第3話 操縦方法をめぐってひと悶着



 巨大ゴーレムの腹の中に向かって駆け上がり、奥のクッション性の高そうなくぼみへと滑り込む。



 カッシャンカッシャン音を立てて階段が折りたたまれ、何だか訳の分からない複雑な動きで扉が閉じる。



 これで閉鎖された空間になったはずだが、何故だか暗くは無い。とても明るい。



 向きを変えてちゃんとくぼみに座り直すと、上から硬質なカバーのようなものが下りてきて首を出した状態で固定された。



 まるで二枚貝に挟まれて顔だけ出ているような感じだ。



 カバーの裏地にもクッションが付いている。



 それが膨らんだ。座席の方も。私はまるで水の中に座っているかのような身体全体への圧迫感を感じた。



 どうも固定されたようだ。



 やっぱり食べられちゃうんじゃないか私?という疑念が頭の片隅をよぎる。



 途端に視界が開けた。



 何だこれ?



 周りが空だ。眼下に木々が見える。水平線の先では煙がいくつも上がっている。



 閉鎖された球のような形状の巨大ゴーレムの腹の中で、まるで空を飛んでいるかのような景色を見ている。



 自分が鳥になったようだ。



 ああ、そうか・・・これはこの巨大ゴーレムの視界なんだ。



 あのガラス細工か宝石のような目で見ているものを、どういう仕組みか、私は球の内側の壁いっぱいに映る光景として見ている。



 本当に、何ということだろう。




 『マスター・エーネ。当機の操縦方法は8種類あります。どの操縦方法を選びますか?』。



 ん。ん。ん。また、訳の分からないことを言い出したぞ。こいつ。



 「一つだけ簡単に説明してみて」。



 『感覚没入同化型を選んだ場合、肉体とのリンクを一時的に遮断し、当機へのアストラルリンクを実行します。そのためのアストラルデバイスは搭載されており実行可能です。アストラルリンク実行後、マスター・エーネが見ていると認識している両目の視界は当機の見ている視界そのものなります。また意識の中で右足を一歩前に出せば、当機も右足を一歩前に出します。その際、マスター・エーネの肉体は弛緩状態にあり、右足等が動くことはありません。魔法障壁等の魔装行使も慣れれば意識的に行使することができるようになります』。



 まず、こいつの言っていることの半分も理解できない。



 その上で、個々の単語の意味や、今までの説明や会話、文章の流れやつながりから類推して、頭の中で色々補って、多分、こういうことを言っているのだろうと大いに不安を抱えながらも、4分の3くらいは理解したつもりになる。



 今こいつが言ったことを私なりに解釈するとこういうことだ。



 えっと、肉体から抜け出して生霊状態になってドラゴンに憑依してね。普通そんなことはできないけど、それができちゃうものすごい魔法具があるからバッチリ大丈夫だよ。そうしたらもう君の肉体はドラゴンそのものだ。右足を一歩踏み出して踏みつければちょっとした魔獣だってミンチだぜ。エルフはどうやったってドラゴンブレスなんて吐けないけど、この憑依状態で一生懸命練習すればドラゴンブレスだって吐けちゃうんだよ。すごいでしょー。ドラゴンブレスだよ。どんなやつでもイチコロさ!と、ほぼ同じ意味。



 どうしよう。どこからつっこんだらよいのかわからない。



 仮に・・・仮にそんなことが本当に可能だとしよう。



 エルフとドラゴンの間を行き来して生きて、お花に水をやる日常とドラゴンブレスを吐く日常との間で精神崩壊は起こさないのかな?



 エルフと巨大ゴーレムの間を行き来して魔法障壁を張るでも、ほぼ同じ意味合いだろうし。



 エルフはとっても繊細で、精神崩壊を起こしやすい種族なんだぞ。



 おかげで使い物にならなくなる意味で、洗脳も悪用もなかなか効かない種族でもあるんだけど。



 どうしよう、この巨大ゴーレムが何だか巨大な人型の棺桶で、廃エルフ製造機に見えて来た。



 それに『魔法障壁等の魔装行使も慣れれば意識的に行使することができるようになります』と言ったな?



 確かに言ったな?



 えーと、巨大ゴーレム君。君はこれから標的の「的」になりに行く自覚はあるのかな。



 あの魔砲の砲列から次々と撃ち出されている数えきれないほどの弾数の魔弾を、今からその標的の「的」にしかならない巨体で、ただひたすら一身に浴びて受け止めに行く訳だけれども、そこは理解されているのかな?



 それともあれかな。自分じゃ怖いので、私に巨大ゴーレムの肉体?を明け渡して自分の代わりに私に一身に魔弾の雨を浴びてただひたすらに恐怖を味わってもらいたいのかな?



 それに・・・ドラゴンに憑依してもすぐにドラゴンブレスなんて吐けるのかな?



 今まで一度もそんなことやったことも無いのに?



 巨大ゴーレムに憑依して魔法障壁なんて一発で意識的に展開することが出来るのかな?



 どんな仕組みなのかよくわからないけど、直感が無理!と私に告げている。



 繰り返すけど『魔法障壁等の魔装行使も慣れれば意識的に行使することができるようになります』と言ったね。



 言ったよね。



 『慣れれば』というのはどの位の練習期間を指すのかな?



 意訳すれば『もうすぐレマールの里に魔弾が当たっちゃうから早く乗れ』と私を脅したあなたが、レマールの里に魔弾が命中するまでの短い時間で私に何をどうしろというのかな?



 ああ、それとも一発勝負なのかな?



 気合で魔法障壁を展開できなければ直撃しますよという一発勝負なのかな?



 うん。ここでそんな命のかかったギャンブルにベットするように君は言っているのかな?



 レマールの里のエルフ達の命や未来もかかっているこの状況で?



 えーと、私、エルフなんだけど、エルフの本能に反してもいるしとても不本意なんだけど、君を呪っちゃってもよいかな?



 あるいはあれかな?



 君の正気をきちんと疑わなきゃならないのかな?



 君が何なのかもよくわからないけど。



 しかもあれだね。これを最初に言って来たってことはその8種類の操縦法とやらの一押しがこれってことだよね。



 普通はこれで操縦するよってことだよね。多分。



 うん。今回ばかりは私が間違っていて欲しい。きっとそうだよね。君は使われない、採用されない、一番合っていない操縦方法をわざわざ私に言ってくれたんだよね。親切にも。



 さー、どうしよう。今から普通はどう操縦するのか、普通はこれで操縦するよって、デフォルトを君に聞いてみようか?



 ああ、でもここで普通はこの『感覚没入同化型』とやらで操縦しますって、もし言われたら、多分、私、立ち直れないな。心がへし折れると思う。



 エルフなんだぞ、私。



 精神崩壊率トップを誇る繊細種族、エルフの乙女なんだぞ、私は・・・。



 ええと、どうしよう。



 ここで精神衛生を保ちつつ、精神崩壊を迂回するルートに入るには・・・逆に聞いてみようか?



 その8種類の操縦法とやらの内、この『感覚没入同化型』とまるで正反対の操縦法はどれだって。



 おお、我ながらよいアイディアかも知れない。



 うん。よさげだぞ。



 もう疲れるから私の頭の中を駆け巡ったつっこみの嵐は保留で、自分の精神衛生を保つためにも今はこいつには告げずに・・・。



 「ええとね、その8種類の操縦法とやらの内、あなたの言う感覚没入同化型とまるで正反対のような操縦法って何?」。



 『おそらくコンソール型になります』。



 「簡単に説明して」。



 『コンソール型では、今、マスター・エーネが身体を衝撃吸収型クッションで半固定されている状況から、ベルト等でコンソールチェアに両手両足が動く状態で胴体部が固定される状況に変わります。また、コンソールパネルがせり上がってきてハンドルやレバーやペダルやスイッチ等に四方を囲まれる形になり、それらを全手動で操作することによって当機を駆使します。学習に大変時間のかかる操縦法であり、長期間の習熟期間が必要となります。未習熟時の転倒等の結果、外部環境への被害や損害も大きく、習熟には広範囲にわたる破壊しても構わないような意味で恵まれた外部環境を必要とします』。



 思っていたのと全然違う!



 遠い、遠い、遠い、果てしなく遠いよ。これ。



 何だこの外れのオンパレード。



 「どっちも却下!」。



 「無い!」。



 「あり得ない!」。



 切れた。切れたぞ私は。もう少しで発作を起こして倒れるぞ。きっと。



 「大体、あなたは何?。このゴーレムじゃないの?。私必要なの?。あなたこのゴーレムであなたの意思で動いてるんじゃないの?。私の前で膝も折ってたし、あなたが動かしているんだよねこのゴーレム。このゴーレム自身じゃないの?あなたは」。



 『私は思考結晶です。理解のために人工精霊のようなものと考えていただいてもよいかも知れません。あるいは疑似霊魂のようなものです。ただし、本当に思考もしていませんし、実際の精霊の何かとかでもありませんし、実在の霊魂関係の何かとかでもありません。魔法具の延長のようなものと考えていただくのが一番適切かと思います』。



 あー、あー、あー、こいつにわからないから一つ聞くと、わからないことがさらに十倍以上になって増えていくのはなぜだろう?



 何か聞いちゃいけなかったことがどんどん耳の穴を通り過ぎていっている気がする。



 まず思考と結晶という言葉がつながらないし、人工と精霊という言葉もつながらないし、疑似と霊魂という言葉もつながらない。



 思考結晶なのに思考していないというのも意味わからない。



 人工精霊なのに実際の精霊の何かじゃないというのも意味わからない。



 疑似霊魂なのに実在の霊魂関係の何かじゃ無いというのも意味わからない。



 それに・・・どっかの大国のお偉いさんとかに聞かれたら、一生出られない監獄のような部屋に監禁されること間違いなしの単語が飛び交っている気がする。



 ダメだ、この路線で攻めたら多分ダメなやつだこれ。



 何か自分で自分の首を絞首刑の縄のように絞めていくいくようなものに手を出している気がする。すごくする。



 まずい、別の切り口でいこう。



 いつまでもあなたとか君とかこいつとかゴーレムとか呼んでいるようじゃ話が進まないな。多分。



 「名前は?あなた名前はあるの?」。



 『仮称として付けられていた名前はライオネルです』。



  ライオネル?聞いたことが無い音韻だな。エルフ語と人族の主要な言語は一応習ったはずだが、私が今まで聞いたことが無い単語だし音韻だな。



 「何語?そしてどんな意味?」。



 『これはメイカーの記憶の中にあるこの世界とは異なる世界の一言語の中の名称のようです。意味は私のプロトタイプ機に同じく仮称でドレッドノートとメイカーから名付けられた思考結晶と機体があります。私は二番機としてそれを超える性能を持つものして色々拡張や新機軸採用や装備搭載が行われたため、越えるものという意味合いを持つらしいこの仮称が付けられたようです』。



 うーんと、先輩がいるって意味か?こんなゴーレムが少なくとももう一体いるのか。



 ドレッドノート?ライオネルより輪をかけて異質な響きだな。見知らぬ音韻。



 巨大ゴーレム先輩ドレッドノートか。



 おじさんって一体全体何を考えていたのだろう?



 「あなたってこのゴーレムそのものでは無いの?」。



 『私はこの機体に搭載された思考結晶です。あなたの言うこのゴーレムを自分の身体のようにして制御していますから、この機体自体をメイカーもライオネルと呼称していました。ですが厳密に言うならライオネルは思考結晶の名称です』。



 ふふふ、何を言っているのか半分も意味がわからない。



 あー、何か世界が熱いわ。ふわふわしてくる。えーと。



 「ライオネル。ライオネルね。それじゃライオネル。聞きたいことがあるの」。



 『はい。ご質問は何でしょうか?』。



 おう。この質問に私エーネは全人生をかけてベットだぜ。



 ライオネル。あなたはこの質問にどれほどの重みがあるかわからないだろうけど。



 すべてを、本当にすべてのすべてをかけて、これで判断させてもらうからね。



 私、女の子なのにどんどん口が悪くなるな。どこのどいつのせいだ?うん?



 「えーとね、まず普通はあなたの言う感覚没入同化型でこのゴーレムを動かすの?」。



 思い切って聞く。心臓が止まっても聞く。精神が崩壊しても聞く。何もかもわからなくなって頭がお花畑の住人になるかも知れないけど、ともかく聞く。私は聞く。



 『はい。一番オーソドックスな操縦方法です』。



 絶望って、こういう形をして訪れるのかな。



 何だろう。大ナタ振るわれてバッサリ半身を断ち切られたようなこのショック。



 血反吐を吐きながらも立ち続け、まだだ、まだ終わっていない。まだ問わねばならないことがある。私はまだ戦える。ここで崩れ落ちるわけにはいかないと剣を大地に突き刺して身体を支え、この巨大ゴーレムと向かい合っている気分。



 「ライオネル。真剣に真剣に答えてね」。



 『はい』。



 「その感覚没入同化型とやらが成功して私がこのゴーレムをわが身のように動かしたとしましょう。それであなたは『魔法障壁等の魔装行使も慣れれば意識的に行使することができるようになります』と言っていたけど、そんなの今初めてこのゴーレムを動かした私に出来ると思っているの?あの魔砲を撃ちまくっているエルフ狩りの連中の真正面に躍り出たら、まず間違いなく魔弾を雨あられって食らうんだよ。その意味わかってる?」。



 『はい。その場合、私はサポートに入る予定でした』。



 うん?。



 『初回でマスター・エーネがこの機体を十分に制御できる可能性は限りなく低く、なおかつ各魔装の行使も魔法式の展開もまともにできる可能性はさらに低く、私が補助活動を行うつもりでした』。



 うん?うん?うん?。



 「そうするとどうなるの」。



 『例えば魔弾が着弾する可能性がある時点で私の方で魔法障壁を展開し終わっています。またマスター・エーレが転びそうになったらその運動野をサポートし、転倒を回避します。実際はおそらくマスター・エーレが行動を起こすたびに7割方以上の私のサポートが入る概算予測になっております』。



 何かついに精神崩壊を起こすかと思っていたけど、思ったより何だかまともな答えが返ってきたな。



 いや、しかし、何かおかしいぞ。



 それもちょっとじゃなくて、かなりおかしいぞ。



 騙されたらだめだ。



 だめだだめだだめだ。



 まてまてまてまて。



 整理しよう。



 今こいつが言ったことを私なりにきちんと解釈するとこういうことだ。



 まず私エーネが生霊になってこの巨大ゴーレムのライオネルに憑依します。その際、元の疑似霊魂というべきライオネルは身体を空け渡します。ですがエーネだけでは憑依してうまく身体を扱えないだろうから、意識と行動の主体は憑依中のエーネの生霊が行うにしても、さらにその上から追い出されたライオネルの疑似霊魂の生霊がうっすらかぶさって憑依してその行動を補助します・・・。



 何が悲しゅうて生霊の憑依の二人羽織りみたいなことをしなきゃならないのだ?



 こんなややこしい上にややこしいことをしなきゃならないくらいなら、私の脳裏に浮かぶのは、ただ一つの事だけだ。




 お・ま・え・が・さ・い・し・ょ・か・ら・ぜ・ん・ぶ・や・れ・よ・ラ・イ・オ・ネ・ル・!・!・!




 あー、私、今なら誰かを呪い殺せる気がする。



 エルフなのに。エルフなのに。エルフなのに。私、エルフなのに。



 この巨大ゴーレムすら呪い殺せる気がする。



 こんな私に誰がした?




 いやいやいや、落ち着こう。深呼吸だ。ともかくこいつしかこの状況をどうにか出来る可能性のある存在はいないんだ。ここは戦場だ。冷静に。冷静に。精神崩壊を起こしている暇すらないんだ。ガンバレ私。負けるな私。



 「あのさ、私が話してさ、それに基づいてライオネルが行動してくれるってやり方はダメなの?」。



 『口頭指示半自立型ですね。8種類の操縦法の一つです。その方式のデメリットはタイムラグが生じやすいこと。意思疎通に齟齬がある場合、マスターの意に反した結果を生む可能性があること等々になります』。



 おい、こらポンコツ。



 それ一択だよ。それ以外の選択肢というものは一切存在しないと心得ろよポンコツ。



 最初っから言えよ。それ以外はいらないし、その他の方法とやらを提示すらしなくてよいよ。



 何だったんだよ、このやり取りの時間は。



 これこそがタイムラグだよ。タイムロスだよ。逆にもう口頭指示半自立型というやつを採用しない流れを真っ先に作ったことで、お前の言う齟齬によるマスターの意に反した結果を生んじゃっているよ。



 大体、どれだけ私が精神的ダメージを受けたと思っているんだよ。



 おいっ。ポンコツ。



 ライオネルからポンコツに改名するか?



 その方が私は心が安定してスッキリするぞ。



 あああ、落ち着け私。



 まだ質問はある。まだだ。



 「ライオネル。操縦方法はその口頭指示半自立型で。これは決定だから。それで質問」。



 『はい。何でしょうか』。



 「あれだけの魔弾を一身に受けて、あなたの魔法障壁は耐えられるの?」。



 『現在、着弾音分析や光学センサーでの探査結果や魔力測定等で得た限りの情報では、現在使用されている魔砲の魔弾、また推定される使用される可能性のある別種の魔弾を使用された場合においても連続着弾や一斉着弾に耐えられるシミュレーション結果を得ています』。



 うわっ、また所々意味わからない答えだけど推察するに、それが本当なら私が思っているより、はるかにはるかにライオネルは優秀だ。



 そんなのどこかの大国の王宮や大神殿クラスの魔法障壁防御陣じゃないか?



 『ただ奇異な波長も探知しております。一筋縄ではいかない可能性も多々あります』。



 「そう。わかった。いずれにしてもこのままではエマールの里は陥落しておしまいよ。行きましょうライオネル」。



 『了解しました。マスター・エーネ』。



 出陣だ。大丈夫だ。きっと大丈夫だ。皆を守り切れる。



 ライオネル。



 無茶苦茶ポンコツだけど、今からあなたは頼りになる私の戦友だ・・・。




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