第29話 世界連邦の祖母



 世界連邦の本部庁舎前広場を正式名称「平和の礎となりし名も無き者達の記念広場」という。



 別名は、世界連邦の祖母と後に呼ばれたエーネの名を関した「エーネ広場」。



 なぜ祖母と呼ばれるかと言うと、世界連邦の母と呼ばれる女傑は別にいるからだ。



 実際、エルフの女性エーネは世界連邦設立には関与していない。



 だが、歴史の玄人筋である者ほど「エーネがいなかったら今日の世界連邦の形成もあり得なかっただろう」と口をそろえる。



 夢のまた夢だった、全ての種族の緩やかな連邦形態への参加。



 後から歴史的に見ると、その下地を形成したのが当時、世界賢者協会の構成員だったエルフのエーネの八面六臂の活躍だったと不思議な面持ちで語られる。



 この広場は元々、世界連邦が結成50周年の記念にエーネを含む、世界連邦への貢献者達の銅像を庁舎前にずらっと飾ろうとしたことに端を発する。



 エーネの子孫たちはそれを固辞した。「未だ世界に難民や紛争がまったくなくなったわけでは無い。そんなことに予算を割く暇があったら、最低でもエーネの像に使おうとした分を難民支援の食糧なり何なりに回して欲しい」と。



 実は世界連邦設立50周年を歴史的イベントにしようとしたのには、多少のわけがあった。やはり設立当初の一騎当千の人材達は、すでに第一線を外れたり、亡くなったりし、多少、組織も年月を経ての緩みも見え、さらにあの当時の軍事的緊張に伴う戦争の恐怖を知らぬ特に短命である人族の国家に野心の色も多少見え始め、綱紀一新の宣伝効果を兼ねた腹積もりもあった。



 それらのことを連邦職員が噛みふくめると、さらにエーネの子孫達はこう言い出した「そもそも数知れずの無名の人々の努力と献身があって今日があるし、世界連邦もそれらの果てに形成された。称えるならそういう人々を称えるべきであろう。それも悪趣味では無く、世界の多様性と尊重を皆に示す形で。エーネというエルフも、そういうただの普通のエルフの一人に過ぎなかった」と。



 じゃあ、「その言葉を尊重するとして、具体的にどうすれば?」という問いに「例えば、世界中のそれぞれの土地の石で、広場に敷石でも敷き詰めれば?」と言われ、何故かそれは妙な説得力を持って迎え入れられ、世界連邦の本部庁舎前広場は世界中の様々な土地の石で敷き詰められ、正式名称は「平和の礎となりし名も無き者達の記念広場」となった。ちなみに世界中の様々な土地の石は嬉々としてその地域の関係者達から寄付され、低予算での仕上がりにもなった。この発端のエピソードからこの広場を通称エーネ広場と多くの人が呼ぶ。銅像計画は中止になった。



 その色も様々、質感も様々、雨に日には転びやすい敷石まであったが、その色とりどりの万華鏡のような色彩を放つ広場は、確かに世界は広く、様々な者達が住み、それぞれ生きている息吹を感じさせる生きた広場となった。 



 世界連邦結成時には、一番の難関と思われていた魔族の参加も大きかったし、このことに関しては誠実に事を進める魔族に、世界は意外感に包まれもした。



 世界連邦の祖母と呼ばれる世界賢者協会のエルフのエーネは、協会の業務として世界各地を駆け巡り、各々の紛争や軋轢、難民や棄民問題、別種族間の緊張地域問題、同族間の同じく緊張地域問題等々に何故か行く先々で巻き込まれ、一世界賢者協会員としては異例中の異例の最前線の現場で常に事に当たる生涯を送った。



 そのたびに意表を突いた解決策や、各勢力を巻き込んでのあり得ないような着地点を見出し、緊張緩和や紛争解決に勤しみ、絵本の「白いお姫様と千人の青騎士」のモデルとして世界賢者協会の「エルフの白姫」と呼ばれたりもした。本人はそう呼ばれる事をいやがっていたそうである。また、魔族側が勝手に名付けたあだ名「大魔王臨時代理」も有名で、こっちはさらに輪をかけていやがっていたそうである。



 エーネの生涯はいくつもの不思議なエピソードにあふれている。



 クランガ国の国王が、ザルド海岸地帯に住む先住民族ダルガ族を全て追い出そうとした時は、世界賢者協会からの派遣員であったエーネの命により護衛魔法騎士ライオネルに首根っこをひっつかまれて、どこかに連れて行かれ行方不明。追う国軍もなぜかまったく見失うという失態を犯し、約一か月後に陸無き民と言われるダルガ族の海上の簡易住宅に住まう漁民達の生活を、素潜り漁からやらされて心身共にズタボロになっている所を発見された。



 救出された王は何故か関係者への処罰も追及すらも行わず、世界賢者協会への苦情も取り下げさせた。その後クランガ国王は自国内にザルド自治区を設定。ダルガ族に自治を許し、税金収入すら課さなかった。後年「あの無茶苦茶な日々が無ければ、私は政治というものの本当の本質を一生知らないままであっただろう」と語ったとされる。




 もしそのまま行けば歴史に「ターンダヴァンの虐殺」と記されたであろう、ターンダヴァン城址を背景とした騒動。当時、カルナン国とセルダナ国の戦争により発生した両国の国境地帯の難民がケルテラ国に流れ着いた際、ケルテラ国軍部は一切の救助を拒絶。それどころか国外退去ならまだしも、流れ着いた者達の虐殺をはかった。背景に流れ着いた戦争難民がこの三国にまたがるナルド民族と呼ばれる国無き民族と呼ばれる民族的にも宗教的にも異なる勢力であった事があげられている。



 この国無き民の戦乱に乗じた結託を暗に恐れたケルテラ国軍部は自国領から追い出してなお、その先のかつてまだナルド民族が国を持っていたころの廃城跡、ターンダヴァン城址に仕方なく立てこもった難民を虐殺しようとした。見せしめ目的とあわよくばこの地方に自国の占領地を打ち立てようとしていたとも言われる。当時、この地に派遣されていた世界賢者協会員のエーネは、全難民をターンダヴァン城址の背面に退去させ、一人で(正確には護衛魔法騎士ライオネルと二人で)ターンダヴァン城址に立て籠った。難民はエーネ一人で廃城で交渉に挑む気だと思ったという。



 そんな事とはつゆ知らず、立てこもった七千人あまりの難民を全員殺す気満々でターンダヴァン城址に突入したケルテラ国軍四千人は、全員鈍器を持った青く輝く魔法騎士の大群に、殺さぬ程度にメッタ打ちのタコ殴りに合い「絶対にあれは魔法騎士のレギオン(千人隊)だった」との証言が残るが、あんな荒野にどうやって、しかもどんな大国でもそろえられない金食い虫の魔法騎士のレギオン(千人隊)など、多分、いっても百人隊の魔法騎士団にボロ負けしたせめてもの言い訳だろうとされた。魔法騎士の百人隊でも大国の近衛騎士隊クラスである。勝てるわけが無い。「何であんな場違いも甚だしい魔法騎士団があそこにいる?」となったが、誰も答えを持ち合わせてはいなかった。



 その後、様々な救援物資の供出や、難民キャンプンの設営、インフラ整備などの打診を世界賢者協会員のエーネより要求されたケルテラ国は青くなりながらも唯々諾々と従い、この難民問題は事なきを得た。ちなみにこの件が勝手に美化されて絵本化され「白いお姫様と千人の青騎士」として世界的なベストセラーになる。




 ジャスタ山脈の東側、人族の住まう限界点ぎりぎりの地。ガルトマート王国の西端ハデシャ地方では、棄民問題が発生していた。事実上、国から捨てられた民である。人としてすら扱われない。極端な言い方をしたら殺されても人としての殺人としては扱われなかった。



 魔獣の住まうジャスタ山脈、そこを西に超えれば、魔領の飛び地ガルナ平原がある。こんな荒野に逃げ込まざるを得なかった人々の成れの果て。それでも細々と子孫は増えて行き、新たにこの最果てのこの地に逃げて来た者達も加わって、ぎりぎりの生活を送っていた。



 この地へは魔獣除けの目くらましのエルフの結界師達は派遣されなかった。ガルトマート王国はこの地への代価を払っての結界師の派遣を拒絶した。まさに見捨てられた土地と見捨てられた民だったわけである。そして最大の問題は食糧と水問題であった。



 この地は乾燥地帯でもあった。水はけが良過ぎて作物が育たない荒れ地。そして水そのものが無い。なかなか降らない雨水をためるしか手が無かったがすぐ枯渇した。子供達の死亡率も高く、栄養失調の度合いも高かった。



 これはエーネの仕業とは言えない規模の事だが、エーネ赴任中の出来事である。一夜にしてジャスタ山脈のジェスラ氷河の伏流水とこのハデシャ地方を巨大な地下トンネルが結び、豊富な水が湧き出ていた。ご丁寧に水路まで作られており、遠目に目撃したものによると「青い巨大な光の柱が見えて、何もかもを削っていった」と言う。



 ちなみにこれらがエーネについて回る「青い巨人伝説」である。まことしやかに「青い巨人がエーネ行くところに出没する」という風評が広がっていた。大半は一笑にふされたが、目撃談もあり、真相は定かでは無い。記録媒体で記録されたことは一度も無いのは確かである。



 このトンネル。ジャスタ山脈から来てはいるので、魔獣が通って来る可能性が危惧されたが、調べてみると、エルフの魔獣除けの目くらましがかかっていた。しかも魔道具も見当たらず、経年変化もしないことが後にわかって、初のエルフ住まう地以外でのエルフの古代魔法では無いかと話題にもなった。



 ここまでそろってしまえば食指を動かして来たのがガルトマート王国だが、最初は役人、次は軍隊を繰り出して、水の噴出孔とそこから四方に走る運河レベルの水路を押さえたが、何故か水が止まり、軍隊がいなくなると水がまた噴き出すという珍現象に遭遇し、しまいにはジャスタ山脈を準魔領と位置付けているジャスタ山脈の向こう側の魔領ゲルフギアの魔王から派遣された魔族の特使ザンが「ここに穴を掘ったのはお前らか?」とガルトマート王国国王に尋ね、首をこれでもかと横に振る国王に「じゃあ、お前らのやったことでもお前らの所有物でも無いのだな?」との詰問に首がもげるかという勢いでコクコクとうなずいた国王に、この水の噴出孔も水路もこの国の所有物では無くなった。結局、世界賢者協会の特別管轄地となり、後に世界連邦特別区として譲渡されている。今はこの豊富な氷河の伏流水を活用した緑が生い茂る豊かな土地となっている。




 エーネの働きで、これが一番有名であろう。人族の国家が強固な連合国家群を形成し、すでにそれぞれ40ヶ国以上の国々を飲み込んだ二つの連合国家群はそれぞれ対立し、その勢力圏の最前線で緊張状態にあった。そこに参加しない国々ももちろんあったが、これだけの大きな国家群同士の軍事的緊張は一触即発の危機をはらみ、にも関わらず両陣営は自分勝手な利益追求の矛先を対立陣営に対して収めることは無く、不手際も重なって両者の思惑を超えて、あれよあれよという間にもう確実に戦端が開かれるという事態に陥った。



 最初の魔砲の魔弾がまさに撃ち込まれようとした時に、突然、両陣営のそれぞれ12ヶ国にまたがる最前線に、転移陣を使って魔族の軍団が出現し、全ての魔領47領旗の旗が風に舞った。もう魔道大戦の再来の勃発か?と思われたが、各国軍部の参謀等の専門家は「予想外だがおかしい。魔族が本当に攻めて来るなら、このタイミングでは無く、連合国家群が戦い合って疲弊し切った時点で、奇襲をかけるはずだ。何故今?」と戦争屋特有の合理的疑問を抱いたが、案の定と言うか、魔族の魔王の連名でなされたのは人族の各連合国家への停戦の呼びかけであった。



 もう意外過ぎる展開に各国は軍部共々、パニックの狂乱状態に陥ったが、申し出自体はまとも。しかも本音では願ったりかなったりだったので、その後、紆余曲折がありながらも停戦はなされ、おそらく魔道大戦の始まりとなったであろう人族の連合国家同士の内乱は始まる前から終焉を迎えた。



 この時、魔族を動かしたのがエーネだったと伝えられている。証拠に魔王ひしめく魔族の陣営で一人、首から点と点と線で描かれた笑った顔の首飾りをしているエルフのエーネが目撃されており、その後の折衝にも魔族のギルと名乗った魔族の全権大使と共に参加している。この時、魔族は引き換えに大変に重要な情報の数々を得たと言われており、後に「そんなものがあったんだ」と国際社会が驚く「魔王の首飾り」にエーネと言う名の項目の魔石の玉が加えられたと言う。



 この騒動のちょうど地理的にど真ん中にあった旧バンガルド公国、この時点でバンガルド共和国は、この出来事の後、様々な折衝の末、バンガルド永世中立国となり、自らを国際的に中立な国家と位置づけ、国同士や勢力同士、種族間の違う対立陣営同士の折衝や調停の場所提供等に努める国家となった。条約調印等も多くここでなされるようになる。この戦争勃発を未遂に防いだ事件を中心地の名を取って「バンガルドの停戦」と呼ぶようになった。



 このように世界連邦の祖母と呼ばれるエーネの働きはまさに奇跡的な出来事の連続となる。未だになぜエルフの一女性にこんなことが可能だったのか?謎は深まるばかりである。




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