第36話 青きレギオン・6


 まずケルテラ国に責任を取らすことにした。



 具体的には三国の内、ケルテラ国に他のカルナン国とセルダナ国を裏切ってもらい、同時にウェルダ条約機構も裏切ってもらう。



 ここで三国のナルド民族虐殺の密約を十分国際社会にわかる形で反故にしてもらおう。



 具体的にはナルド民族への虐殺の密約を公表さすか、そこが突き崩せなければ次策でそれを脅迫材料にナルド民族の戦争難民を手厚く保護してもらうか。



 ここでカルナン国とセルダナ国がナルド民族の虐殺に手を出そうものなら、いくら暴徒化した、反旗をひるがえした、一斉蜂起したと言っても通じない。



 横でケルテラ国がナルド民族の戦争難民を一生懸命保護している事実があれば、一斉蜂起の名目は崩れる。



 ウェルダ条約機構も名目もたたず、言い訳が効かない。ついでにバシュナ条約機構の方も。



 全部瓦解さすポイントはこんな所じゃ無いか?



 ちなみにライオネルに確率計算させたら結構よい数字をたたき出したので、我ながら当たりの方のアイディアだったらしい。



 そうと決まれば即実行だ。なにより時間勝負だ。



 まどろっこしい事をやっている暇は無いので、中枢を攻めに行こう。



 と言うわけで、今からケルテラ国中枢に殴り込みをかけに行く。



 強襲外交だな。



 今、ケルテラ国王の御前会議を開いているらしい御殿の一室を転移先に指定。



 正確には転移の瞬間は見られない方がよいので、壁一枚隔てた隣の廊下かどこか都合のよい所に。



 いや、予想はしていたけどライオネル、任意の座標に転移可能なんだと。



 魔力は大量に消費する為、連続使用はライオネル本体で4回くらいが限度らしいが、それで十分だろう。



 サポートサブユニットの魔法騎士もどき共の転移もライオネル本体、もしくはおじさんの隠れ砦の魔法反応炉で行えるという。



 あー、もうおじさん、この世界の魔法文明の根本を変えられるぞ。



 大賢者達の英知を私達の文明は最大限効果的に使えてはいないらしい。



 理由は、私達の愚かさらしいのだ。



 例えばこんな転移魔法陣いらずの転移なんて、即軍事利用されるだろう。



 おじさんに限らず、大賢者止まりの技術って随分とあるらしい。



 大賢者達が色々な技術をオープンソースで公開した場合で未来を感じると、大概、世界中が戦争に巻き込まれている未来を実際に感じるそうだ。



 ああ、私達は何と損をしているのだろう。



 宝の持ち腐れもよいとこだな。



 人型種族の意識の根本が変わり生き方が変われば、見える未来も違って来るのだろうが。



 さて、強襲外交開始!



 御殿の廊下らしき所へ、護衛魔法騎士ライオネルと共に転移する。



 転移先の廊下に出る。鳴り響く鈴の音のような音。警報かな?



 先に進んでその廊下を曲がると大きな空間と大きな扉、両脇に衛兵。



 ガチャっと魔道具を構える衛兵に、ライオネルが無言で何かをしたのか、ドサッっと二人の衛兵が崩れ落ちる。



 痺れてる。痺れてる。まあ、しばらくそのまま寝ていてくれ。



 ライオネルが両手でバーンっと大きな両扉を開け、中にいた人々の驚いた顔をしり目にツカツカと進む。



 大きな会議室に長テーブルがコの字を描いて並べられ、軍人やら貴族やらがずらっと席についている。



 中央に座っているのがケルテラ国王か。



 「この度、ターンダヴァン城址において戦争難民であるナルド民族の人々への虐殺をはかった事実を目撃しました。つきましては今後一切のナルド民族への虐殺等の行為の禁止と、先に伝えた通り、あらためての難民保護と食糧や生活物資の供出を求めます」。



 ザワザワと騒ぎ出す会議室内。



 「何者だね?どうやってここに」とかかる声。



 「見ての通り世界賢者協会の者です。この度の事態への派遣員。ちなみに全権委任交渉権も付与させてもらっています。特例ですが」。



 本当なんだ。何かエルフの女大賢者サリュートにも言われたのだけど、そもそも「今度どこ行きたい?どの件を担当したい?」と持ち掛けられて資料一式を渡され、気になった案件を指して「じゃあ、これにします」と言うとボンっと送り出される。



 で、大概「全権委任で」と注釈がつけられる。



 頭おかしい。たかだかエルフの一乙女に。



 そりゃ、ライオネルの所有者という特典はあるだろうが、それにしたってだ。



 固く固辞しても「いや、もう決まっているから」で押し切られる。



 私は、正直、エルフの女大賢者サリュートに弱い。



 おじさん相手なら何故か強気に出られるが、サリュートに言われると「まあ、しょうがないか」ですましてしまう。



 我ながら「問題ではないか?」と思うが・・・しょうがない。




 この場の「虐殺?何を根拠にそんな戯言を」という声に答えて。



 「ライオネル、見せてあげて」。



 『了解しました』と会議室中央に立体映像が浮かび上がり、例のケルテラ国軍の虐殺執行軍の司令官の最初に私に会った時の言動から、難民達のリアルな様子、ターンダヴァン城址になだれ込んでくる虐殺執行軍の姿、ボロ負けした後、今回の裏側にウェルダ条約機構と三国との密約があった事を述べる虐殺執行軍執行軍の司令官の証言風景が克明に映し出される。



 ザワザワが消えて行き、押し黙るケルテラ国御前会議の面々。



 「これが本物で捏造では無いという証拠は?よしんばこれがもし本当の証言だとしても、この現場指揮官の独断や虚言では無いのか?」。



 「今更、そんな事を言いますか?証拠も並べられますし、まずは国際社会にこれを提供するまでです」。



 ぎょろりと御前会議参加者連中の瞳が不穏に動き、この一切合切吐いた司令官に対しての「この無能が」とか「この裏切者が」とか「証拠隠滅の為に後で消す」という無言の言葉が飛び交っているようだ。



 ついでに「このエルフの小娘を消して証拠隠滅をはかったらどうだ」という思惑も透けて見える。



 「あのー、わかっていると思いますが、これと同じ映像も、もう世界賢者協会本部に届けられていますし、今更何をしても無駄ですから。あと本気で武力行使して来るなら、こちらもそれ相応に対応しますよ」。



 私の真後ろにいた護衛魔法騎士ライオネルが、パンっとその両手を打ち合わせて拍手した。



 パリンと砕け散るその場の全てのグラス。



 目をむく、御前会議出席者達。



 「こういう事はしたくは無いのですが、今回、皆様があまりにも愚か過ぎて、こちらも余裕が無い状態です。今すぐ、背後にウェルダ条約機構を背負っての三国の密約によるナルド民族への虐殺命令を完全破棄してもらえますか?。破棄されない場合は、国際社会へ今回の暴挙をありのまま発表します。世界賢者協会の名において」。



 国王は渋い顔をした。



 「本当に魔法騎士団がいるのかね?しかもレギオン(千人隊)が」。



 まず気になる所はそこか。本当にそれだけの大兵力が展開して、いざとなれば武力行使して来るかどうか。わざと伝令は逃がした。それだけのものがすでに展開していると、脅す材料にするために。



 「それ以上のものも用意しています。私達はあなた方のような侵略国家ではありません。世界平和の為の礎です。ですが必要であれば力を使ってでもあなた方の今回の大虐殺を止めます。それだけ世界賢者協会は今回の件を重く見ていると認識をあらためて下さい」。



 「ふむ、どうやらすでに負け戦のようだな。君らを侮っていたようだ。よかろう。これ以上の当方の武力行使に何の意味も無い。君らのような信念を持った死兵を相手にするくらいなら、潔く引こう。よろしいなウェルダの方」。



 ウェルダ条約機構からも人員が派遣されているようだ。当然か。そこから始まった今回の話だしな。



 「ウェルダ条約機構の方も来ているのなら好都合です。最初に合ったナルド民族の独立話の方を進めて下さい。ただし、そのナルドの国はウェルダ条約機構にもバシュナ条約機構にも入りません。自分達を虐殺することをすすめて来た機構への参加など望みもしないでしょうし、同じく自分達の陣取り合戦のために武装蜂起による一斉蜂起を打診して来たバシュナ条約機構も同罪位の存在です」。



 「それを君が決めるのかね」。



 「ええ、勝手に民族浄化とやらのスローガンを掲げて、事実無根の暴徒化だの一斉武装蜂起だの反旗を振りかざしただの濡れ衣着せて、ナルド民族の抹消をはかった連中が「勝手だ」とでも言うのですか?何様のつもりですか?王よ、まじめに忠告しておきますけど、民族浄化なんて本気で言っているあなた方のような連中にものすごい危うさを感ます。それは必ず世界の全ての人が殺されることを未来に約束する言葉に聞こます。この直感はおそらく当たっていますよ。何せ私はエルフですから。調和をその本質とする魔法種族のエルフですから」。



 「失礼、その首飾りの紋章。あなたは国捨ての大賢者サイレンドル配下の者か?」。



 話の流れから、ウェルダ条約機構からの派遣員と思われる男から声がした。



 「配下ではありませんが、属してはいます」。



 「その紋章ということは、例の青き巨人の話と言い、今回の青きレギオン(千人隊)の話と言い、世界賢者協会の武力行使実行部隊と捉えて構わないのかね?」。



 「武力?あなた方の軍隊や軍事兵器のようなものではありません。ですが、平和の礎を築くためなら尽力します。必ず」。



 「わかった。今、それだけのものを備えて布陣している世界賢者協会と事を構える気は無い。当初の予定とは異なるが、この三国がウェルダ条約機構に入ってくれることでよしとしよう。独立させたナルド民族の国がバシュナ条約機構に参加しない事に確約が取れるなら、今君が言った条件で構わない。その辺がお互いの為の妥協点だろう。それで今見せた証拠を国際社会に発表しないでくれるなら、今すぐの停戦と難民保護、その後のナルド民族の独立を認めよう。よろしいでしょうか、ケルテラ国王?」。



 どっちが国王だかわからないが、それだけのウェルダ条約機構側の権力者だなこいつ。



 「致し方あるまい。よかろう」とケルテラ国王。



 一応、一国の王だけあったか、決断も早ければ、引き際も早い。



 「ああ、それと」とウェルダ条約機構側の男が言葉を続ける。



 「個人的にはさっき割られたグラス一杯の酒分くらいは「お礼」を言っておこうか」。



 「どういう意味ですか?」。



 「ああ、何ね。確かに今回、民族問題を背景としたゴタゴタがこの三国がウェルダ条約機構に参加後に起こってもらうのが、今後の参加国の事を考えたら何かと都合の悪い醜聞となるので、解決方法を提示したのだが・・・虐殺の方を躊躇なく選び、しかもそこに「民族浄化」というスローガンを言い出したのには私もいささか気持ちの悪いものを感じていたのでな。少々は気が晴れた」。



 「虐殺も提案した側が言ってもよい言葉だとは到底思えませんが?」。



 「耳が痛いな。以後は気を付けさせてもらおう。君らを甘く見たこともね。青き巨人に青きレギオン(千人隊)か、恐ろしいものだな。君達の本気も見せてもらった気分だよ。君達が軍事大国では無いのが救いだな。よかろう、この辺の内容で手打ちにしよう。平和の為にね」。



 「後で世界賢者協会の外交官達が来ます。話を詰めて実行して下さい。主要な所は先ほど言った通り。この期に及んで小細工は止めて下さいね。それでは、まだやることがありますので」。



 ライオネルと二人でツカツカと会議室を出て行った。



 はったりも、本気も、全部含めて成功。



 さて、世界賢者協会本部に連絡だな。後始末が始まる・・・もう後は任せた!



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