この里で生きているとある種の矛盾を感じてしまう。



 エルフという種族の出口はどこにあるのだろうと行き詰まりを感じることもある。



 始祖達は別次元の別の地に答えを求めた。



 でも、この地に残った祖先達の子孫である私達は、この地でその答えを見つけなくてはならない。



 そんな時にひょっこりと里に現れたおじさんは、私には何か答えの手がかりになるかも知れない存在に見えた。



 おじさんは私をうっとおしがるわけでもなく、かといって格別に構ってくれるわけでもなく、私を引っ付けたままあっちこっちをうろついていた。



 最初は私に「いい加減にしなさい」とたしなめていたエルフの大人達もおじさんの態度に、いつしか私はおじさんとセットで移動するような存在に見えてきたらしく、ついに何も言われなくなった。



 私はといえばエルフの学び舎は全面的にさぼり状態。



 あれこれ言ってきた両親や教師役のエルフに対しての「学び舎で学ぶことはやろうと思えば後でもできることよ。でも大賢者の言動を見聞きする以上の学びが一生の間にまた訪れる機会が本当にあると思うの?」との詭弁がかった私の返答に「まあ、この娘はこの娘なりに思う所はあるのだろう。それを貫き通すというのなら、それもこの多感な時期によい経験なのかも知れない」というある種の大人の対応で、私の行動は認められたようだった。



 日々、おじさんの後をついて回っていていくつか気付いたことがる。



 おじさんは誰に対しても対応が対等なのだ。



 子供と話す時でも必ず膝をついて目線を子供に合わす。



 まっすぐ相手の目を見、決して軽んじない。



 そして誰にでも気兼ねが無い。



 普通におしゃべりして、普通に受け答えして、問われたことにはほとんど適切なことを答える。



 だから・・・そんなホンワカしたフレンドリーと言えばフレンドリーな態度に大賢者なんだってことが段々頭から抜けていってしまう。



 私にとっておじさんは、ただただおじさんだった(別におじいさんでもかまわないのだけどね)。



 ある日、湖に続く道をおじさんと二人で歩いている時、私は思い切って聞いてみた。



 「あのね、おじさん。エルフ狩りがレマールの目くらましを超えて襲ってくる方法ってあるの?」。



 レマールの目くらましは、まだ破られたことが無い。



 正確に言うと一人だけいる。おじさんだ。それはもう見事にずかずかとまっすぐ歩いて抜けてきた。



 このことは里長もおじさんに聞いた。どうやって抜けてきたのかを。



 おじさんは「魔法を解析して逆にかかった魔法式を次々と解き続けてそのまま歩いてくれば抜けれるけど」と答えた。ちなみにレマールの里のエルフには目くらましはかからないそうだ。ただレマールの里以外のエルフには別の条件が課せられるとのこと。無意識の内にそこをクリアしないと同じく目くらましがかかってしまうそうだ。



 またレマールの里の住人でも脅されて外部の者を案内をしなければならないような状況では、結界自体がその意識の波動を感じて反応して目くらましがかかった状態にするという。まるで生き物のような結界だ。こういうのが古代魔法なのだ。



 同じことをエルフ狩りの連中ができるか聞いた里長に「私と同じ方法で抜けてくるのはまあ、無理だろう。他の大賢者とかならいざ知らず。大魔導士でもまず無理だ」とおじさんは答えた。



 里長はそこで安心してしまったようだった。次の質問はなかったからだ。でも、私はふと思ったことがあった。何だかそこでは聞いてはいけないような気がして、そのもやもやした気持ちをその場では封じ込めた。



 だから思い切って、こうしておじさんと二人きりの時にあらためて聞いてみたわけだ。



 「君はどう思うの?」おじさんが返して来た。



 多分、こんな風に返して来たってこと自体が他の方法があると言えばある証拠だろう。



 今日の私は冴えている。



 「別にね。魔法を解き続けて抜けてくる方法以外の方法がある気がするのよ。もっと何か単純な方法が」。



 「そう・・」とおじさんは言った。



 「例えばどんな方法があると思うの?」またおじさんが返して来た。



 「わからないわ。でも、魔法式を一つ一つ解くという考え方自体がエルフ的なのよ。もっと大きく言えば魔法を生業とする魔導士的発想とでも言うか。でも、人類も魔族も相手を殺る時はもっと単純で暴力的よ。何かがもやもやするの。でもそれが何かとかまではわからないの。おじさんはわかるの?」。



 おじさんはちょっと困ったなという顔をしながら話してくれた。



 「レマールの目くらましの中核はね、文字通りの目くらまし。認識阻害なんだよ。レマールの里のものに限らず、エルフの目くらましの本質は、意識ある者に対する認識阻害だ。あるものを無いと誤認させる。その上で、光を捻じ曲げる魔術とか、音を消す魔術とか、匂いを変える魔術とか、そういうのが組み合わさって出来ている」。



 「だからね、認識阻害とは認識をする相手には有効だけど、認識とは関係の無い領域ではそもそもかからないんだ」。



 「例えば?」と私。



 おじさんはこう答えた魔砲を一列に並べ水平打ちとか、魔臼砲を一列に並べて弾道打ちとかをしまくりながら、まっすぐ進んで行けば、いつかは里に魔弾が当たる。そんな感じのものだよ」。



 「里をふくむ一帯を圧倒的火力で火の海にしてしまえば、里にも被害が出る。そして結界から出てきたエルフ達を狩るなり、あるいはある程度破壊されてしまえばもう結界も保てない。かけられた魔法式が破綻した所で目くらましは消える。そうなったら、言っては何だけど狩られ放題になるだろうね、里のエルフ達は。いずれにせよ、それに近い何らかの方法で攻められ続ければ、里は落ちるよ」。



 それを聞いた時、私はいかにも人族や魔族らしい話だと妙に納得してしまった。何だかとても腑に落ちた。



 「そうか~」。



 そう、目くらましという手段で仲間を守ろうとしたこと自体が、良くも悪くもエルフ的なのだ。



 エルフはほとんど攻撃魔法を持たない。無いわけでは無いのだが、そんなものより先に目くらましのようなものを異常な熱意をもって開発してしまう。



 癒しの技などもあるが、聖者や聖人達には一般的にいって劣る。



 かれらの神聖術は癒しであり、治癒であり、病いやけがを治すものだが、エルフの技の基本は「調和」なのだ。



 どこか私達は植物にも似ていると思う。



 一方で未だ再現不可能なエルフの古代魔法は羨望の眼差しで見られる。



 エルフの異常なまでの魔法体質もだ。身体の魔法伝導率もとても高い。魔法保持力も同じくとても高い。



 エルフにしか使えない魔法も多数ある。



 だから・・・場合によっては実験体になってしまうのだ。



 エルフを洗脳して生人形の群れのような魔法部隊を結成し、集団大規模魔法を戦争で使用するのは各国の軍部の暗部の一つの夢なのだそうだ。



 未だ成功した国は無いとされる。そういうことをされるとエルフはすぐ精神崩壊してしまう種族なのだ。



 だから本当にエルフを奴隷や兵器として使用したい連中は洗脳のさじ加減を微妙な所で芸術的に仕上げなくてはならず、精神崩壊しないままある程度、意のままに操れるエルフを獲得するのは至難の業とされているそうだ。



 こんなことも学び舎や両親や大人達から子供の内からきちんと教えられる私達エルフの子供達って不幸だと言えば不幸だと言えると思う。



 ままならない。



 ああ、ホント。嫌になるほど私達の種族の出口が見えない。



 「そう・・・やっぱりそうなんだ」とだけうなずくと、私は黙り込んでしまった。



 それからしばらくたったある日。



 おじさんはただ一人、湖のほとりでたたずんでいた。



 直感した。もうおじさんは旅立つ気だ。この湖で最後の景色を記憶に刻んでいるだけだ。多分、もう二度と訪れることは無いだろうこの思い出の地の景色を。



 そして冒頭の言葉に戻る。



 意を決して、私はおじさんに告げた。「ねえ、おじさん。お願いがあるんだ」。



 「おじさん、多分、もう旅立つ気でしょう?。何となくだけどわかるんだ」。



 こちらに振り向いたおじさんに私は言葉を続けた。



 「ねえ、おじさん。もしこのレマールの里がエルフ狩りに襲われるようなそんな日が来たならば、この里のエルフ皆を助けるためのものを何かこの里に残してくれない?」。



 おじさんは答えた。



 「言っていることはわからなくはないけれども、でもどうして?。私が大賢者として一種族や一勢力に過度に助力することは禁じられているよ。祖国は見事に裏切ってくれたけどね」。



 「うん、じゃあ、許される限りでお願い。そんな日が来たら、こんなに可愛いエーネちゃんまで狩られてしまうんだよ、可哀そうとか思わない?」。



 自分で自分を可愛いとかアピールするのもなんだけど、私は両手の指で服のすその両端を持って一周くるりと回って、おちゃらけて言うくらいしか手が思いつかなかった。この時はませてはいてもまだ幼ない少女だったから。



 多分、実際にそうなったら私がどんな目に合う可能性が高いのか私が思っている以上に理解しているだろうおじさんはちょっと目を細めた。



 おじさんは片膝をついて私と視線を合わすと私の目をしっかり覗き込みながら聞いてきた。



 「聞くだけ聞いてみるけど、どんな助けが欲しいの?」。



 「来るときは多分、圧倒的な火力で攻めて来るんでしょう?。質も量も何もかも。だったらそれに対抗して押しとどめ、押し返せるくらいの何かを」。



 「何かの攻撃魔法を?」まるで試すかのようにおじさんはつぶやいた。



 「ううん。エルフが使わないわけじゃないけど、多分、違う。そういうのじゃ無い」。



 「皆を無傷で守ってそれだけの相手の勢力を無力化して、さらに相手もできるだけ無傷でとか考えているのなら、まず無理だよ。そんな理想だけ形にしたようなもの」。



 「あのね、おじさん。私が言っているのは尊厳の問題なの。生きとし生けるものの尊厳。そしてエルフとしての尊厳。おじさんに人が人であるための尊厳があるように。私は大賢者の答えが聞きたいの。見たいの。触れたいの。知りたいの。大賢者ということを抜きにしたって、せめて、私の知るおじさんが私達に何を思ってくれたのか。そのおじさんなりの答えを」。



 おじさんは私の目の奥を覗き込みながら答えた。



 「エルフ全体のとか、レマールの里のエルフ皆に対してとかは、ちょっと負い切れないよ。それにエルフの答えはエルフ自身が、里の答えは里自身が出すべきだと思うもの」。



 「ただね、エーネ、エルフの置かれている逆境については理解しているつもりだ。その上で里のエルフを背負おうとする君個人に対して敬意も抱くし、好奇心でついて回ってきた君への好感もある。レマールの目くらましの弱点にも気が付く君のその感性の鋭さや、その先の世界を見つめる君の思いへの感心もね」。



 「そんな君への答えというか、答えなんてそんな御大層なものでは無いけれども、私が私という一人の人間として、できる限界ぎりぎりで君にそれなりに渡せるものはあると思う。それでもそれが大賢者の称号を背負わされた者としての許容範囲を超えるか超え無いかのすれすれのものになるだろうけど」。



 「うん、でも、おじさん。それでも、もしそうしてくれるなら、その思いだけでも私はとてもうれしいんだよ」。



 「そうか・・・ああ、そうそう、エーネ。あと言っとくけど、私は他の大賢者達と違って、とても変わっているよ。アカシャの記録の入り口からにして、他の大賢者達とは違うんだ」。



 「え、どういうこと?」。



 「あのね、私はね、他の世界の記憶を持って生まれて来たんだよ。その記憶がアカシャの記録への入り口になっている。他の出会った大賢者達にそんな者はいなかった。彼ら彼女らは、ただ純粋に多次元の記録を知的探求心から追い求めた果ての大賢者という到達点だったようだ。あるいはただただ真理を求めての探求の果てに大賢者という結果にたどり着いた者達だったよ。だけど私はだいぶ違ったんだよ」。



 「だからね、エーネ。もしかしたら私が君の助けとして渡すものは、君好みのモノでは無いかもね・・・」そう言うとおじさんは、ちょっと面白そうに、そしてからかうかのように笑った。



 後に私はその言葉が、いやになるほどその通りだったことを思い知る。



 あれは無い。あれは無いぞおじさん。私は激怒だからな、おじさん。



 あれは、何だ、趣味だろ。おじさんの趣味だろ。ただの趣味の成れの果てだろ。



 オモチャを作る子供が、たまたま超天才的だったていうレベルのアレだろ。そのイカレたアレがそのまま大人になった。しかも大賢者なんて者になっちまったって話だろ?



 おいっ、おじさん。覚悟しとけよ。許さないから。断じて許さないからね!!



 話を元に戻すと、翌日の朝、おじさんはいなくなっていた。



 あの湖のほとりへ行ってみたら、何か石碑が三つ湖を取り囲むように立っていた。



 「これがおじさんが用意してくれたもの?」。



 石碑にも触れてみたけど何も起こらなかった。



 里の者達はおじさんの突然の旅立ちにちょっと戸惑いがあった。



 せめて別れの宴ぐらいさせてくれてもよかったのにと。



 あの石碑は大賢者が残した何かなのだろうとなったが、用途もわからず、そのまま放置になった。



 私は何も話さなかった。あれは私とおじさんの何か他人に犯されたくない秘められた約束みたいに思えたからだ。



 そして、それから何事も無く3年あまりの月日が流れた。私は15歳になっていた。



 その日は突然、訪れた。



 正直、私が生きている間にそんなことが起こるとまでは思ってはいなかった。



 レマールの里は攻撃を受けつつあった。



 恐れていた通りの圧倒的な軍事力で。



 迫りくる大規模火力の魔砲の砲撃音を聞きながら、私は湖に走り出した。



 「ああ、ついに来ちゃったんだエルフ狩りが。それもこの里すべてを落とすつもりで・・・」。







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