第二章 エルフの里を守ったゴーレム 外伝

第31話 青きレギオン・1


 私、エルフの女性エーネ。まだ18歳だ。もう少女とは呼べない年齢になったかもしれないが、花の盛りの乙女ではある。



 が・・・今の私はターンダヴァン城址の廃墟の城壁上で、遠目に軍列をなすケルテラ国軍を見下ろしていた。



 「まあ、18歳の娘さんがいるべき場所でも、見るべき光景でも無いなぁ・・・普通はね」と、多少場違いな事を口にする。



 最初、この任務を希望した時にまさかこんなことにまでなるとまでは思っていなかった。



 闇が深いな各国軍部。



 ふたを開けたら、もう二重、三重、四重に闇が折りたたまれて詰め込まれていた状況だ。



 初めの話ではカルナン国とセルダナ国の戦争に伴う両国の国内難民発生という情報だった。



 両国の戦争も最後の一兵まで戦うという総力戦の様相では無く、国境付近での部分的本格衝突。



 数年に一回は行われる国境限定戦という扱いだった。



 戦火拡大の恐れに対する油断は禁物だが、うまくいけば停戦に持ち込める。



 もっとも私達、世界賢者協会の今回の初動のスタンスは、まず国内難民の保護活動であった。



 ただ、他の場所よりは複雑な背景があるとは、事前レクチャーで知っていた。



 この地域の国境を接する三国、カルナン国とセルダナ国とケルテラ国にはその重なる国境地帯にナルド民族というどの国の主要種族とも違う民族が住まう地域がある。



 国無き民族と呼ばれるナルド民族は、三国それぞれの国民でありながら、事実上の賤民扱いであった。



 割と虐げられる立場にあり、自治等はもちろん許されず、高級官僚にも高級将校にも決して成れない。兵役についても雑兵どまりであり、しかも国境の争いでは真っ先に投入され、同じ民族どうして殺し合う羽目になることも多かった。



 そのくせ権力は与えない。普通の権利ですら持つ事はままならなかった。



 一方で、この三国はこのナルド民族が国の垣根を越えて結びつくことを何よりも嫌がった。



 わざと国境付近で小競り合いを続け、同じ民族で殺し合う状況を意図的に作り出して、ナルド民族がまとまることが無いようにしているのでは無いか?という説まで、まことしやかにささやかれていた。



 事実はわからないが、そうであってもおかしくは無いような、異様な雰囲気にあふれていた現場だった。



 そして・・・事態はもっとまずいことになっていることが判明した。



 今回は激突していない三国で唯一の国、ケルテラ国に両国の難民の一部は流れて来た、約1万人。この規模の小国の国々ではものすごい数だ。ほとんどがナルド民族の民。



 が、ケルテラ国は魔銃や魔砲を持って脅し、国境から追い出した。



 その小競り合いの中で一部魔銃の乱射も置き、すでに数十人の難民が亡くなっている。



 それで収まらず、ケルテラ国は国境から追い出した逃げる難民をゆっくりと軍隊で追い、逆に追い立てて地理的にはカルナン国の国内国境付近にあるターンダヴァン城址まで追い詰めた。



 難民たちは致し方なく、まだナルド民族が民族として国を持っていたころの最後の城。約270年前の戦いの後、廃棄された廃城であるターンダヴァン城址に入城?した。



 この事態への抗議と、あらためての難民保護と食糧や生活物資の供出を求めに面会したケルテラ国軍部の将軍は面と向かって世界賢者協会の派遣員である私にこう言った。



 「民族の浄化が必要な事態だと認識しています」と。



 おもわず「はあ?」って聞き返しちゃったよ。



 何だ民族浄化って?



 ああ、何、自分達の種族以外は穢れているとでも?



 他の民族が入り込むことは汚染だと。



 民族の純潔や独立を守るためには虐殺もやむなしと。



 平気な顔でおっしゃるわけですね。



 あなたの所属する民族に、別の民族が同じことを言い、同じことをしてきたら、あなた方はどう思い、どう感じるのか?



 考えてみたことはおありかな?



 ちなみにエルフの私から見たら、どいつもこいつも「人族」で皆同じ顔で同じ特徴の種族だぞ。



 馬鹿馬鹿しいにも程がある。



 だが笑えない。冗談でも何でも無く、本当に殺る気だこいつら。



 いきなりハードモードに突入。



 ミッション難易度が10倍は跳ね上がったぞ。



 さあ、どうする。



 私がうら若きエルフの女性である事に、奇異の目と好奇の目で返した追跡軍の司令官であるケルテラ国軍の将軍はこう言った。



 「これはカルナン国、セルダナ国、ケルテラ国に重なる国境地帯に住むナルド民族の一斉蜂起です。ターンダヴァン城に一大拠点を築いているのもその証拠。その先駆けの行動です。我々はそれを座視はできません。どんなことがあろうともこれを鎮圧せねばなりません。今まで国のお情けで存族が許されて来た民。しかし、反旗を振りかざすようでは話になりません。従順な労働力とすらならずに施しを望むだけならば下賤の民などに何の必要性がありましょうか?民族の浄化が必要です。最初からこうするべきだったと思う次第ですよ。さて、世間知らずの理想主義屋のエルフのお嬢さん。お帰り下さい。世界賢者協会までお帰りになることをおすすめしますが、反旗を振りかざす恩知らずの下賤の民と共に散ると言うのならそれも一興かもですな」。



 ああ、言ったよ、こいつ言い切りやがったよ。



 突っ込みどころ満載な事を平気で言いやがったよ。



 「あの人達は難民です。戦争難民です。ここはケルテラ国ですらない。自国難民ですらある人々も半数以上でしょう。こんな自明な事を百も述べてもあなたの耳には入らないのでしょうね。最初から嘘で固めているから。嘘で貫き通し、望む結果だけを得ようと言うのでしょう。一つだけ教えてくれませんか?今回のこの事態は三国の密約による既定路線ですか?」。



 「ああ、本当に賢しい騒々しいお嬢さんですな。例え密約があったとて、それをわざわざあなたの面前で言質を取られかねない状況で言うとでも?あなたが世界賢者協会からの派遣員ですらなかったらこの面談すら無いのですよ。身の程をお知りなさい。どうぞお帰り下さい」。



 おお、そう来たか。知っていたけどな。



 まあ、こいつが私に会ったもう一つの理由は、今も私の後ろで直立不動で警護している護衛魔法騎士ライオネルだ。



 もっともこの中に人なんか入っていないのだが。



 しかも、これライオネル本体では無く、サポートサブユニットとやらなのだが。



 さすがにないがしろにして門前払いは、もめ事の元にもなりかねないという判断。



 ケルテラ軍の幕舎を出て、ライオネルに話しかける。



 「軍はどのくらいの規模?」。



 『約4千の兵隊です。ほぼ全員魔銃を装備。魔砲は移動式小型魔砲が11門。同じく移動式小型魔臼砲が6門。他に魔導士が63人、戦闘用魔道具を装備しています。カルナン国、セルダナ国、ケルテラ国は辺境の弱小国家です。軍隊規模も追跡軍、事実上の虐殺執行軍ではこの程度かと。しかし、難民は1万人の内、このターンダヴァン城址にたどり着いた者は約7千人。他の3千人はそれぞれ別の場所へ散って行きました。非武装一般人7千人と魔武装兵4千人では、一方的虐殺以外の何ものでもありません』。



 「そうだね。わかり切った結末が欲しいのだろうね、あの人達は。ターンダヴァン城址じゃ無くてターンダヴァン城って言ったんだよ、あの将軍。あんな廃墟を城と。最初からここに追い立て、大義名分にする気だったんだ。多分、さらに欲得の皮の張った計算をしているはず。そのとおりになんてなるわけ無いのにさ」。



 さてさて。



 うーん。こちらの「勝ち」は確定なんだ。あの軍の馬鹿どもが何をたくらもうとも。



 何せ、こちらライオネルがいる。



 地上最強の殺さない負傷させない単体最強戦力が。



 問題は・・・勝ち方。



 出来ればライオネル本体を見せたくは無い。



 今後の活動にも支障が出る可能性が高い。



 難民達が皆殺しに合うくらいなら出す。



 しのごの言ってられないから。



 だけど・・・あいつらの戦意を根底から折り切って、自発的に救援物資の供出や、難民キャンプンの設営、インフラ整備等をしてもらい、今後にちゃんとつなげていくには・・・どうしたらよい?



 何が最善手だ、この場合?



 うーん。



 「ライオネルさ、あんたの本体は見せないで、何かしらの手段で圧勝して、あいつらの戦意を根底から折り切って、自発的に救援物資の供出や、難民キャンプンの設営、インフラ整備等をしてもらい、今後にちゃんとつなげていくには・・・どうしたらよいと思う?」。



 後で「聞いた私が馬鹿だった」と後々まで後悔する羽目になる私の一生を左右した解決策をライオネルはこの時、提案してきた。



 『エーネ、提案があります』。



 「ほう、聞こうじゃないか!」。






 

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