第30話 受け継がれた思い
エーネは結局、世界賢者協会の協会員だった男性エルフ、ナナカンセルと結婚した。ナナカンセルは賢者志望だったが、結局生涯賢者になることは無く、もちろん大賢者になることもなかった。
ナナカンセルは、元は同じエルフの協会員としての同僚の一人だったが、当時は一人もいなかったエルフであるにも関わらず最前線での勤務志望というエーネの行動に、ナナカンセル自身が同様に希望して配属された若い有志だったようだが、すぐに悲鳴をあげた。
最前線勤務も繊細なエルフには重圧だったようだが、彼が主に悲鳴をあげたのはエーネの行動とその結果にであり、後の尻ぬぐいに何故か多く駆り出される羽目となり、しかしその緻密で繊細で誠実な仕事ぶりとその見事な事後処理能力は高く評価され、ある程度経つと大体エーネが希望した現場に協会命令で配属されることになった。
本人は閉口したそうだが、だが確かにエーネの仕事ぶりは奇跡的で、虐殺に瀕した者を救い、一触即発の事態をも何度も回避した。それはナナカンセルも認める所であり、故に何度も悲鳴をあげながらも誠実に勤めたと言う。
結果的にここがくっつくとは多くの者が思わなかったようで、別の意味で悲鳴があっちこっちからあがったという。後年、エーネの軌跡を調べた歴史学者が、まだ当時存命だった若者だった頃に老エーネ夫妻に出会った同じくエルフの元協会員に聞いた所「何だか男女が逆転しているようにも感じた夫婦であった」と証言したと言う。どうもナナカンセルは世話女房のような立場にあったらしい。夫婦仲は概ね良好で、子供も結局6人も生まれた。
エーネは事実上、生涯職務現役だったエルフであり、子育てと世界中を飛び回る日々の両立、しかもいつ不測の事態が起こってもおかしくないポジションにいた身で、大変な日々も続いたらしいが、周りの様々な者達の陰に日向にの協力や援助もあり、激務をしのいだ。後に子育ても一段落したころからは、さらに精力的に活動した。「何で?」と問うた者に「あの子らに未来の可能性を残したい」と答えたと言う。
どうも歴史の表舞台に出ていない活動も随分あったらしく、多種族間の多くの緊張緩和に相互理解にと努めた。後年、各種族の極秘資料の一部も明かされ始めたが、そこにエーネの名と活動が刻まれていることも多かったと言う。特に魔族との接触回数は多く、魔族の大賢者とも面識を得たと記録にある。
エーネの最晩年は、レマールの里のレーヌ湖のほとりに庵を構えた。もはやこの時は伴侶のナナカンセルはすでに亡く、事実上の隠居に思えたが、これまた周りの方が放っておかず、すでに転移陣も設置されていたレマールの里には多くの者が出入りし、エーネの庵もさながら最前線の支部指令所の様相を呈していたと言う。
エーネの末期。長命のエルフと言えども、老齢のため老衰で臨終という時、親戚一同、玄孫までそろう中、突然の訪問者があったと言う。国捨ての大賢者サイレンドル。もはや人前から完全に姿を消してから100年以上が経っていた。誰もが人知れず亡くなったと思っていたが、エーネの横たわるベッドの淵に立ち、エーネから「遅いよ、おじさん」と声をかけられたと言う。
その時のエーネの顔はまるで少女のようで、誰も入り込めない特殊な間柄であることが察せられたという。「おじさん、私はやり遂げられたかな?」と問うたエーネに、大賢者サイレンドルは「ああ、よくやったね。皆がんばった。今は、人型種族の集合意識は完全に書き換わっているよ。これは奇跡だ。皆で成し遂げた奇跡だ。もう何も心配しなくてよいよ」と答えたと言う。
エーネは「ライオネルも身体張ってくれたからなぁ。頑張り過ぎたよ、あの馬鹿」と、かなり前から見かけなくなっていた護衛魔法騎士ライオネルにも言及していたと言う。一説には殉職したとも言われる。
「じゃあね、おじさん。またどこかでね」とエーネは言い残し、微笑みを浮かべて眠るように亡くなったと言う。大賢者サイレンドルはその亡骸の髪の毛をいつまでも愛おしそうになでながら、突然光り出し、凄まじい光の奔流の中に消えてしまったと言う。
理解し難い出来事であったが、そのことを伝え聞いた別の大賢者はこうつぶやいたと伝えられる。
「国捨ての大賢者サイレンドル。最後の心残りを果たしたか」と。
この後、世界の全ての種族、全ての国々、全ての勢力の参加した緩やかなつながりを持つ連合体「世界連邦」が、発足。
数々の崇高な理念を掲げ、またそれを机上の空論で終わらせることなく、実行を旨とする機関として十全に機能した。
設立当初は世界賢者協会からもかなりの人員が流れた。
こういう業務に慣れた手練れは世界広しと言えども、世界賢者協会が一番保持していたからである。
世界賢者協会は今まで通りの活動を続け、世界連邦は世界連邦で歩み出した。
両者は補い合う関係でもあった。
人型種種族の意識も変わっていった。コスモポリタン(世界市民)的視点が優勢となり、違いとは特質に過ぎず、それを生かせればよいだけの話で、誰それが優れている劣っていると貶めて、殺し合う理由にはならないと本気で全ての種族が心の底から思い始めたころ。
不思議な現象が世界で起き始めていた。
ある者がある者に「会いたいな」と思っていると連絡も取らずに「会ってしまう」。
「こういう物が欲しいな」と思っていると、調べなくてもすぐに現物が目に入る現場に出くわす。
「あの子はこう思っているのかな」と感じると、本当にそう思っていたことを知る。
さらには、心の中である親しい者に語りかけると、心の中で「返事がある」。
心の中で一人芝居をやっていたのか思っていると、当の相手から「そういう会話を心の中でした記憶がある。私も自分で一人芝居をしていたのだと思った」とか言われる。
これは他の種族とでも成り立った。
しかも自分とは違う考え方や感情まで感じてしまって逆に「始めてあいつらがどう感じてどう考えてどう行動していたかがわかった。やっぱり違うな。でも理解できなくは無い」という見識を抱くものも多数出た。
世界は確かに変わっていた。この世界の万物の霊長である人型種族は、ある種の進化の階段を登り始めていた。
これは、世界が滅びかけた時、ぎりぎりで破滅を回避し、未来への可能性を残してくれた一人のエルフの少女と、その可能性のバトンをつないで、大逆転を遂げるための先駆けとなってくれた一人のエルフの少女の物語。
誰も知らない物語。
ただ・・・大賢者達だけが知っている物語・・・。
<終>
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